日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠

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第五章 暗い駕籠

五の二

 牛込榎町の張孔堂の門の前で、小源太はなかば呆れ気味に門を見あげた。
 墨痕淋漓《ぼっこんりんり》たる張孔堂の看板が掲げられた門は黒黒とした屋根を乗せ、左右には長屋がつらなり、さらに伸びた塀は果てが霞むほどで、どこかの藩の屋敷のような荘厳さであった。

 これほどの規模だとは思いもよらず、剣術の町道場くらいなものだと想像していた小源太は、おおいに尻込みをした。門をくぐって道場の入り口で案内を請えばよいと気楽に考えていたのだが、これでは、どう来訪をつげればいいのやらまるでわからない。門は開かれているが、踏み入っていいのやらいけないのやらすらわからぬ。

 門の前で立ちすくみ、戸惑っていると、やがて、門の脇にある門番の詰め所であろう建物の戸があいて、男が出てきた。肥えてはいるが、相撲取りのような張りのある体をした男で、顔は濃い髭で覆われていた。

「入門希望者かな」

 胴間声ではあったが、意外に落ち着いた喋りかたであった。

「あ、いえ、人を訪ねてきました」どぎまぎしながら小源太は答えた。
「さようか」
 と肥えた男が言った時、その後ろからさらに男が出てきた。小柄だが、がっしりとした体形の男である。

「なんだ、紹介のない入門希望なら追い返せ」
 と小柄な男が言うのへ、肥えた男が、
「いや、誰かを訪ねてきたらしい」
「ふん、わかるものか、公儀の間者(スパイ)かもしれん、追い返せ」
「お待ちください、佐山三郎四郎殿に取りついでいただきたいだけです」
 口を挟んだ小源太を、小柄な男がじろりと睨みすえた。
「なんだ、こいつ、男のなりをしているが、女ではないか。ますます怪しい」
「怪しくなどはござらん。お取りつぎ願いたい」
「帰れ帰れ、おとこおんなが来る場所ではない」
「ぶ、無礼な」小源太は思わず鞘の鯉口に手を当てた。
「お、なんだ、やるのか」
 と小柄な男も鞘を握り、肥えた男も柄に手を当てる。

 小源太とふたりの番士の間に、緊張の糸がぴんと張りつめ、空気がかたまった。
 と、その緊張の糸を断ち切るような声がした。
「おや、蝙蝠小町じゃあねえか」
 三人が一斉に声のしたほうを振り向いた。
 いつの間にか門の下に、中背で痩せ気味で、無精髭をはやした四十くらいの男が立っている。
 はて、どこかで見た顔だ、と小源太は思った。
「やっぱり、栗栖小源太だ」なれなれしく無精髭の男が言った。
 だが、小源太は彼が誰だかどうも思い出せない。
「なんだ、俺の顔を忘れちまったのか、つれないなあ。俺だよ、金井半兵衛かない はんべえだよ」

 あ、っと小源太は思い出した。神田柳原町の古手屋玉木屋の娘おりょうの誘拐騒動の時、お了をさらった者達(じっさいは駆け落ちに手を貸していた)の中にいた牢人であった。その時、小源太は金井と軽く手合わせをしている。そして、その後、打掛うちかけ強盗事件の時にもふたりは会っているのだが、その時金井は覆面をしていたから、小源太は金井だとは気づいていない。
 奇妙な偶然に小源太は肝が潰されたような気持ちだ。

「いいよいいよ」と金井は番士ふたりに手を振った。「俺の知り合いだ。俺が案内するから、お前さん達は戻りな」
「はあ、そうですか、金井さんがおっしゃるなら」小柄な男は不服そうであったが、ふたりは詰め所に戻っていった。

 門番の態度からして、この金井という男、この張孔堂でそれなりの地位についている人間なのかもしれない、と小源太には感じられた。

「お前さんが張孔堂に来てくれるとはうれしいねえ。で、なんだ、入門希望かい?」
「いえ、人を訪ねて来ました」
「ちぇっ、なんだよ。で、誰を訪ねてきた」
「佐山三郎四郎殿というかたです」
「佐山、佐山ねえ、誰だろう。いや、うちも大所帯だから、いちいち門人全部の顔と名前をおぼえているわけにはいかんのよ」
 言いながら、金井は小源太をいざないながら、門の中へと入っていく。

 門も大きかったが、その目睫にある道場らしき建物も大きい。高さは二階建ての家くらいあり、左右十間くらい、奥行きはまるでわからない。
 小源太の興味深げな視線に気づいたのだろう、金井が、
「そこは、軍学の講義をする講堂な。あっちにあるのが、武道の道場」と西のほうに建物を指さした。
 そして、東のほうを指して、「こっちが、塾生達の住む長屋だ」と案内してくれた。

「探し人がいるなら、こっちだな」
 金井が小源太を連れて行く先を見て、小源太はさらに息を飲んだ。
 そこにあるのは、ひとつの町であった。
 長屋が何棟も建ち並び、ところどころにある少し大きな建物は、工房か何かだろう。のみで何かを削る音や金槌で何かを叩く音が聞こえてくる。そして、建物の間を、棒手振ぼてふりが何人か行ったり来たりしているのだ。
 日頃見慣れた町に似た風景が、この軍学塾の中にまるごと形成されているのだった。
 長屋が並ぶ向こうには畑さえも垣間見え、この空間はいったいどういう意図で作られたものなのか、軍学塾と標榜しながら、いったい何が行われているのか、小源太は疑念で満ちていくのだった。
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