日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠

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第二章 幻の虹

二の五

 石上幸太夫に手痛い叱責を受けて、ひと晩消沈していた小源太であったが、朝起きてみると、
 ――やはりやりとげなくてはならぬ。
 意気込みがふつふつ湧いてきたのであった。

 多嘉の肉親をさがすのは、もはや小源太の使命とさえ思えてきていた。
 それは、人を強圧的に押さえつけようとした幸太夫に対する子供のような反発心だと言われれば、おそらくそうなのだろう。だが、一度やると決めたことを、なんの区切りもつけずに途中で投げ出すことなど、小源太の一本気な性格ではできることではなかった。

 そう気持ちが切り替わると、もういてもたってもいられず、小源太は朝から出かけることにした。
 小石川伝通院裏の以前安兵衛だなと言っていた善吉店というのはすぐに見つかった。十年ほど前に、一度火事で焼けたそうだが、もとのまま再建されていて、大家も息子が受け継いでいた。

「おお、多嘉様のお知り合いで」
 前の大家の息子である善吉ぜんきちは、居間で、向かいに座った小源太に満面の笑みで答えた。ふっくらとした体つきの、人の好さそうな五十なかばのおやじであった。
「いや、なつかしいお名前を耳にしました。多嘉様はご壮健でいらっしゃいますか?そうですか、一度お目にかかりたいものです」
「きっと、多嘉様もお会いしたいとおっしゃることかと思います。多嘉様のことはよく覚えていらっしゃるようですね」
「ええ、ええ、もちろんです。いや、恥ずかしながら、多嘉様は私より五つばかり年上でしたが、私、懸想しておりましてな。多嘉様と夫婦になりたいなどと、身分もわきまえず思い焦がれていたしだいです」

「でしたら、多嘉様のお嬢様のゆくえもご存じではないですか?」
「え、お嬢様ですか?はて……」と善吉は天井を見上げてしばし考えこんだ。「何かの間違いではないでしょうか。多嘉様にお子様はいらっしゃらなかったはずです」
「そんなはずは……。たしかに、こちらの先代の大家さんに養い親を探してもらったと、多嘉様がおっしゃっておりました」
「いやあ、四十年も経てば、記憶もあいまいになるものですからな。しかし、私は先程お話ししましたとおりで、多嘉様の思い出は忘れようにも忘れられるものではありません。たしかに、多嘉様にお子様はいらっしゃいませんでした。お腹が大きくなっていたということもありませんでした」

「では、こちらの先代が養い親を周旋したというのも?」
「亡父は、お節介が好きな人でした。養い親さがしや見合いのとりもちなど、数えきれないほどしてきました。まめな人でそういう経緯はちゃんと帳面に書き記していたはずですが、あいにく火事で焼けてしまいまして、残っておりませんで」
「そうですか……」
「母も他界していますし、当時をおぼえている人は、まず、もういませんな」
「でしたら、多嘉様の思い違いなのでしょうか?」
「我が子のことを忘れる親はいませんよ」
「この長屋でのことではなかったのかもしれない。多嘉様はここを出たあと、どちらに引っ越されたのですか?」
「そうですなあ、多嘉様は十年ほどこちらに住んでおられまして、お父様が亡くなられてから浅草のほうに一軒借りられまして、そこで琴のお師匠をはじめられたそうですな。しかし、詳しい場所はわかりません。そういうことを記した帳面も火事で燃えてしまいましたからなあ」
「なんとか探してみます」
「おやめなさい。多嘉様にも、なにか事情がおありなのではないでしょうかな」

 言い様はまるで違ったが、善吉も小源太を押しとどめようとするのだった。

 頓挫したな、と小源太はうなだれる気持ちであった。幸太夫も善吉も、簡単に見つかったと思えば、片方からは叱責を受け、片方からはたしなめられ、あっという間に前途を見失ってしまったようだ。
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