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第八章 秘剣弓弦断ち
八の一
年も改まり慶安四年となって、ひと月近く経った。
寒さが肌を刺すようなその日、栗栖小源太は、青山道場で汗をかいていた。
無理を言って道場主の青山清左衛門に稽古相手になってもらっていた。
小源太が、手筋を間違えると、
「違うッ」
叱声を放ちつつ、青山は容赦なく小源太が隙を見せた箇所を木剣で打った。
先年に丸橋忠弥と手合わせをして、小源太は自分の才能に溺れていたことに気がついた。これまで、けっして連戦連勝というわけではなかったが、丸橋という男は格段に強かった。闘わずして負けを認めざるをえなかったほど、あの男は強い。
そうして、敗北した惨めさのなかで、
――あの威圧するような、凄まじい迫力の槍に勝つためには秘剣が必要だ。
と思い至った。
京にいたころ、大叔父に教えてもらった弓弦断ちという秘剣がある。
相手の刀を絡めつつ、刃を折る秘剣である。
だが、小源太は真剣に稽古に取り組まなかった。秘剣など使わなくても強いとうぬぼれ、修行を中途半端に置いてしまったのが、今になってくやまれた。
そこで小源太は、流派の秘剣ではあったがやむをえず、青山に技の概略を伝え、稽古をつけて欲しいと頼んだのだった。
――新当流にも似たような技がある。
青山はそう言った。
――新当流と一羽流は別の流派ではあるが、源流は同じ香取神道流だから、どこか似かよっているんだろう。
そう言って、稽古を快諾してくれたのだった。
昼間、門人達に稽古をつけた後に、日が暮れてからの特訓であったが、もう数日経つのに、青山は辛抱強く付き合ってくれている。
青山がすっと間合いに入ると、小手を狙って打ってきた。
その木剣に小源太は自分の木剣を絡めるが、反対に絡め取られ、いなされた。体がとんと泳いだところに左の二の腕を木剣でしたたかに打たれ、小源太は苦痛に顔をゆがめた。
「うむ」と青山は木剣をさげた。「いったん休もう。どうも、お前さんは剣才に優れているから、体で会得したがる。ちょっと頭で考えてみよう」
そうして、青山は道場の隅に置いてあった水差しと湯呑みを取ってくると、ふたりで水をがぶがぶ呑んだ。ひと息つくと、青山が言った。
「お前さんから稽古を頼まれてからこっち、わしも色色と弓弦断ちについて考察してみた。こういうことだ」
と秘剣弓弦断ちについての彼の存念を話しはじめた。
「刀とは、まっすぐの鉄の棒を熱して叩いて形を作り、水で冷やすことで反りが生まれる。反った刃はぴんと張りつめている状態なんだ。ちょうど弓の弦を引くと、弓がぐっと曲がるあの状態と同じで、ずっとまっすぐに戻ろうとしている。まっすぐに戻ろうとしているところに、弓の弦たる刀の峰を叩くとどうなるか。弦が切れた弓が元に戻るように、刀もまっすぐに戻ろうとして、叩いたところを起点にいとも簡単に折れる。これを実践でやれば無敵に思えるが、当然自分の刀も折れる恐れがあるし、そう簡単に峰を叩く機会も訪れない。これを剣技としたのが弓弦断ちだ。相手の刀を絡め、峰をこちらに向けさせて叩く機会を得る。当然、刀の折れやすい一点を見抜く目も必要になってくる。これを会得するのは、至難の業だぞ」
「ですから、ひたすら稽古をするしか会得する方法はないのではないでしょうか」
「ただ、漫然と木剣を振っていたところで意味はない。太刀筋を頭で思い描くのだ。そうして思い描いた心象を稽古で体現するのだ」
大叔父から教わった太刀筋や型や構えなど、これまで小源太はまったく意識せずに身につけてきた。太刀筋を頭で思い描いてから修行するなどという、回りくどいやりかたとは無縁であった。
「心象を動きで表現できるようになったら、今度は考えなくても体が勝手に動くように、なんども同じ型を繰り返す。栗栖、お前はこれまで面倒がって、こういう地道な修練を積んでこなかっただろう。お前は剣に関しては天賦の才がある。だが、天賦の才を持つ人間も修練を怠れば凡才に負けるだろう。ましてや、お前が勝とうとしている丸橋忠弥は槍の達人だ。本気で勝ちたいなら、今までの何倍もの稽古を積むしかないな」
小源太は自分の怠惰な性格と、いつの間にか身についてしまった傲慢さを恥じた。
青山が肩をほぐすように回した。
「じゃあ、もうちょっと手合わせしてみようか。頭に太刀筋を思い描くのだぞ」
寒さが肌を刺すようなその日、栗栖小源太は、青山道場で汗をかいていた。
無理を言って道場主の青山清左衛門に稽古相手になってもらっていた。
小源太が、手筋を間違えると、
「違うッ」
叱声を放ちつつ、青山は容赦なく小源太が隙を見せた箇所を木剣で打った。
先年に丸橋忠弥と手合わせをして、小源太は自分の才能に溺れていたことに気がついた。これまで、けっして連戦連勝というわけではなかったが、丸橋という男は格段に強かった。闘わずして負けを認めざるをえなかったほど、あの男は強い。
そうして、敗北した惨めさのなかで、
――あの威圧するような、凄まじい迫力の槍に勝つためには秘剣が必要だ。
と思い至った。
京にいたころ、大叔父に教えてもらった弓弦断ちという秘剣がある。
相手の刀を絡めつつ、刃を折る秘剣である。
だが、小源太は真剣に稽古に取り組まなかった。秘剣など使わなくても強いとうぬぼれ、修行を中途半端に置いてしまったのが、今になってくやまれた。
そこで小源太は、流派の秘剣ではあったがやむをえず、青山に技の概略を伝え、稽古をつけて欲しいと頼んだのだった。
――新当流にも似たような技がある。
青山はそう言った。
――新当流と一羽流は別の流派ではあるが、源流は同じ香取神道流だから、どこか似かよっているんだろう。
そう言って、稽古を快諾してくれたのだった。
昼間、門人達に稽古をつけた後に、日が暮れてからの特訓であったが、もう数日経つのに、青山は辛抱強く付き合ってくれている。
青山がすっと間合いに入ると、小手を狙って打ってきた。
その木剣に小源太は自分の木剣を絡めるが、反対に絡め取られ、いなされた。体がとんと泳いだところに左の二の腕を木剣でしたたかに打たれ、小源太は苦痛に顔をゆがめた。
「うむ」と青山は木剣をさげた。「いったん休もう。どうも、お前さんは剣才に優れているから、体で会得したがる。ちょっと頭で考えてみよう」
そうして、青山は道場の隅に置いてあった水差しと湯呑みを取ってくると、ふたりで水をがぶがぶ呑んだ。ひと息つくと、青山が言った。
「お前さんから稽古を頼まれてからこっち、わしも色色と弓弦断ちについて考察してみた。こういうことだ」
と秘剣弓弦断ちについての彼の存念を話しはじめた。
「刀とは、まっすぐの鉄の棒を熱して叩いて形を作り、水で冷やすことで反りが生まれる。反った刃はぴんと張りつめている状態なんだ。ちょうど弓の弦を引くと、弓がぐっと曲がるあの状態と同じで、ずっとまっすぐに戻ろうとしている。まっすぐに戻ろうとしているところに、弓の弦たる刀の峰を叩くとどうなるか。弦が切れた弓が元に戻るように、刀もまっすぐに戻ろうとして、叩いたところを起点にいとも簡単に折れる。これを実践でやれば無敵に思えるが、当然自分の刀も折れる恐れがあるし、そう簡単に峰を叩く機会も訪れない。これを剣技としたのが弓弦断ちだ。相手の刀を絡め、峰をこちらに向けさせて叩く機会を得る。当然、刀の折れやすい一点を見抜く目も必要になってくる。これを会得するのは、至難の業だぞ」
「ですから、ひたすら稽古をするしか会得する方法はないのではないでしょうか」
「ただ、漫然と木剣を振っていたところで意味はない。太刀筋を頭で思い描くのだ。そうして思い描いた心象を稽古で体現するのだ」
大叔父から教わった太刀筋や型や構えなど、これまで小源太はまったく意識せずに身につけてきた。太刀筋を頭で思い描いてから修行するなどという、回りくどいやりかたとは無縁であった。
「心象を動きで表現できるようになったら、今度は考えなくても体が勝手に動くように、なんども同じ型を繰り返す。栗栖、お前はこれまで面倒がって、こういう地道な修練を積んでこなかっただろう。お前は剣に関しては天賦の才がある。だが、天賦の才を持つ人間も修練を怠れば凡才に負けるだろう。ましてや、お前が勝とうとしている丸橋忠弥は槍の達人だ。本気で勝ちたいなら、今までの何倍もの稽古を積むしかないな」
小源太は自分の怠惰な性格と、いつの間にか身についてしまった傲慢さを恥じた。
青山が肩をほぐすように回した。
「じゃあ、もうちょっと手合わせしてみようか。頭に太刀筋を思い描くのだぞ」
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