日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠

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第三章 打掛の用心棒

三の八

 打掛は古い物だから、縫い糸だか生地自体だかがすでに痛んでいたようだ。
 小源太が力いっぱいつかんだこぶしのちょっと先から、びりびりと破れていって、たちまち左右半分ずつに裂けてしまった。
 舌打ちして金井は走り去った。ちょうど長屋をまわり込んだ卯之助が前途に現れたが、肩から当たって突き飛ばして、そのまま新道を走って横町へと姿を消していく。
 それを追わんとする小源太の前に、いわおのような巨体が立ちふさがった。
 覆面をして顔の下半分は隠れているが、逆立つように眉毛が跳ねていて、血走った目は虎のようで、小源太は気おされるようにして、立ち止まった。

 転んで立ちあがった卯之助は、すぐに金井を追いかけたが、小源太と香流同心は岩戸のような巨漢にふさがれた格好になった。

 丸橋は、泥棒に入るのにまさか得物の槍をかいこんでくるわけにもいかず、二刀を腰に帯びただけであったが、ふたりの敵を前にもまるで動じない。どころか、突然の騒動に巻き込まれた数人の人人の中に魚の棒手振ぼてふりを見つけると、さっと走り寄って肩にかついでいる天秤棒を奪い取った。

 恐る恐るあとを追ってきた政吉に、小源太は半分になった打掛を放り投げると刀を抜いた。隣で香流が十手を構える。
 丸橋はぶんぶんと道幅いっぱいに天秤棒を振り回した。猛然と棒を振り回すその姿は、闘牛が猛り狂って角を振り回しているようだ。
 その闘牛が、おそらく覆面のしたで笑ったのだろう、目をにっとゆがませて言った。
「蝙蝠小町、いちど手合わせしてみたかった。そこの同心、ちょっとさがってろ、この女をのしたら相手をしてやる」
 小源太は、蝙蝠小町などという奇妙なあだ名で呼ばれるのが自分だと気づいたが、なぜそんなふうに呼ばれるかまでは当然見当がつかない。深く息をはいて気を静めつづ、刀を正眼に構えて、背筋を伸ばす。

 丸橋が地面に平行に棒を構えると、ぐっと腰を落とした。大地震がきても揺るがないような、どっしりとした構えであった。
「かっ!」
 気合いをあげて、丸橋が棒を突き出した。
 小源太は、まるで狙った獲物に隼がつっこむようなその突きを、体を滑らせるようにして、すんでのところでかわした。棒は小源太の左肩をかすめて通りすぎ、丸橋の体が伸び切った。と見て、小源太は間合いをつめる。だが、伸びきったはずの棒が旋風つむじかぜを起こして回転した。横薙ぎに襲って来る棒を、小源太は刀で受け止める。木の棒に刃が喰い込んで、乾いた音をたてる。
 丸橋はさっと棒を垂直に回転させて手元に手繰り寄せる。引いていく棒を追って小源太が走り寄る。丸橋は棒を振って威嚇しながら、後ろ飛びに飛んで、自分の間合いを維持する。

 小源太は心中歯噛みした。
 相手は、巨躯のわりに動きが素早く、想像以上に隙が少ない。

 丸橋が、小源太の焦りを見抜いたように、動いた。
 棒を目いっぱい振り上げると、ぐっと腕の筋肉に力をみなぎらせ、天空を引き裂くようにして振り下ろす。
 小源太は、体を横にずらしてよけつつ、刀を振って棒を弾く。
 にぶい音がして、さきに刀が食いこんでついた傷から、棒が折れた。
 折れた棒は六間ほども道を斜めに横ぎって、野次馬たちの間をすりぬけて飛んでいき、家の壁に突き刺さった。

 無念そうな目で、丸橋が折れた棒を見つめ、
「こんなになっちまった」
 悪びれる様子もなくそう言って、半分になった天秤棒を棒手振りに投げて返した。
 投げた時には、すでにその巨躯はくるりと反転し、逃げだしている。

 小源太達はその後を追ったが、巨漢なのにどうしたものか横町の人通りに紛れて、その姿を見失ってしまったのだった。
感想 3

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