日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠

文字の大きさ
71 / 93
第九章 宝よ、いずこ

九の三

「勾坂甚内の隠し金?」
「紅穂が宝を探す手がかりをすべて手に入れたのは、張孔堂でもすでに掴んでいる。いや、由井がお前に集めさせたのだ」
狛蔵こまぞうさんの言っていた隠し財宝のことですか?そんな、私は、狛蔵さんにわれて動いただけで」
「だったらなぜ労なく由井の屋敷に忍び込めた」
 小源太は言葉につまった。たしかに、小源太が掛軸を見るべく由井正雪の屋敷に忍び入った時、どうぞお上がりくださいと言わんばかりに、雨戸がはずされていた。
「それみろ、思い当たる節があるのだろう。お前は由井の手のひらの上で踊らされていたのだ」

 いつか小源太の涙は乾いて、心は平静を取り戻していた。いや、兄に対する腹立たしさすら湧いて来ていた。せっかく数年ぶりに再会したと言うのに、いきなりくどくどと叱責を始めるなど、いったいどういう了見りょうけんなのだ。手を取り合って無事を喜びあうのが、肉親の情というものではないのか。小源太は、むっとした顔で兄を見た。恨みがましさが影になってまとわりついた目でにらんだ。

「狛蔵という老人からわたされたものを全部出せ」
「はあ」と生返事で小源太は行李に雑然と入れておいた物を取り出した。
「そんなところにしまっておいたのか。なんと不用心な。それがどれほど重要な物かわかっているのか」言いながら、冬至郎は夜具を乱暴にたたんで部屋の隅によせた。
「重要と申されましても、もとは打掛だった衿巻とか、江戸の地図のようなものとか、歌とか針とか、わけのわからない物ばかりですよ」
「お前では、わけのわからぬ物だろうが、組み合わせてみれば、意味をなすのだ。まったく、狛蔵という老人は、なぜお前のような無思慮無配慮な女に隠し金の手がかりを託したのか」

「兄上!」小源太は逆上したような声をあげた。
「夜中だぞ、大声を出すな。それでなくても、張孔堂の連中に見張られているかもしれないのだぞ」
「兄上、さっきから聞いていれば、ずいぶんなおっしゃりよう。いい人達を悪しざまに言ったり、私のことを小馬鹿にしたり、この数年で、ずいぶん性格が悪くなられましたね」
「江戸に出て、五年もからっ風に吹きつけられるような生活を送れば、こうもなる。お前だって、こっちに来て、数え切れぬほど嫌な思いをしただろう」
「もちろん、いいことばかりでもありません。ですが、悪い人もいればいい人もいます。なのに、兄上は世間全部が悪人のような言いようをして」
「お前は、人間のうわべだけしかみていないな。人の良い所だけ見るのは、お前の長所であるが、短所でもある。もっと用心深く、人間をみろ」

 そうして、宝の手がかりをひろげて並べると、
「これらは鍵だ、宝へと導く鍵だ」冬至郎は説明をはじめた。「かつて、勾坂甚内という盗賊がいた。江戸の闇に根を張った相当に強大な盗賊団の頭領であったが、四十年ほど前に一網打尽に捕らえられられた。その寸前に、それまで盗みで貯めた金や宝物ほうもつをどこかに隠した。三千両の価値があるというその財宝の手がかりを、みっつにわけて、信頼する手下にわたした。それが、鷺の掛軸と、梅の打掛、そして短歌だ。手がかりを託された者達は公儀の追跡を逃れ市井に潜んだ。狛蔵という老人は、かつて勾坂甚内のもとで働いていた盗賊で、短歌を教えられた人物だった。そして、現在、掛軸は由井が、打掛と短歌は紅穂が持っている」

「みっつ以外の、この地図と針はなんでしょう」
「地図は、狛蔵老人が作った物だろうが、これも手がかりに関係があるに相違ない。針と言うのは……、まるでわからんな」
 そう言って冬至郎は、取り出した針をつまんで目を真ん中に寄せて、まじまじと見つめた。
「何の変哲もない縫針だな」
「狛蔵さんさえ生きていてくれれば」ため息まじりに小源太がつぶやいた。
「亡くなる前に何も聞かなかったのか」
「聞こうとした時には、すでに意識がない状態でしたので」
 小源太は、寝たきりになった狛蔵を見舞いに、狛蔵の長屋に足しげく通っていたが、ある日おとずれてみると、すでに亡くなっていて、長屋の者達が葬儀と埋葬まで済ませていた。

 しばらく針を見つめてから、冬至郎は針をもとの紙に包んで箱に入れ、別の紙を広げ、
「なんだこの絵は……」とあきれたように言った。
「由井様の御屋敷で掛軸を見て、それを覚えて私が書きました」
 冬至郎は顔をしかめて、絵を見ている。
 そこには鷺もいず池もなく桜も咲いておらず、ただ、ヒヨコが水たまりのそばに立ち雑草を眺めている……。
「狛蔵が草葉の陰で泣いておるな」冬至郎が首を振り振りつぶやくのだった。

 その後は、冬至郎はずっと黙りこくって、床に広げた地図や、もと打掛の衿巻きや、紙に書かれた短歌や、小源太の描いた掛軸の模写に視線をいったりきたりさせていた。何度も何度も首が左右に揺れた。

 やがて、
「お前はもう休め」
 と冬至郎が言うので、小源太は蓑虫のように掻巻かいまきにくるまって床に寝転んだが、兄が現れた興奮が冷めず、まったく眠気などきざしてこないのだった。
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。