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第九章 宝よ、いずこ
九の三
「勾坂甚内の隠し金?」
「紅穂が宝を探す手がかりをすべて手に入れたのは、張孔堂でもすでに掴んでいる。いや、由井がお前に集めさせたのだ」
「狛蔵さんの言っていた隠し財宝のことですか?そんな、私は、狛蔵さんに請われて動いただけで」
「だったらなぜ労なく由井の屋敷に忍び込めた」
小源太は言葉につまった。たしかに、小源太が掛軸を見るべく由井正雪の屋敷に忍び入った時、どうぞお上がりくださいと言わんばかりに、雨戸がはずされていた。
「それみろ、思い当たる節があるのだろう。お前は由井の手のひらの上で踊らされていたのだ」
いつか小源太の涙は乾いて、心は平静を取り戻していた。いや、兄に対する腹立たしさすら湧いて来ていた。せっかく数年ぶりに再会したと言うのに、いきなりくどくどと叱責を始めるなど、いったいどういう了見なのだ。手を取り合って無事を喜びあうのが、肉親の情というものではないのか。小源太は、むっとした顔で兄を見た。恨みがましさが影になってまとわりついた目で睨んだ。
「狛蔵という老人からわたされたものを全部出せ」
「はあ」と生返事で小源太は行李に雑然と入れておいた物を取り出した。
「そんなところにしまっておいたのか。なんと不用心な。それがどれほど重要な物かわかっているのか」言いながら、冬至郎は夜具を乱暴にたたんで部屋の隅によせた。
「重要と申されましても、もとは打掛だった衿巻とか、江戸の地図のようなものとか、歌とか針とか、わけのわからない物ばかりですよ」
「お前では、わけのわからぬ物だろうが、組み合わせてみれば、意味をなすのだ。まったく、狛蔵という老人は、なぜお前のような無思慮無配慮な女に隠し金の手がかりを託したのか」
「兄上!」小源太は逆上したような声をあげた。
「夜中だぞ、大声を出すな。それでなくても、張孔堂の連中に見張られているかもしれないのだぞ」
「兄上、さっきから聞いていれば、ずいぶんなおっしゃりよう。いい人達を悪しざまに言ったり、私のことを小馬鹿にしたり、この数年で、ずいぶん性格が悪くなられましたね」
「江戸に出て、五年も空っ風に吹きつけられるような生活を送れば、こうもなる。お前だって、こっちに来て、数え切れぬほど嫌な思いをしただろう」
「もちろん、いいことばかりでもありません。ですが、悪い人もいればいい人もいます。なのに、兄上は世間全部が悪人のような言いようをして」
「お前は、人間のうわべだけしかみていないな。人の良い所だけ見るのは、お前の長所であるが、短所でもある。もっと用心深く、人間をみろ」
そうして、宝の手がかりをひろげて並べると、
「これらは鍵だ、宝へと導く鍵だ」冬至郎は説明をはじめた。「かつて、勾坂甚内という盗賊がいた。江戸の闇に根を張った相当に強大な盗賊団の頭領であったが、四十年ほど前に一網打尽に捕らえられられた。その寸前に、それまで盗みで貯めた金や宝物をどこかに隠した。三千両の価値があるというその財宝の手がかりを、みっつにわけて、信頼する手下にわたした。それが、鷺の掛軸と、梅の打掛、そして短歌だ。手がかりを託された者達は公儀の追跡を逃れ市井に潜んだ。狛蔵という老人は、かつて勾坂甚内のもとで働いていた盗賊で、短歌を教えられた人物だった。そして、現在、掛軸は由井が、打掛と短歌は紅穂が持っている」
「みっつ以外の、この地図と針はなんでしょう」
「地図は、狛蔵老人が作った物だろうが、これも手がかりに関係があるに相違ない。針と言うのは……、まるでわからんな」
そう言って冬至郎は、取り出した針をつまんで目を真ん中に寄せて、まじまじと見つめた。
「何の変哲もない縫針だな」
「狛蔵さんさえ生きていてくれれば」ため息まじりに小源太がつぶやいた。
「亡くなる前に何も聞かなかったのか」
「聞こうとした時には、すでに意識がない状態でしたので」
小源太は、寝たきりになった狛蔵を見舞いに、狛蔵の長屋に足しげく通っていたが、ある日おとずれてみると、すでに亡くなっていて、長屋の者達が葬儀と埋葬まで済ませていた。
しばらく針を見つめてから、冬至郎は針をもとの紙に包んで箱に入れ、別の紙を広げ、
「なんだこの絵は……」とあきれたように言った。
「由井様の御屋敷で掛軸を見て、それを覚えて私が書きました」
冬至郎は顔をしかめて、絵を見ている。
そこには鷺もいず池もなく桜も咲いておらず、ただ、ヒヨコが水たまりのそばに立ち雑草を眺めている……。
「狛蔵が草葉の陰で泣いておるな」冬至郎が首を振り振りつぶやくのだった。
その後は、冬至郎はずっと黙りこくって、床に広げた地図や、もと打掛の衿巻きや、紙に書かれた短歌や、小源太の描いた掛軸の模写に視線をいったりきたりさせていた。何度も何度も首が左右に揺れた。
やがて、
「お前はもう休め」
と冬至郎が言うので、小源太は蓑虫のように掻巻にくるまって床に寝転んだが、兄が現れた興奮が冷めず、まったく眠気などきざしてこないのだった。
「紅穂が宝を探す手がかりをすべて手に入れたのは、張孔堂でもすでに掴んでいる。いや、由井がお前に集めさせたのだ」
「狛蔵さんの言っていた隠し財宝のことですか?そんな、私は、狛蔵さんに請われて動いただけで」
「だったらなぜ労なく由井の屋敷に忍び込めた」
小源太は言葉につまった。たしかに、小源太が掛軸を見るべく由井正雪の屋敷に忍び入った時、どうぞお上がりくださいと言わんばかりに、雨戸がはずされていた。
「それみろ、思い当たる節があるのだろう。お前は由井の手のひらの上で踊らされていたのだ」
いつか小源太の涙は乾いて、心は平静を取り戻していた。いや、兄に対する腹立たしさすら湧いて来ていた。せっかく数年ぶりに再会したと言うのに、いきなりくどくどと叱責を始めるなど、いったいどういう了見なのだ。手を取り合って無事を喜びあうのが、肉親の情というものではないのか。小源太は、むっとした顔で兄を見た。恨みがましさが影になってまとわりついた目で睨んだ。
「狛蔵という老人からわたされたものを全部出せ」
「はあ」と生返事で小源太は行李に雑然と入れておいた物を取り出した。
「そんなところにしまっておいたのか。なんと不用心な。それがどれほど重要な物かわかっているのか」言いながら、冬至郎は夜具を乱暴にたたんで部屋の隅によせた。
「重要と申されましても、もとは打掛だった衿巻とか、江戸の地図のようなものとか、歌とか針とか、わけのわからない物ばかりですよ」
「お前では、わけのわからぬ物だろうが、組み合わせてみれば、意味をなすのだ。まったく、狛蔵という老人は、なぜお前のような無思慮無配慮な女に隠し金の手がかりを託したのか」
「兄上!」小源太は逆上したような声をあげた。
「夜中だぞ、大声を出すな。それでなくても、張孔堂の連中に見張られているかもしれないのだぞ」
「兄上、さっきから聞いていれば、ずいぶんなおっしゃりよう。いい人達を悪しざまに言ったり、私のことを小馬鹿にしたり、この数年で、ずいぶん性格が悪くなられましたね」
「江戸に出て、五年も空っ風に吹きつけられるような生活を送れば、こうもなる。お前だって、こっちに来て、数え切れぬほど嫌な思いをしただろう」
「もちろん、いいことばかりでもありません。ですが、悪い人もいればいい人もいます。なのに、兄上は世間全部が悪人のような言いようをして」
「お前は、人間のうわべだけしかみていないな。人の良い所だけ見るのは、お前の長所であるが、短所でもある。もっと用心深く、人間をみろ」
そうして、宝の手がかりをひろげて並べると、
「これらは鍵だ、宝へと導く鍵だ」冬至郎は説明をはじめた。「かつて、勾坂甚内という盗賊がいた。江戸の闇に根を張った相当に強大な盗賊団の頭領であったが、四十年ほど前に一網打尽に捕らえられられた。その寸前に、それまで盗みで貯めた金や宝物をどこかに隠した。三千両の価値があるというその財宝の手がかりを、みっつにわけて、信頼する手下にわたした。それが、鷺の掛軸と、梅の打掛、そして短歌だ。手がかりを託された者達は公儀の追跡を逃れ市井に潜んだ。狛蔵という老人は、かつて勾坂甚内のもとで働いていた盗賊で、短歌を教えられた人物だった。そして、現在、掛軸は由井が、打掛と短歌は紅穂が持っている」
「みっつ以外の、この地図と針はなんでしょう」
「地図は、狛蔵老人が作った物だろうが、これも手がかりに関係があるに相違ない。針と言うのは……、まるでわからんな」
そう言って冬至郎は、取り出した針をつまんで目を真ん中に寄せて、まじまじと見つめた。
「何の変哲もない縫針だな」
「狛蔵さんさえ生きていてくれれば」ため息まじりに小源太がつぶやいた。
「亡くなる前に何も聞かなかったのか」
「聞こうとした時には、すでに意識がない状態でしたので」
小源太は、寝たきりになった狛蔵を見舞いに、狛蔵の長屋に足しげく通っていたが、ある日おとずれてみると、すでに亡くなっていて、長屋の者達が葬儀と埋葬まで済ませていた。
しばらく針を見つめてから、冬至郎は針をもとの紙に包んで箱に入れ、別の紙を広げ、
「なんだこの絵は……」とあきれたように言った。
「由井様の御屋敷で掛軸を見て、それを覚えて私が書きました」
冬至郎は顔をしかめて、絵を見ている。
そこには鷺もいず池もなく桜も咲いておらず、ただ、ヒヨコが水たまりのそばに立ち雑草を眺めている……。
「狛蔵が草葉の陰で泣いておるな」冬至郎が首を振り振りつぶやくのだった。
その後は、冬至郎はずっと黙りこくって、床に広げた地図や、もと打掛の衿巻きや、紙に書かれた短歌や、小源太の描いた掛軸の模写に視線をいったりきたりさせていた。何度も何度も首が左右に揺れた。
やがて、
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