日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠

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第九章 宝よ、いずこ

九の四

 ぷつり、ぷつりという奇妙な音がして、小源太はふと目を覚ました。眠れないと思いつつも、いつの間にかまどろんでいたようだ。音のほうに顔を向けると、なんと冬至郎が刀の小柄で、衿巻の縫糸を切りとっていた。

「な、何をするんですか、兄上っ」
 あわてて飛びつくようにして衿巻をつかんで引っ張った。
「何をするとは、こっちが言いたい」冬至郎が言い返した。
「せっかく、青山道場の沙弥ちゃんが縫ってくれたのに、なんてことをするんですか」
「衿巻を開いて、模様を見なければならん」
「沙弥ちゃんが丹精して縫ってくれた衿巻ですよ。沙弥ちゃんが悲しむじゃないですか」
「今は人ひとりの悲傷などにかまってはおれん。いいか紅穂、数千両の財宝を張孔堂の掌中につかませてしまったら、公儀への反旗を翻す資金となってしまうのだ。そうなっては、数千数万どころか、日本じゅうの民が苦しむことになるんだぞ」
「だからといって……」
「衿巻なら、一件が落着したらまた縫い直してもらえ」

 冬至郎は再び衿巻の縫目を切りだした。
 糸が切られ、切られる音が鳴るたびに、沙弥の真心が引きちぎられるような気がして、小源太は耳をふさぎたいような気分であった。

 丁寧に縫目が切られた衿巻が、床に広げられた。広げた衿巻は、袖の部分が切り取られてはいるが、打掛のほぼ左半分のままであった。
「やはり、思った通りだ」冬至郎が興奮を抑えたようにつぶやいた。「紅穂、地図と見くらべてみろ、まったくいっしょだろう」
 そう言われても、狛蔵の地図と打掛を見くらべた所で同じ部分などまるでみつからない。首をかしげている小源太に、いらだつように冬至郎が声を低くして解説をはじめた。壁の耳や障子の目を警戒するような声の低さである。
「いいか、打掛の梅の木の刺繍の、少し太めの枝が神田川だ。細い枝も、江戸を流れる川に重ねられる。この枝は、城の堀だな。色がぼけて影のようになっているのは、江戸湾だ」
「言われてみれば、そんな気もしなくはないですが」
「切り取られたもう半分には木の幹が刺繍されていて、それは墨田川だ。これは、金井が盗んできた半分を私が見た」
「えっ!?金井さんが打掛の半分を持っていった泥棒なんですか」
「なんだお前、気づいていなかったのか、あきれた妹だ」
 驚愕の真実を知らされて動揺する小源太を置き去りに、冬至郎は続けた。
「で、梅の大小の花は、江戸の寺社だ。大きな花が大きな寺や神社にあたる。ほらこの大きな花は浅草寺、こっちは神田明神、そして、その間にある白い大きな梅の花は……」
「上野の寛永寺でしょうか」
「そのとおり。白い花が一輪だけしかないことを思えば、おそらくここに財宝が隠されている。しかし匂坂甚内の一党が跋扈ばっこしていた当時、寛永寺はない」

「寛永寺のあたりのどこかと言っても、ずいぶん広い地域ですよ」
「そこで、掛軸の出番だ。鷺が池の反対側にある桜を見つめているな」
「池⋯⋯。では白い梅の花が指し示しているのは、不忍池しのばずのいけですね」
「そのとおり」
「しかし、不忍池と言いましても……」
「ずいぶん広いな。短歌を読んでみろ」
 小源太は、箱に入れてあった短冊状の紙きれを取り出した。
「鷺まぼる、池の彼方の花霞、紺珠かんじゅ啼声ていせい、船底で鳴る」

「まずい歌だが、眼目はそこではない。鷺まぼるの、まぼるというのは守るの古語で、ここでは見守るとか見つめるということだ。鷺が池の向こうにある花を見つめている。これは掛軸の絵とも重なるな。次に紺珠の啼声。紺珠とは、なでると思い出がよみがえる玉のことだ、ここでは隠し財宝のことをさしているに違いない。船底で鳴る、つまり、池を鷺から桜へ向かって舟でこぎ出せば、間のどこかに隠されている財宝に行き当たる」

 さすがは頭脳明晰な兄であった。小源太が財宝の手がかりと言われていた品品をいくら並べて眺めても結びつかなかった謎を、ほんの一刻ばかりで解いてしまった。しかし、冬至郎は何かが胸にひっかかるような顔をして、仰向いて腕を組んでいる。

「しかし、針の意味がまるでわからんな。どこかで手がかりの読み違えをしているのだろうか」
 と冬至郎は天井に向かってつぶやいている。
「ともかく不忍池に鷺に類する何かとその対岸に桜があれば、私の推理はほぼ当たっていると証明できる」
「鷺に類する、ですか?」
「そうだ、動きまわる生きた鷺を、宝を隠す目印にするわけがないからな」
「なるほど」
「夜が明けたら池に行って探してみよう。紅穂、お前も手伝うのだぞ」
「探し出した財宝はどうするのですか」
「もちろん、しかるべきところに届ける。町奉行所か、伊豆守様のお手元にでもな」
 それはそうか、と小源太は少し不本意な顔をした。もともと盗賊団が盗みを働いて集めた金である。もう四十年も経って、盗まれた本来の持ち主に返すのは不可能に近いから、公儀の物になるのは当然のことだったのだ。なんだか小源太は、数千両を手に入れたらどうしようかと、これまで時時空想してわくわくしていた自分が情けないような気分になったのであった。
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