日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠

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第二章 幻の虹

二の七

 いつものように、怠惰に寝過ごし、いい加減起きなくては、また長屋のかみさん連中の笑いものにされるぞ、と思いつつも、おしよせる眠気にはあらがえず、小源太は路地ではしゃぐ子供達の声をうるさく感じながらも、夜具にくるまって、うつらうつらとまどろんでいた。

 すると、子供達の叫声に混じって、
「ごめん、栗栖殿はご在宅か?」
 渋い声で呼びかけながら、長屋の戸を叩く音がする。
 はて誰であろうと思うと同時に、栗栖の旦那なら今日もお寝坊ですよ、と隣のおしまの声が聞こえた。

 余計なことを言うものだ、と思いながら、小源太は重い体を起こして、
「私ならもう起きておりますよ」
 と外に向かって声をかけつつ、小袖に腕を通し、ぐるぐると帯を巻いて、裾をなおしながら土間へ飛びおりた。
「わしじゃ、石上じゃ」
 入り口の向こうからそう声がした。
 これはいかん、と思いながら水瓶の水をすくって口をすすぎ、顔を洗った。
 本当は居留守ときめこみたいところだが、もう手遅れだ。もとより、隠れようにも六畳ひと間の長屋の部屋に隠れる場所などどこにもなかった。
 土間から部屋にもどって乱雑に布団をたたむと、隅に押しやって枕屏風で蓋をするように隠した。

「お待たせいたしました」
 言いながら小源太が戸を開けると、幸太夫が苛立ち、あきれながら立っていた。
「これは石上様、おはようございます」
「もうこんにちはという時刻だがの」幸太夫は眉間に皺を寄せて言って、入ってもいいかと訊いた。
 どうぞと小源太は招き入れた。

 座った幸太夫は、ろくに掃除もしていない埃の舞うような部屋を見まわして、
「やはり、おぬしは男として扱うのが正しいようじゃな」
 と嫌味をひとつくれた。
「すみません、お茶もありませんで」
「別にいらん」
「して、今日はどのようなご用件で、わざわざご来訪になられたのですか?」

「ふむ」と幸太夫は心を落ち着けるように、ちょっとの間腕を組んで考えるようなそぶりで、「じつはの、先日はああ言ったが、ちと思い直しての」
「とおっしゃいますと?」
「やはり、多嘉殿に会ってみようと思う」
「おお、それは多嘉様もお喜びになられるでしょう。しかし、私などに断りを入れず、直接お会いにゆかれればよろしいですのに」多嘉のも小源太のも、住まいの場所は先日、幸太夫の息子の嫁に伝えておいたのだが、それが幸いした。
「そこは、その」と幸太夫は照れ臭そうな素振りで、「いちおう、仲立ちのような、者がじゃな」
 ようは、ふたりきりで会うのが照れくさいのだ。古武士然とした幸太夫にこんないじらしい一面もあったのかと、小源太は内心ほほえましく思った。

「それと、もうひとつ、喜ばしいおしらせがあります」小源太はこぼれ出る笑顔で言った。「お孫さんの市太郎さんが見つかりました」
「なに」と幸太夫がたちまち元の古武士の顔に戻った。
「はい、石上様と多嘉様のお孫さんです」
 幸太夫の顔がみるみる上気していって、頭から湯気が噴き出しそうなほど真っ赤に変じた。
「貴公、あれほど念を押したのに、多嘉殿の子供さがしなどしおったのかっ」
「は、はい」と反射的に小源太は頭をさげて、「残念ながら、お子様はもう亡くなっておいででした」
「そんなことは訊いておらん。余計なことをするでないとあれほど申したに」
「石上様はさがすなとおっしゃいましたが、私はやはり、多嘉様は生き別れたお子様にお会いしたいだろうと推察しました。げんに、多嘉様は市太郎さんにお会いになって、大変喜んでおいででしたよ」
「なに、多嘉殿が……。そんな馬鹿な」
「馬鹿なもなにも、事実でございます」
 幸太夫は横を向き、まるで壁の汚れを見つめるようにして、黙り込んだ。

「その孫というのは、どこの何者じゃ」
「ところまでは存じませんが……」ふと小源太は、市太郎が大家の善吉に話を聞いたと言っていたのを思い出した。「そうですな、伝通院裏の長屋の大家さんならご存じかもしれません」
「行くぞ」と幸太夫は立ち上がった。
「は、いずこへ?」
「その伝通院裏の長屋じゃ、それぐらいすばやく察しろ。ほら、はようしたくせんか」
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