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第六章 道場破り
六の六
丸橋道場というのは、ごくありふれた造作の、どこにでもあるような道場であった。
江戸で名の知れた丸橋忠弥の道場だと言うから、どれほど壮大なものかと小源太は想像していたが、いささか拍子抜けではある。もっとも、剣術にしろ槍術にしろ、実力はあっても多分に世渡りがうまくなければ、名も売れず儲けも悪く道場も大きくはできないだろう。そういう観点で考えると、実力もあり名も売れているのに、さほど儲かっていないようにこの道場が見えるのは、丸橋忠弥という男は、よっぽど欲がないのか、世渡りが下手なのか。
小源太は、横溢する怒りに突き動かされるようにここまで来、丸橋道場の看板を睨んだ。瞳の奥に憤怒の炎が渦巻いている。
六弥の命に別状がなかったとはいえ、丸橋道場に対する怒りまでもが冷めたわけではなかった。盗み聞きした六弥に非があったとしても、なにも肋骨にひびが入るほど痛めつけねばならぬ必要があったのか。六弥の苦痛と悔しさを思うと、怒りで血が沸き立つようであった。
「ごめんっ!」
開けっ放しの道場の入り口に立って、小源太はあらんかぎりの力を腹に込めて叫んだ。
すぐに、男がひとり出てきた。無精髭をはやした、むさくるしい三十男である。
「なにかようか」
男は、はなから小源太を見くだした態度だった。
「丸橋先生に一手御指南願いたい」まだ怒りで震える声で小源太は言った。
あからさまに侮蔑の笑みを浮かべ、男は片眉を小刻みにゆらした。
「女だてらに道場破りとは見上げたものだ。当道場は他流試合だとて断らぬ。されど、泣きを見ぬうちに、おとなしく帰ったほうが身のためだぞ」
「黙れ」
女とあなどっているこの男の態度が、小源太の怒りの炎をさらに燃え上がらせた。
「貴様のような下っ端では話にならぬ。丸橋先生か、でなければ、師範でも呼んでこい」
「おのれ。女と思って甘くしておればつけあがりおって」
男は小源太のくってかかるような態度に平静を失った。小源太にしてみれば、してやったりといったところで、こうなれば、あと一押しである。
「ふん、お前ごときでは、女に伸されるのが闘う前から目に見えている。いさぎよく尻尾をまいて退散して、誰かお前より強い者を呼んでくるんだな」
「いいだろう、あがれ。吠え面かいてもしらぬぞッ」
男は道場に入ると、すぐに壁に掛けてあったたんぽ槍を取った。
道場には十数人の門人がいて、中には稽古をしていた者もいたが、何事かと手をとめて、小源太と男を見比べるように見た。
男の後について小源太も道場に入り、周りをくるりと見渡し、壁に掛けてある木剣を取った。取った瞬間、雷鳴のような気合い声ととともに、男の稽古槍が襲ってきた。
鋭く突きさしてくる槍を、小源太は体を開いて躱し、男の首筋を打った。走って勢いの乗った男の体は、そのまま羽目板を突き破ってとまった。
勝負を見ていた門人達の数人が、はじかれたように立ちあがった。
「次はわしが相手だッ」
恰幅の良い男が、稽古槍を頭上で回し、ぶんぶんうなりをあげさせながら、小源太に近づいてきた。
太い気合い声とともに、力があふれでるような槍が小源太の頭部を目がけて、振られた。まるで竜巻のような攻撃である。
小源太は、床に手がつくほどかがんで、槍をかわし、そのまま勢いをつけて飛びあがり、体勢の崩れた男の肩に、木剣を振り下ろした。
ぐわっと悲鳴をあげて、男は槍を落とした。小気味よい音をたてて、槍が床に跳ねた。
「次っ」
威圧するような小源太の怒声が道場にこだました。怒声に応じて数人の門人が同時に床板を揺さぶって向かってきた。ところへ、
「待て、俺が相手だ」
痩身で背の高い男が、門人達をとめた。門人達の間を割って前に出てきたその男は、あきらかに、他の門人達とは格が違うとわかる身のこなしをしていた。
これが、丸橋かと、小源太は身構えた。
「山内十蔵」
男が名乗った。
「栗栖小源太」
小源太も名乗り返した。
丸橋ではなかったが、この山内という男もそうとう腕が立つだろうと思える。師範級の達者かもしれない。
江戸で名の知れた丸橋忠弥の道場だと言うから、どれほど壮大なものかと小源太は想像していたが、いささか拍子抜けではある。もっとも、剣術にしろ槍術にしろ、実力はあっても多分に世渡りがうまくなければ、名も売れず儲けも悪く道場も大きくはできないだろう。そういう観点で考えると、実力もあり名も売れているのに、さほど儲かっていないようにこの道場が見えるのは、丸橋忠弥という男は、よっぽど欲がないのか、世渡りが下手なのか。
小源太は、横溢する怒りに突き動かされるようにここまで来、丸橋道場の看板を睨んだ。瞳の奥に憤怒の炎が渦巻いている。
六弥の命に別状がなかったとはいえ、丸橋道場に対する怒りまでもが冷めたわけではなかった。盗み聞きした六弥に非があったとしても、なにも肋骨にひびが入るほど痛めつけねばならぬ必要があったのか。六弥の苦痛と悔しさを思うと、怒りで血が沸き立つようであった。
「ごめんっ!」
開けっ放しの道場の入り口に立って、小源太はあらんかぎりの力を腹に込めて叫んだ。
すぐに、男がひとり出てきた。無精髭をはやした、むさくるしい三十男である。
「なにかようか」
男は、はなから小源太を見くだした態度だった。
「丸橋先生に一手御指南願いたい」まだ怒りで震える声で小源太は言った。
あからさまに侮蔑の笑みを浮かべ、男は片眉を小刻みにゆらした。
「女だてらに道場破りとは見上げたものだ。当道場は他流試合だとて断らぬ。されど、泣きを見ぬうちに、おとなしく帰ったほうが身のためだぞ」
「黙れ」
女とあなどっているこの男の態度が、小源太の怒りの炎をさらに燃え上がらせた。
「貴様のような下っ端では話にならぬ。丸橋先生か、でなければ、師範でも呼んでこい」
「おのれ。女と思って甘くしておればつけあがりおって」
男は小源太のくってかかるような態度に平静を失った。小源太にしてみれば、してやったりといったところで、こうなれば、あと一押しである。
「ふん、お前ごときでは、女に伸されるのが闘う前から目に見えている。いさぎよく尻尾をまいて退散して、誰かお前より強い者を呼んでくるんだな」
「いいだろう、あがれ。吠え面かいてもしらぬぞッ」
男は道場に入ると、すぐに壁に掛けてあったたんぽ槍を取った。
道場には十数人の門人がいて、中には稽古をしていた者もいたが、何事かと手をとめて、小源太と男を見比べるように見た。
男の後について小源太も道場に入り、周りをくるりと見渡し、壁に掛けてある木剣を取った。取った瞬間、雷鳴のような気合い声ととともに、男の稽古槍が襲ってきた。
鋭く突きさしてくる槍を、小源太は体を開いて躱し、男の首筋を打った。走って勢いの乗った男の体は、そのまま羽目板を突き破ってとまった。
勝負を見ていた門人達の数人が、はじかれたように立ちあがった。
「次はわしが相手だッ」
恰幅の良い男が、稽古槍を頭上で回し、ぶんぶんうなりをあげさせながら、小源太に近づいてきた。
太い気合い声とともに、力があふれでるような槍が小源太の頭部を目がけて、振られた。まるで竜巻のような攻撃である。
小源太は、床に手がつくほどかがんで、槍をかわし、そのまま勢いをつけて飛びあがり、体勢の崩れた男の肩に、木剣を振り下ろした。
ぐわっと悲鳴をあげて、男は槍を落とした。小気味よい音をたてて、槍が床に跳ねた。
「次っ」
威圧するような小源太の怒声が道場にこだました。怒声に応じて数人の門人が同時に床板を揺さぶって向かってきた。ところへ、
「待て、俺が相手だ」
痩身で背の高い男が、門人達をとめた。門人達の間を割って前に出てきたその男は、あきらかに、他の門人達とは格が違うとわかる身のこなしをしていた。
これが、丸橋かと、小源太は身構えた。
「山内十蔵」
男が名乗った。
「栗栖小源太」
小源太も名乗り返した。
丸橋ではなかったが、この山内という男もそうとう腕が立つだろうと思える。師範級の達者かもしれない。
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