日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠

文字の大きさ
42 / 93
第五章 暗い駕籠

五の六

 駕籠の護衛の役目を始めて二十日ほど経った。
 つとめは三日おきであったり五日おきであったりしたが、時刻は五つ(午後八時)を過ぎることが多く四つ(午後十時)になることもあった。そうしてきまって牛込の張孔堂から赤坂の紀州藩邸までの往路(駕籠の中の人物が徳川頼宣であれば帰路か)のみの護衛であった。

 今日も辻辻を思いつきのように曲がり、どこをどう歩いているのか、付き従っている小源太すら頭が混乱してしまうほどの経路であった。
 ついさっき聞こえてきた鐘の音は、四つの時の鐘でおそらく市ヶ谷八幡のものであろう。
 いつもと同じ、先頭を貝守が歩き、四人担ぎのお忍駕籠の右に小源太がついて、左に佐山が寄り添って小さな行列が進む。

 佐山はそれなりの職人技術が身につくまでは、と張孔堂に戻っているが、妻に顔を見せに何日も帰らない、ということはなくなったようだ。

 と、駕籠はひらけた場所へ出た。
 江戸城の堀端であった。
 小さな行列は堀に沿って南へと歩を進める。
 行く手に見える、堀を横切って黒黒と横たわっているのは四谷御門の土橋であろう。

 橋まで二町(二百メートル)というところまで来た時、ふと、小源太の視界の端に、何かがうごめいた。
 目を走らせるのと、数人の男達が白刃を月光にきらめかせ、武家屋敷のかどから躍り出てきたのが同時であった。

 小源太はさっと人数を数えた。
 全部で五人であった。
 いずれも濃い色の着物に袴をつけていて、汗止めの鉢巻きをして、たすきで袖をしばって股立ももだちをとっている。ゆきずりの強盗などではけっしてない、万端準備を整えた襲撃であった。
 駕籠がとまり、護衛の三人は、同時に刀を鞘走らせ、男達と駕籠の間に壁となって立ちふさがった。
 襲撃者達は、警戒したように足をとめて、いちようにこちらを睨みすえている。

「殺すな」
 不意に駕籠の中から声がした。穏やかで若く聞こえる声であった。
「殺すな。追い払うだけでよい」
 冷静でまるでこの襲撃を予想していたような口ぶりであった。

「我らが主をたぶらかすいかさま・・・・師め。覚悟いたせっ」
 襲撃者のひとりがたからかに口上を述べた。夜の堀端に声が渡っていった。焦燥や緊張などはなく、落ち着いたよく通る声音であった。
「身分もわきまえず、不相応な駕籠に乗るなど言語道断っ」
「不逞牢人どもの元締めめっ」
「正義の鉄鎚をくだしてくれるっ」
 他の襲撃者達も口口に罵った。

 敵の言葉といい、駕籠の中から聞こえた声といい、駕籠に乗っているのはやはり由井正雪であろうか。

 小源太がちょっと首を向けると、駕籠の脇で、佐山がさだまらない腰つきで刀を構えているのがみえた。手も足も震えて、刀の切っ先が上下に跳ねているようだ。
 これはいけないと小源太は見た。
 敵を彼のもとに行かせては、佐山は一合すらせずに斬られるだろう。

「駕籠をはやく出せっ。佐山さんは付いて行ってっ」
 小源太が立ちどまっている駕籠かきに命じた。四人の駕籠かき達はまったく動じた様子もなく、落ち着いてうなずくと、駕籠をかつごうとした。ところへ、
「いけない」佐山がうわずった声で押しとどめた。「いけない、だめだ。護衛がわしひとりになったら、伏勢でもいたら万事窮するぞ」
 小源太は舌打ちしたい気分であったが、なるほど佐山の言うことも一理ある。ここは、この場にとどまって小源太と貝守でふんばるしかなさそうだ。

 しかし、貝守のほうにふたり、小源太の前に三人、数では圧倒的に不利だし、敵は相当な手練れであるようにみえるし、はたして守りきれるだろうか。
 堀の土手ぎりぎりに駕籠はおろしてあって、駕籠かき達四人も駕籠を守るように囲んではいるが、みな素手である。

 と、ぎゃっという男の悲鳴が夜気をつんざいた。
 貝守が、刀を一閃してひとりの男の腕を切り落とした。
 横目で見ただけの小源太であったが、背筋が寒くなるほどの、容赦のない太刀筋であった。
 すかさず、小源太の前にいた男のうちのひとりが、貝守のほうへまわった。
 これで小源太の前に立つのはふたりとなって、多少は闘いやすくはなった。
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。