日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠

文字の大きさ
24 / 93
第三章 打掛の用心棒

三の五

 日本橋の人ごみにも辟易するが、浅草も物凄いにぎわいで、芋を洗って洗った芋がこすれて潰れそうなくらいの広小路の人波にうんざりしながら、小源太は角を曲がって浅草寺の西を北へと向かった。
 寺社の乱立する通りを抜けた先、百姓地の雑木林に囲まれるようにして、その質屋はあった。まるで人目を避けるようにして、陰気な陰をまとわせて店は建っている。

 質店児島こじま屋の噂を小源太が耳にしたのは、つい昨日のことであった。
 昼間、人目もあってまず打掛を盗みに入られる心配もなかろうという時には、小源太は店の周辺を逍遥しがてら、兄を捜していた。
 ちょっと一息入れようかと通りのかどで立ち止まって、手のひらで額の汗を拭った時、吉原からの帰りだろうか、堀沿いの道を歩いてくる、町人ふたり連れの話しているのが、ふと耳にとまった。
 男のひとりが浅草寺近くの質屋児島屋の親爺ががめついの、吝嗇だの、因業だのとののしったあと、
 ――あの爺は、江戸っ子じゃあねえからな、がよかあねえんだよ。
 ――どこの出だい。
 ――備前岡山だってよ。
 その後も、そのふたりは、児島屋の悪口を並べたてながら遠ざかって行ったが、小源太には、備前岡山の出だということだけが、頭に残った。

 冬至郎と小源太きょうだいと同郷ということになる。
 まさか、その児島屋という質屋が冬至郎の消息を知っているとは思えないが、いつかその店に行って顔を見てみたい気にはなっていた。

 その気持ちは、ひと晩経つと、胸の中にだんだん膨らんで、陽が昇ったころには、胸が苦しくなるほど大きく膨らんでいた。
 もういてもたってもいられず、小源太は三波屋に断りを入れて、浅草までやってきたのだった。

 時刻はまだ昼前であったが、商売柄だろうか、店はどこかひっそりと陰気な感じでたたずんでいる。
 小源太は、まだ質屋を利用した経験がないのだが、こういう店を利用するというのは、人をどこか後ろめたい気持ちにさせるものなのかもしれない、と思うのだった。

 店は、通りに面した間口が五間ほどであったが、奥はずっと伸びているようで、店の裏には、大きな土蔵の屋根が見えた。
 入り口の格子戸はずっと閉まっているが、暖簾はでているから営業はしているのだろう。しかし、どこか入りにくく、小源太はいささか逡巡してしまい、店の前を数回行ったり来たりした。

 そうしているのも飽きてきて、ちょっと自分が馬鹿馬鹿しくも思えた頃、小源太は店の前で足をとめて、意を決して、入り口の戸を引き開けた。

 店の中は薄暗く、外見の印象の通り、陰気でじめじめした店内であった。
「いらっしゃい」
 と、これも陰気に帳場の男が言った。
 これが店のあるじであろうか。
 明るい陽の下から暗い店に入ったものだから、目がくらんだようになって、しばらくは男の容姿すら判然としなかったが、瞬きを繰り返して見つめていると、男が、
「あっ」
 と頓狂な声をあげた。
 ほとんど同時に小源太も、
「あっ」
 と叫声をあげた。

 主人と思われる五十がらみの男は、弾かれたように立ちあがり、立ちあがりつつくるりとひるがえり、店の奥へと駆けこんでいった。

「あ、待て、辰平!」

 叫んで小源太は帳場に飛びあがり、男のあとを追った。
 間違いない、十三年前、備前岡山から栗栖きょうだいが出奔する時、人買いにきょうだいを売った、あの下男の辰平であった。

 廊下で、なにごとが起きたのか理解もできずに立ち尽くす奉公人の男を突き飛ばして、小源太は走った。
 どたどたと、ふたりの激しい跫音が家じゅうに響き渡った。
 小源太はすぐに追いついた。
 縁側から庭へと飛びおりようとする辰平の衿をつかみ、後ろに引き倒した。
 辰平は、障子戸を押し倒し、八畳ばかりの部屋へと転がって行った。
 床に伸びた辰平の上に、小源太はまたがった。

 五歳だった頃の思い出から相手が辰平と見抜いた小源太も、十三年経って大人になったうえに男装をしている小源太を紅穂べにほだと見抜いた辰平も、なぜお互いがお互いだとわかったのかは、後になっても判然としない。
 ふたりとも、ただ直感でわかったのだ。

「辰平!」
 小源太は、仰向けに倒れた辰平の衿をつかんで締め上げた。
「紅穂お嬢様。勘弁して、勘弁してください、お嬢様」
 辰平はもはや観念したのか、あがきもせずに赦しを請うのだった。
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。