日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠

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第四章 男色

四の二

 大人達よりもずっと真面目な少年組の稽古を終えて、小源太は帰り支度をしていた。青山と沙弥の住む母屋の一室を借りて着替えをしていたのである。
 すると、部屋の前で小源太を呼ぶ声がする。
「あの栗栖先生」と男のか細い声である。「飯島です。折り入ってご相談したいことがあります。客間を借りていますので、どうかいらしてください」
 そう言うだけ言うと、返事も待たずに行ってしまった。
 はて、何の用だろうと、小源太は思いめぐらした。
 飯島弥九郎いいじま やくろうは、今日、道場に顔を見せなかったはずである。それが、日暮れ方になってあらわれたと思うと相談事のようだ。
 飯島は、細面の滋養の足りていないような青白い顔をしていて、剣の腕前はまったく伸びなかったが、それでも熱心に稽古に励むところが好感の持てる男であった。歳は二十二で、父が普請方を勤めている家の三男だった、と小源太は記憶している。

 客間を覗いてみると、見知らぬ男と飯島が並んで座っている。
 どうもと、その見知らぬ男に頭をさげつつ、ふたりの前に小源太は座った。
「お初にお目にかかります、志賀彦之丞しが ひこのじょうと申します」
 そう言って男は頭をさげた。
 歳は飯島と同じくらいだろう、小太りで色白の男で、気が弱そうに端のさがった眉と穏やかな光をたたえた目を持っていて、優し気に笑みを浮かべた顔で小源太をみつめている。

 沙弥が気を利かせて茶を持ってきて、三人に配ると、すぐに下がって行った。
 飯島と志賀はちょっと顔を見合わせた。何か照れ臭そうな面持ちをして、飯島が話しをはじめた。

「栗栖さんならきっとわかってくれると思い、すべてをお話しします」
「私なら、ですか?」
女人にょにんでありながら、男の身なりをしていらっしゃるようなかたなら」
「はあ、お話にもよると思いますが」
「それはそうですが」と飯島は一呼吸おいた。「実を申しますと、私達ふたり、好き合っております」
「はあ、そうですか」理解するもなにも、どうにも反応しづらい打ち明け話である。

「ね」と飯島は志賀を見て言った。「栗栖さんなら、きっとこういう反応をすると言ったでしょう」
「ふふふ、そうだね」
 そうして、飯島はまた小源太に向き直った。
「他の人なら、あからさまに毛嫌いするか、侮蔑するような態度をみせるところです。女人でありながら男の格好をし、女人を好きになるあなたにしか頼めないのです」

 聞いていて、小源太はあきれる心持ちであった。なぜ誰も彼もたやすく見抜いてしまうのか。以前、三波屋のお幸も言っていた、――あなたは女でありながら女を好きになる型の人ですよね、と。そして、さきほどの沙弥の笑顔が、ふっと脳裡をよぎりすぎて行った。なぜ沙弥を思い描いたのかはわからないが、想念といっしょに心臓がどきりとひとつ強く鼓動したのだった。

「栗栖さんは、この道場の代稽古だけでなく、人助けもなりわいとされているんですよね」と飯島が続けた。
「まあ、人助けと言いますか、なんでも屋と言いますか」
「そこで、お願いがあります」
「私にできることでしたら」
「私達ふたりの、住まいを探していただきたいのです」
「まあ、それくらいならかまいませんが。……面倒がって言うわけではないのですが、家探しくらいでしたら、飯島さんでもできるのではないですか?」
「それがそうもいかないのです」と飯島の顔が引き締まった。「私達に男色なんしょくがあるというのは、すでに家族に知られてしまっております。私は三男の末っ子で、ほったらかしにされているからまだいいのですが……」

「私のほうはそうもいきませんで」と替わって志賀が話しはじめた。「私の家は公儀の鉄砲百人組与力を勤めておりまして、私は長男です。下には妹がいるばかりで、家を継ぐ長男が男色に走っては家の名折れと、むりに結婚させられそうな流れになっているのです。しかも、病弱で気弱な父はまだいいとしても、叔父のほうが難問でして、他家に養子に行ったにもかかわらず、本家を差配しようと口をだすほどの硬骨剛毅な人なんです。言ってみれば面倒な人でしてな。すでに、弥九郎のこともつかんでいるらしく、駆け落ちなどせぬように、見張りを雇ってさえいるのです」
「じつは、今日もここに来るまで、中間ちゅうげん風の男につけられました」飯島は今も話を盗み聞きされているのではないかと、不安な様子であった。
「そういうわけで、私達は身動きがとれません。弥九郎と相談して、あなた様でしたら、きっと理解し、仕事を引き受けてくださるに違いない、となりました」
「どうか、隠密裏に私達の住む家を探してください」飯島は藁にもすがりつきたいというくらいの、必死な声音をしている。

「かまいませんよ」と小源太はふたりを安心させてやりたいばかりに、精一杯声を明るくするようにつとめた。「きっと、おふたりが安住できる場所を探してみせます」
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