日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠

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第七章 正雪は微笑む

七の一

 ――なんだあの女は……。

 狛蔵《こまぞう》がその奇妙な女を見かけたのは、浅草寺の功徳日くどくにちだったから、十月十九日のことであった。
 四万六千日ほどでないにしろ、それでも普段以上の参拝者でごった返していて、人にもみくちゃにされながら本堂で手を合わせ、どうにかこうにか境内の端に寄って、いくぶん人いきれの苦痛から解放され、吐息をついた時、ふとその女に目が引かれたのだった。
 一見すると若衆に見えるが、たしかに女であった。女は人波を泳ぐように歩いていた。女のくせに男の着物を着て、両刀を差し、蝙蝠羽織をはおり、まだ若いのに衿巻えりまきを巻いていた。ひときわ狛蔵の目を引いたのが、その卯の花色の地に赤い梅の花をちらした衿巻であった。

 ――どうしてあの打掛うちかけが衿巻にされているのか。

 本来、梅の打掛は日本橋富沢町の豊岡屋にあるはずだ。盗賊一味が解散したあと古手屋を開いた、かつての仲間の尚介なおすけはすでに他界しているから、孫かひ孫のだいになっているだろうが、だとしてもあの打掛を手放すなど考えられないことだ。
 狛蔵は女の姿を目で追い、ひと呼吸してあとを追ったが、人ごみにまぎれてすぐに見失ってしまった。
 七十を過ぎ、杖をつかねば歩くのにも難儀な老体が、いまいましかった。
 もうあと二十歳若ければ、人ごみであろうと月のない夜道であろうと、苦もなく女のあとをつけることができたはずだ。

 歯噛みしつつ、まあいい、と狛蔵は思った。男のなりをした女なんぞ、そうそういるものではない。捜せばすぐに噂くらいは拾えるだろう。
 身を刺すような木枯らしが吹き続けていて、こごえるようだったのに、いつしか、額に汗が浮かんでいた。懐から手ぬぐいを出して顔や首すじをふくと、また、冷たい風が吹きつけ、火照った体にここちよかった。

 衿巻を見て動揺したのがいけなかったのだろう。
 みぞおちに鈍い痛みを感じ、狛蔵は境内をよろよろと仁王門のそばまで重い体を引きずるようにして歩いた。病で骨と皮ばかりになった体なのに異常に重い。門の脇の立木によっかかった。たちまち、鈍かった痛みが、匕首あいくちをねじ込まれたような鋭い痛みに変わり、たまらず力を込めて腹を押さえた。
 急がなくてはいけない、と腹から背へ突き抜けるような痛みをこらえながら考えた。この冬を越せるかどうかわからない。どうしても、いま見た女を捜し出さなくてはいけない。

 青白い顔で、虚空にうつろな目を漂わせる狛蔵に、通り過ぎる何人もの人間があわれむような視線を投げ、すぐにそらす。誰も助けようと手を差しのべはしないし、大丈夫かと声をかけることすらしなかった。骸骨のような見てくれだけでなく、長年悪事を重ねて出来上がった人相には、近づきがたい凶悪さがにじんでいるのだろう。
 すべては因果だ、自業自得だ、今まで世間に迷惑をかけ続けてきた鼻つまみ者への報いだ。この痛みも他人から忌避されるのもすべて身から出た錆だ。狛蔵は激痛にさいなまれながらも苦く笑った。

 そうしてひと月が経って、狛蔵は、再びその女と出会った。
感想 3

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