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第一章 たそがれの女助け人
一の三
「なんということですか、栗栖様」
玉木屋の六畳ばかりの広さの居間で、主人繁蔵は狸のような顔をふくれっ面にして小源太をにらんだ。
「お了のまわりに不審な男がうろついているようだ、と日頃懇意にしている久右衛門さんに相談したら、ちょうど暇をもてあまして日がな一日ふらふらと出歩いている牢人がうちの長屋にいる、しかも変人で、女だてらに男の身なりをしているが、剣の腕前だけはそこそこのようだ、とおっしゃる。おお、それは娘の護衛にもってこいだ、ということになって、あなた様を用心棒に雇うことにいたしたのです。私と妻と丁稚と女中で、かつかつの商いをしているんです。うちにはそれほどの余裕があるわけではありません、懐の埃をはたくようにしてあなたの雇い賃を工面したんです、それをなんですか、ちょっと目をはなした隙に、お了がいなくなったですって、謝ってすむ話じゃありませんよ」
変人とはなんだ、といささかかちんときた小源太であったが、うなだれて黙って玉木屋の主人の長たらしい小言をきいていた。どう怒られたところで、言い訳できるものでもなかった。
「こうなった以上」と小源太は話の接ぎ穂をひったくるようにして言った。「私が必ず捜し出してみせます」
「あたりまえです」と玉木屋は言葉をとがらせて言った。「かわいい娘がかどわかされたんだ、取り返してくれるのでしたら、十両や二十両差し上げたっておしくはない」
十両か、と小源太は胸算用した。
たまった家賃を返済しても一年は楽に暮らせる。
「まあ、かどわかしと決まったものでもないが……、下手人から何か繋ぎのようなものはなかったですか?」小源太が訊いた。
「ありませんよ、おどしの投げ文だって、身代金の要求だってありゃしません」
「かどわかされてもう一刻半も経つのに、何も言ってよこさないのもおかしい。これはひょっとすると、お了さんがみずからの意思で」
「馬鹿おっしゃいっ。うちの娘が、なんで家出なぞをいたしますか。来春には婿取りだって決まっているんですよ」
「それが嫌で逃げ出したとか」
「お相手は、うちよりずっと裕福な太物店の三男です。こんないい縁談、袖にする道理がありますか」
そこへ、部屋の前に人影が差した。四十くらいのやせた女中であった。
「おや、おためじゃないか。もう体のほうはいいのかい」
「ええ、旦那様、お嬢様が大変な時に、おちおち寝てもいられません」
「そうかい、お前さんがお了の供をしていれば、こんなことにもならなかっただろうがな」とおために顔を向けたまま小源太に向かって嫌味を言って、「で、どうかしたのかい?」
「ええ、卯之助親分がいらっしゃいました。それも、香流様までお連れになって」
「香流様って、北町(奉行所)のかい。かどわかしだとしたら、町方のお役人に出張ってきてもらっては、かえってお了の身が危険になるかもしれません。誰か店の者がしらせたのか」
「なんでも、定吉が使いの途中、親分に道でばったりお会いして、すっかり話してしまったようです」
「しまった、あのおしゃべり小僧め。口止めしておくべきでした」
「おふたりもその辺りはお察しくださって、裏からこっそりいらっしゃってくださっています」
「そうか、来ていただいてすげなく追い返すわけにもいきませんな。こんな時のために、ちまちまと袖の下を渡しておいたんですから。じゃあ、おため、おふたりをお通しして」
ほどなくして現れたのは、まだ二十なかばと見える町方同心と御用聞き(目明かし)であった。
町奉行所町方同心といえば、四十を越えて一人前といわれ、やっと地区の担当をまかされるくらいだから、この香流という同心は見習いなのだろう。そうではなくて町方をまかされているとすれば、よっぽどの切れ者で将来を嘱望されてでもいるのだろうか。
同心香流隼人は、六尺はあろうかという長身に着流しで黒い羽織をはおって、すらっとした体躯をしていた。細面でとがった顎をして、鋭い光をやどした細長い目を持ち、筋がとおった鼻に薄い唇をして、役者のような整った顔をしているが、表情がほとんどなく、どこか近づきがたいような、刃物のような冷たさを感じた。
玉木屋の六畳ばかりの広さの居間で、主人繁蔵は狸のような顔をふくれっ面にして小源太をにらんだ。
「お了のまわりに不審な男がうろついているようだ、と日頃懇意にしている久右衛門さんに相談したら、ちょうど暇をもてあまして日がな一日ふらふらと出歩いている牢人がうちの長屋にいる、しかも変人で、女だてらに男の身なりをしているが、剣の腕前だけはそこそこのようだ、とおっしゃる。おお、それは娘の護衛にもってこいだ、ということになって、あなた様を用心棒に雇うことにいたしたのです。私と妻と丁稚と女中で、かつかつの商いをしているんです。うちにはそれほどの余裕があるわけではありません、懐の埃をはたくようにしてあなたの雇い賃を工面したんです、それをなんですか、ちょっと目をはなした隙に、お了がいなくなったですって、謝ってすむ話じゃありませんよ」
変人とはなんだ、といささかかちんときた小源太であったが、うなだれて黙って玉木屋の主人の長たらしい小言をきいていた。どう怒られたところで、言い訳できるものでもなかった。
「こうなった以上」と小源太は話の接ぎ穂をひったくるようにして言った。「私が必ず捜し出してみせます」
「あたりまえです」と玉木屋は言葉をとがらせて言った。「かわいい娘がかどわかされたんだ、取り返してくれるのでしたら、十両や二十両差し上げたっておしくはない」
十両か、と小源太は胸算用した。
たまった家賃を返済しても一年は楽に暮らせる。
「まあ、かどわかしと決まったものでもないが……、下手人から何か繋ぎのようなものはなかったですか?」小源太が訊いた。
「ありませんよ、おどしの投げ文だって、身代金の要求だってありゃしません」
「かどわかされてもう一刻半も経つのに、何も言ってよこさないのもおかしい。これはひょっとすると、お了さんがみずからの意思で」
「馬鹿おっしゃいっ。うちの娘が、なんで家出なぞをいたしますか。来春には婿取りだって決まっているんですよ」
「それが嫌で逃げ出したとか」
「お相手は、うちよりずっと裕福な太物店の三男です。こんないい縁談、袖にする道理がありますか」
そこへ、部屋の前に人影が差した。四十くらいのやせた女中であった。
「おや、おためじゃないか。もう体のほうはいいのかい」
「ええ、旦那様、お嬢様が大変な時に、おちおち寝てもいられません」
「そうかい、お前さんがお了の供をしていれば、こんなことにもならなかっただろうがな」とおために顔を向けたまま小源太に向かって嫌味を言って、「で、どうかしたのかい?」
「ええ、卯之助親分がいらっしゃいました。それも、香流様までお連れになって」
「香流様って、北町(奉行所)のかい。かどわかしだとしたら、町方のお役人に出張ってきてもらっては、かえってお了の身が危険になるかもしれません。誰か店の者がしらせたのか」
「なんでも、定吉が使いの途中、親分に道でばったりお会いして、すっかり話してしまったようです」
「しまった、あのおしゃべり小僧め。口止めしておくべきでした」
「おふたりもその辺りはお察しくださって、裏からこっそりいらっしゃってくださっています」
「そうか、来ていただいてすげなく追い返すわけにもいきませんな。こんな時のために、ちまちまと袖の下を渡しておいたんですから。じゃあ、おため、おふたりをお通しして」
ほどなくして現れたのは、まだ二十なかばと見える町方同心と御用聞き(目明かし)であった。
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