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第五章 暗い駕籠
五の六
駕籠の護衛の役目を始めて二十日ほど経った。
務めは三日おきであったり五日おきであったりしたが、時刻は五つ(午後八時)を過ぎることが多く四つ(午後十時)になることもあった。そうしてきまって牛込の張孔堂から赤坂の紀州藩邸までの往路(駕籠の中の人物が徳川頼宣であれば帰路か)のみの護衛であった。
今日も辻辻を思いつきのように曲がり、どこをどう歩いているのか、付き従っている小源太すら頭が混乱してしまうほどの経路であった。
ついさっき聞こえてきた鐘の音は、四つの時の鐘でおそらく市ヶ谷八幡のものであろう。
いつもと同じ、先頭を貝守が歩き、四人担ぎのお忍駕籠の右に小源太がついて、左に佐山が寄り添って小さな行列が進む。
佐山はそれなりの職人技術が身につくまでは、と張孔堂に戻っているが、妻に顔を見せに何日も帰らない、ということはなくなったようだ。
と、駕籠はひらけた場所へ出た。
江戸城の堀端であった。
小さな行列は堀に沿って南へと歩を進める。
行く手に見える、堀を横切って黒黒と横たわっているのは四谷御門の土橋であろう。
橋まで二町(二百メートル)というところまで来た時、ふと、小源太の視界の端に、何かが蠢いた。
目を走らせるのと、数人の男達が白刃を月光にきらめかせ、武家屋敷のかどから躍り出てきたのが同時であった。
小源太はさっと人数を数えた。
全部で五人であった。
いずれも濃い色の着物に袴をつけていて、汗止めの鉢巻きをして、襷で袖をしばって股立ちをとっている。ゆきずりの強盗などではけっしてない、万端準備を整えた襲撃であった。
駕籠がとまり、護衛の三人は、同時に刀を鞘走らせ、男達と駕籠の間に壁となって立ちふさがった。
襲撃者達は、警戒したように足をとめて、いちようにこちらを睨みすえている。
「殺すな」
不意に駕籠の中から声がした。穏やかで若く聞こえる声であった。
「殺すな。追い払うだけでよい」
冷静でまるでこの襲撃を予想していたような口ぶりであった。
「我らが主をたぶらかすいかさま師め。覚悟いたせっ」
襲撃者のひとりがたからかに口上を述べた。夜の堀端に声が渡っていった。焦燥や緊張などはなく、落ち着いたよく通る声音であった。
「身分もわきまえず、不相応な駕籠に乗るなど言語道断っ」
「不逞牢人どもの元締めめっ」
「正義の鉄鎚をくだしてくれるっ」
他の襲撃者達も口口に罵った。
敵の言葉といい、駕籠の中から聞こえた声といい、駕籠に乗っているのはやはり由井正雪であろうか。
小源太がちょっと首を向けると、駕籠の脇で、佐山がさだまらない腰つきで刀を構えているのがみえた。手も足も震えて、刀の切っ先が上下に跳ねているようだ。
これはいけないと小源太は見た。
敵を彼のもとに行かせては、佐山は一合すらせずに斬られるだろう。
「駕籠をはやく出せっ。佐山さんは付いて行ってっ」
小源太が立ちどまっている駕籠かきに命じた。四人の駕籠かき達はまったく動じた様子もなく、落ち着いてうなずくと、駕籠をかつごうとした。ところへ、
「いけない」佐山がうわずった声で押しとどめた。「いけない、だめだ。護衛がわしひとりになったら、伏勢でもいたら万事窮するぞ」
小源太は舌打ちしたい気分であったが、なるほど佐山の言うことも一理ある。ここは、この場にとどまって小源太と貝守でふんばるしかなさそうだ。
しかし、貝守のほうにふたり、小源太の前に三人、数では圧倒的に不利だし、敵は相当な手練れであるようにみえるし、はたして守りきれるだろうか。
堀の土手ぎりぎりに駕籠はおろしてあって、駕籠かき達四人も駕籠を守るように囲んではいるが、みな素手である。
と、ぎゃっという男の悲鳴が夜気をつんざいた。
貝守が、刀を一閃してひとりの男の腕を切り落とした。
横目で見ただけの小源太であったが、背筋が寒くなるほどの、容赦のない太刀筋であった。
すかさず、小源太の前にいた男のうちのひとりが、貝守のほうへまわった。
これで小源太の前に立つのはふたりとなって、多少は闘いやすくはなった。
務めは三日おきであったり五日おきであったりしたが、時刻は五つ(午後八時)を過ぎることが多く四つ(午後十時)になることもあった。そうしてきまって牛込の張孔堂から赤坂の紀州藩邸までの往路(駕籠の中の人物が徳川頼宣であれば帰路か)のみの護衛であった。
今日も辻辻を思いつきのように曲がり、どこをどう歩いているのか、付き従っている小源太すら頭が混乱してしまうほどの経路であった。
ついさっき聞こえてきた鐘の音は、四つの時の鐘でおそらく市ヶ谷八幡のものであろう。
いつもと同じ、先頭を貝守が歩き、四人担ぎのお忍駕籠の右に小源太がついて、左に佐山が寄り添って小さな行列が進む。
佐山はそれなりの職人技術が身につくまでは、と張孔堂に戻っているが、妻に顔を見せに何日も帰らない、ということはなくなったようだ。
と、駕籠はひらけた場所へ出た。
江戸城の堀端であった。
小さな行列は堀に沿って南へと歩を進める。
行く手に見える、堀を横切って黒黒と横たわっているのは四谷御門の土橋であろう。
橋まで二町(二百メートル)というところまで来た時、ふと、小源太の視界の端に、何かが蠢いた。
目を走らせるのと、数人の男達が白刃を月光にきらめかせ、武家屋敷のかどから躍り出てきたのが同時であった。
小源太はさっと人数を数えた。
全部で五人であった。
いずれも濃い色の着物に袴をつけていて、汗止めの鉢巻きをして、襷で袖をしばって股立ちをとっている。ゆきずりの強盗などではけっしてない、万端準備を整えた襲撃であった。
駕籠がとまり、護衛の三人は、同時に刀を鞘走らせ、男達と駕籠の間に壁となって立ちふさがった。
襲撃者達は、警戒したように足をとめて、いちようにこちらを睨みすえている。
「殺すな」
不意に駕籠の中から声がした。穏やかで若く聞こえる声であった。
「殺すな。追い払うだけでよい」
冷静でまるでこの襲撃を予想していたような口ぶりであった。
「我らが主をたぶらかすいかさま師め。覚悟いたせっ」
襲撃者のひとりがたからかに口上を述べた。夜の堀端に声が渡っていった。焦燥や緊張などはなく、落ち着いたよく通る声音であった。
「身分もわきまえず、不相応な駕籠に乗るなど言語道断っ」
「不逞牢人どもの元締めめっ」
「正義の鉄鎚をくだしてくれるっ」
他の襲撃者達も口口に罵った。
敵の言葉といい、駕籠の中から聞こえた声といい、駕籠に乗っているのはやはり由井正雪であろうか。
小源太がちょっと首を向けると、駕籠の脇で、佐山がさだまらない腰つきで刀を構えているのがみえた。手も足も震えて、刀の切っ先が上下に跳ねているようだ。
これはいけないと小源太は見た。
敵を彼のもとに行かせては、佐山は一合すらせずに斬られるだろう。
「駕籠をはやく出せっ。佐山さんは付いて行ってっ」
小源太が立ちどまっている駕籠かきに命じた。四人の駕籠かき達はまったく動じた様子もなく、落ち着いてうなずくと、駕籠をかつごうとした。ところへ、
「いけない」佐山がうわずった声で押しとどめた。「いけない、だめだ。護衛がわしひとりになったら、伏勢でもいたら万事窮するぞ」
小源太は舌打ちしたい気分であったが、なるほど佐山の言うことも一理ある。ここは、この場にとどまって小源太と貝守でふんばるしかなさそうだ。
しかし、貝守のほうにふたり、小源太の前に三人、数では圧倒的に不利だし、敵は相当な手練れであるようにみえるし、はたして守りきれるだろうか。
堀の土手ぎりぎりに駕籠はおろしてあって、駕籠かき達四人も駕籠を守るように囲んではいるが、みな素手である。
と、ぎゃっという男の悲鳴が夜気をつんざいた。
貝守が、刀を一閃してひとりの男の腕を切り落とした。
横目で見ただけの小源太であったが、背筋が寒くなるほどの、容赦のない太刀筋であった。
すかさず、小源太の前にいた男のうちのひとりが、貝守のほうへまわった。
これで小源太の前に立つのはふたりとなって、多少は闘いやすくはなった。
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※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。