日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠

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第九章 宝よ、いずこ

九の八

 千住の多嘉たかの家で、小源太は暇をもてあましていた。日がな一日ごろごとしていては申し訳ないものだから、しかたもなしに掃除ばかりしている。
 兄の冬至郎は、あの夜に姿を消した。
 ――隠し金の手がかりを奪うために、張孔堂の過激派が襲撃してくることも考えられるから、身を隠せ。
 そう言いおいて、夜の闇に消えていったのだった。

 張孔堂の連中に知られていない小源太の知人を考えると、千住の多嘉しか思いつかず、夜に人目をしのんで訪れた。突然の要請ではあったが、多嘉は嫌な顔ひとつしないばかりか、うれしそうに受け入れてくれた。

 谷中の青山道場に通うのも冬至郎にとめられているし、小源太は体を使わずにじっとしていることが苦痛でどうしようもなかったから、朝の剣の素振りと掃除を繰り返して体を慰めるだけの毎日だった。

 何かあれば冬至郎のほうから連絡するからと言っていたのに、すでに十五日も経った。冬至郎にはこの家のことは伝えてあったが、冬至郎がどこに潜んでいるのかは、まったく教えてもらっていない。張孔堂からは足を抜いたと言っていたから、あそこに戻っていることはないだろう。

 小源太は着替えの他に、隠し金の手がかりをひとそろえ持ってきていた。
 その中から、針を取り出して、指でつまんで、小源太はじっと見つめた。
 ――針だ、針がどうしてもひっかかる。
 冬至郎はそう言っていた。
 ――この針だけがどうしても謎なのだ。地図と打掛、掛軸と短歌のようなつながるものが何も無い。この針の謎さえ解ければ、財宝のありかもおのずと見つかるだろう。
 と、冬至郎が悩んで沈んだ声でつぶやいていたのが、 小源太の耳の奥に残っていた。
 だが、この針にどんな意味があるのか、まるでわからない。頭脳明晰な兄が、頭を抱えていたほどに、謎なのだ。

 すると、多嘉がふと部屋に顔を見せた。
「あら、小源太さん、お裁縫に興味が出たの?よかったら教えてあげましょうか」
「いえいえ、違うんです、この針はいささか特別なものでして」
「どう特別なのかしら」多嘉は小源太の前に座った。
「何が特別なのかわからないのですが」

 多嘉が手を差し出すので、小源太は多嘉の手のひらに針をのせようと手を伸ばした。
 が、汗か何かで指にくっついていたせいで、針が手のひらをそれて落ちてしまった。

「あらたいへん」多嘉が六十過ぎとは思えぬ若若しい声で驚いた。「動いてはいけないわ。踏んで刺さったりすると大事おおごとですよ」
 ふたりは座ったまま、周りを探した。
「困りましたね、ありませんよ」小源太は、床だけでなく、着物についていないか身をよじって探した。
「あ、あったわよ」と多嘉が見つけたようだ。
 多嘉は座ったまますべって、小源太のかたわらに置いてあった脇差に近づいた。
 針は、脇差の柄頭つかがしらにくっついていた。
「あら、この針は、磁石になっているようよ」そう言って、多嘉は針をつまんで、柄頭の金具に、くっつけたり取ったりしている。
「磁石、ですか?」
「ええ、鉄にくっつく性質がある鉄のことよ」
「普通の針は磁石でできているものなんですか?」
「さあ、磁石の針なんて珍しいのではないかしらね」
 小源太は針を受け取ると、自分でもくっつけたりはずしたりしてみた。たしかに、針が金具にくっつく。柄頭だけでなく、つばにもくっついた。
 針の秘密とは、このことなのであろうか。
 手に持った脇差の柄頭に針をつけたまま、その針を小源太はじっと見た。

 そうして兄がやっと顔を見せたのは、その日から三日後の日暮れがたであった。
 小源太が雨戸を立てていると、音もたてず、忍び寄るように背後から近づいて来、何も言わずに縁側から上にあがった。
 雨戸を立て終わり、小源太も中に入ると、冬至郎は多嘉とにこやかに話をしている。
「小源太は本当は紅穂と言うのですが、紅穂が生まれた日に、黄金こがねに色づいた田が夕日に照らされて真っ赤に染まっているのを父が目にしまして、えらく感動したそうなんです。それで紅穂と名付けられたのです。私なぞは、冬至の日に生まれたから冬至郎ですよ。ずいぶんな扱いでしょう」
 そんな話をして、多嘉を笑わせている。
 まったく、おとなしくて控えめだった兄はどこへ消えたのか。外づら良くそつ・・のない兄に変貌をとげてしまった。

「ところで兄上、あの針ですが」ふたりのそばに座りながら、小源太が切りだした。
「そう、その針が気になって来てみたのだ。あれにはきっと何か意味がある」
「あの針は磁石でした」
「なに、磁石?」
 磁石とわかった時の話を小源太がすると、
「紅穂、ちょっと針を持ってきてくれ」と冬至郎は言った。
 小源太は自室に戻って針を取ってきて、冬至郎に渡した。
「ふむ」とうなって、冬至郎はしばらく針を眺めていたが、「紅穂、お椀に水をくんでこい。多嘉様、わらかなにかございませんでしょうか?」
「藁ですか。小源太さん、土間の脇の納戸にむしろがありましたでしょう。それをちょっとむしってきてくださいな」
「はい、はい」と小源太は、追回しのようにてきぱきと動いて、お椀と藁くずを持ってきた。
 冬至郎は、指先ほどにちぎった藁に横から針をさして十字状にし、床においた椀の水の上にうかべた。
 針は、くるくると周り、しばらくすると、ゆらゆらととまった。
「北はあちらの方角ですね」
 と冬至郎が家の裏のほうを指すと、多嘉がうなずいた。針の先が向いている方向である。
「お手柄ですぞ、多嘉様」と多嘉を褒めた。「これは、磁針だ、紅穂」
「じしんですか?」
「羅針盤の真ん中で方角を指し示す針のことだ」
「は、はあ」
「これこそが、この針こそが、我らの探し求めた最後の鍵だ」
 冬至郎は興奮を隠そうともせず、嬉しそうに口をゆがめて目を輝かせ、針をつまみあげて、かかげるように腕を天井に伸ばした。
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