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第六章 道場破り
六の四
牢人のあとをつけさせた、青山道場の門人の吉次と六弥のふたりが、児島屋に戻って来たのは、もう日が傾きはじめた頃だった。吉次と六弥は両人とも、歳が二十一と同じであり、名字帯刀を許された商人の家であり、次男三男で気楽な立場だということもあり、何か相通ずるものがあるのだろう、普段から仲がよい二人組であった。この昵懇の間柄のふたりならうまく連携をとって、そつなく頼みをこなしてくれるだろうと想定して牢人を尾行してもらったのだが、小源太の思惑どおり、ふたりは行き先をつきとめてくれたようだ。
「難儀なことを頼んですまなかったね。私はここを動けないので、ふたりに手間をかけさせてしまった」小源太が頭をさげると、
「よしとくんなさい。なに、いつも世話になってるのはあっしらですから、たまにはお返ししねえと」と六弥が顔の前で手をひらひらさせた。
「あの牢人、なんと驚きなさんな、先生」吉次が報告をしはじめた。「ここを出た浪人は、脚を南へ、浅草寺の西へ出た。寺の塀に沿ってさらに南へ行って、広小路を過ぎてもまだ脚はとまらない。ところがふっと西へと折れて、やがて上野寛永寺へぶっつかった」
「ちょっと待て。途中の道筋はいいから、牢人がどこへたどり着いたかだけ、聞かせてくれ」婉曲な話を小源太は無理矢理はしょらせた。
「え、そうですか。あとをつけた苦労を聞いてもらいたかったんですけど。まあいいや。でまあ、牢人は、ずっと南へ行って、なんと、お茶の水の槍術の道場へと入っていきました」
「槍術?」
「ええ、宝蔵院流の槍術を教える道場だそうで、道場主は丸橋忠弥と言うそうで」
「丸橋……」
その名は、小源太も聞いたことがあった。宝蔵院流槍術の達人で、江戸でそれなりに名の知られた男であった。その丸橋の道場があるのはお茶の水で、お茶の水といえば、小源太の住まう神田明神下の裏店から南へ行って神田川を渡ってすぐの場所だった。目と鼻の先と言っていいほどの距離である。
「そんな所から、わざわざ浅草の北の端まで、質入れしに来るものだろうか」
「そうなんですよねえ、栗栖先生。牢人の住まいがこの浅草の辺りにある、ということも考えられますが」
「いかさま、な」と小源太はうなずいた。「ふたりとも、よくやってくれた。ともかく、牢人が丸橋道場と縁があるとわかっただけで、今回は充分な収穫だ」
小源太はねぎらって、懐から一朱金を二枚出し、ふたりに手間賃として渡した。今度の用心棒代の前金から出したもので、これが大家の久右衛門に知られたら、また店賃を払う前に使ってしまってと、小言を言われるに違いない。
「あとはどうしましょう。もうちょっと探りを入れておきましょうか」
六弥が言うのへ、
「いや、変につつくとしっぺ返しを食らいかねない。何かあったら、またお願いするよ」小源太が答えた。
ではまたなんなりとどうぞ、と頭をさげ、ふたりは貰った金をうれしそうに懐に入れて、帰って行った。
日もずいぶん暮れてきて、そろそろ店も閉める時刻である。牢人達が難癖をつけにくるのは、きまって店が開いている時間なので、夜間は児島屋に泊まる必要はない。小源太は帰り支度をはじめた。
「丸橋忠弥か」
小源太はつぶやいた。
今日、店に押し入ってきた男だけが、丸橋道場の門人というだけの話であろうか。それとも、いれかわりたちかわり言いがかりをつけにくるという他の牢人達も、全員が丸橋道場の門人であろうか。だとすれば、首謀者は丸橋忠弥の可能性が濃厚で、なぜ丸橋は辰平の店を狙うのであろうか。それなりの盛名を馳せているような男が、江戸の片隅でささやかに商売している質屋を苦しめるなど、まったく腑に落ちるものではなかった。
小源太は、まるで糸口のつかめない難問に頭を捻りながら、児島屋をあとにした。
「難儀なことを頼んですまなかったね。私はここを動けないので、ふたりに手間をかけさせてしまった」小源太が頭をさげると、
「よしとくんなさい。なに、いつも世話になってるのはあっしらですから、たまにはお返ししねえと」と六弥が顔の前で手をひらひらさせた。
「あの牢人、なんと驚きなさんな、先生」吉次が報告をしはじめた。「ここを出た浪人は、脚を南へ、浅草寺の西へ出た。寺の塀に沿ってさらに南へ行って、広小路を過ぎてもまだ脚はとまらない。ところがふっと西へと折れて、やがて上野寛永寺へぶっつかった」
「ちょっと待て。途中の道筋はいいから、牢人がどこへたどり着いたかだけ、聞かせてくれ」婉曲な話を小源太は無理矢理はしょらせた。
「え、そうですか。あとをつけた苦労を聞いてもらいたかったんですけど。まあいいや。でまあ、牢人は、ずっと南へ行って、なんと、お茶の水の槍術の道場へと入っていきました」
「槍術?」
「ええ、宝蔵院流の槍術を教える道場だそうで、道場主は丸橋忠弥と言うそうで」
「丸橋……」
その名は、小源太も聞いたことがあった。宝蔵院流槍術の達人で、江戸でそれなりに名の知られた男であった。その丸橋の道場があるのはお茶の水で、お茶の水といえば、小源太の住まう神田明神下の裏店から南へ行って神田川を渡ってすぐの場所だった。目と鼻の先と言っていいほどの距離である。
「そんな所から、わざわざ浅草の北の端まで、質入れしに来るものだろうか」
「そうなんですよねえ、栗栖先生。牢人の住まいがこの浅草の辺りにある、ということも考えられますが」
「いかさま、な」と小源太はうなずいた。「ふたりとも、よくやってくれた。ともかく、牢人が丸橋道場と縁があるとわかっただけで、今回は充分な収穫だ」
小源太はねぎらって、懐から一朱金を二枚出し、ふたりに手間賃として渡した。今度の用心棒代の前金から出したもので、これが大家の久右衛門に知られたら、また店賃を払う前に使ってしまってと、小言を言われるに違いない。
「あとはどうしましょう。もうちょっと探りを入れておきましょうか」
六弥が言うのへ、
「いや、変につつくとしっぺ返しを食らいかねない。何かあったら、またお願いするよ」小源太が答えた。
ではまたなんなりとどうぞ、と頭をさげ、ふたりは貰った金をうれしそうに懐に入れて、帰って行った。
日もずいぶん暮れてきて、そろそろ店も閉める時刻である。牢人達が難癖をつけにくるのは、きまって店が開いている時間なので、夜間は児島屋に泊まる必要はない。小源太は帰り支度をはじめた。
「丸橋忠弥か」
小源太はつぶやいた。
今日、店に押し入ってきた男だけが、丸橋道場の門人というだけの話であろうか。それとも、いれかわりたちかわり言いがかりをつけにくるという他の牢人達も、全員が丸橋道場の門人であろうか。だとすれば、首謀者は丸橋忠弥の可能性が濃厚で、なぜ丸橋は辰平の店を狙うのであろうか。それなりの盛名を馳せているような男が、江戸の片隅でささやかに商売している質屋を苦しめるなど、まったく腑に落ちるものではなかった。
小源太は、まるで糸口のつかめない難問に頭を捻りながら、児島屋をあとにした。
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