日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠

文字の大きさ
77 / 93
第九章 宝よ、いずこ

九の九

 早暁の不忍池は霧雨につつまれていた。
 白い紗で覆われたような景色のもとで、水面は黒い絨毯を敷いたように不気味に広がり、周囲の木木は、魔物かなにかのように枝を広げて、舟を浮かべる小源太と冬至郎をいぶかしむ眼差しで見つめているようであった。しかし蛙の合唱が耳にうるさいくらい奏でられていて、魔物の巣窟のごとき不気味な景色をどこかなごませていた。
 小源太の冬至郎は、笠をつけて蓑をはおり、しとしとと降る雨の中、舟を浮かべていた。

 舟は、薄い雲を張った空がしらじらと明けていく中、池の東の桜があった場所から、鷺岩のあった場所まで、一直線に進んだ。
 小源太が竿を操り、冬至郎は舟のなかほどでうずくまって、提灯のあかりのもと、水を張った椀に浮かべた針を見つめていた。

 舟が池の中ほどに近づくと、水に浮かべた針は、北をささなくなった。
 この針の先は、宝の位置をしめしているのではないか。
「もう少し、右に向けてくれ」
 冬至郎が命じるのに、小源太が応じた。
「もう少し、もう少しだ」
 やがて、針が水を張った碗の中で、ぐるぐると回転し始めたではないか。
「とまれ、紅穂」
 小源太が冬至郎の脇から、回る針をのぞき見た。
「この辺りのようだぞ」と冬至郎は竿を取って池の底をつつき始めた。
 小源太もいっしょにつつき始める。
 と、小源太の竿の先が、何かにあたった。石などではない奇妙な手ごたえがし、つつくと響くような音が竿からかえってくるのだ。

「兄上、何かありますよ」
 舟の反対側の水底を探っていた冬至郎は振り向いて、小源太の竿と同じ場所をつつきはじめた。
「うむ、確かにあるな」
 と、冬至郎は笠をとり、蓑をはずし、着物を脱ぎすてて、下帯ひとつになると、池に飛びおりた。
 その場所の水深は腰ほどの深さで、冬至郎は足先で何かがある場所を確かめると、息をすって、とぶりと池にもぐった。
 しばらくして冬至郎は水面から顔を出した。
「木箱のようなものがある。もう一度もぐってみる」

 またもぐる冬至郎を小源太は不安げに見ていた。
 今度は長い。
 まさか、溺れてしまったのではないか、と小源太が不安になったころ、水面から顔を飛び出し、冬至郎は息を大きく吸った。
「あった、あったぞ」
 そう言ってふなばたにつかまり、両手に握った物を舟の中に落とした。
 小判のようなものが、十数枚、ばらばらと音をたてて船底に転がった。
 小源太は目を丸く見開いて、そのくすんだ黄金色の物体を見つめた。目が吸い寄せられるような心持ちである。

 冬至郎が舟にあがって、
「いくつか箱があって、ひとつは木が腐っていた。穴が開いていたので、なかから掴み取ったんだ」
 小源太は興奮で震える手で、兄に手ぬぐいを渡した。冬至郎は体を拭きながら、
紺珠かんじゅ啼声ていせいは宝のことではなかった。宝を示すこの針のことだったのだ」
「引き上げられますか、兄上」
「いや、ふたりでは無理だな。水の重みが加わるから、簡単に持ちあげることができない。紐で縛って引きあげようとすると、舟が傾いてしまうだろう。人を頼んで、二艘か三艘で引っ張りあげるしかないな」
「いったん多嘉様の家に帰って、算段を練りますか」
「そうだな、舟を岸に戻してくれ、紅穂」

 舟は高揚するふたりの心とは正反対に、静かに水面を滑っていく。
 着物を着た冬至郎は、小判をかき集めると、先ほど体を拭いた手ぬぐいで包んで、懐にしまった。磁石の針は丁寧に紙に包み、椀といっしょに、持ってくる時に包んでいた風呂敷に包みなおし、これは小源太に渡した。小源太から多嘉に椀を返しておいてくれということなのだろう。

 舟着きに舟をとめて、おかへあがった。
 歩きはじめて数歩、ふと、ふたりは足をとめた。
 小源太の、ごくりと息を飲む音が、静かな池畔に響くようであった。
 木陰、草陰から、もぞもぞと、不気味に、ひそやかに、いくつもの影が現れ、ひたひたと近づいて来た。
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。