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第九章 宝よ、いずこ
九の十
十数人の男達は、池の際で小源太と冬至郎を半円に取り囲んだ。もはや、ふたりの逃げ道は後ろの桟橋しかない。
男達の中で、ひときわ背が高く、十文字槍を地に突き立てているのは、丸橋忠弥だった。
丸橋のかたわらから、痩身の男が進み出た。
「財宝は見つかったようだな、横手」
そう言った男は、にやりと霧雨の中で笑った。人を見下したような笑みである。
冬至郎は、じっとその男を見つめている。兄のきりきりと歯噛みする音が、横に立つ小源太の耳に聞こえてきそうだ。
その男、別木庄左衛門は続けた。
「張孔堂のために財宝を探し出したなどと苦しい言いわけをしても無駄だ。お前が松平伊豆守の間者だということはすでに掴んでいる」
「そうか」と冬至郎が震える声で言った。「私は泳がされていたのだな」
「そう、その通り。貴様が財宝を見つけてくれると、我らは期待していたよ」
「さて、この後も期待通りにいくかな」
男達が身構える。
小源太と冬至郎も腰の刀をつかむ。
「ここで、おぬしを斬ってやりたい」冷酷な別木の声音であった。「裏切り者に死の制裁をあたえたい。が、由井先生がお許しくださらぬ。先生はあくまで人の命が大事とおおせある。ゆえに、おぬしはこのまま我らと来てもらう」
「承知しかねる」
「承知してもらう。でなければ」と別木は顎をしゃくった。
それに応じて、丸橋が槍を構え、ずっ、と岩が転がるように、小源太に押し寄せる。
言うことをきかねば、小源太の命はない、という威嚇である。
小源太は、迫る槍の穂先に押されるように、ととと、と桟橋へと後ろさがりに引いた。
小源太は、
「兄上、切り抜けましょう」
冬至郎にというよりも、気おされる気持ちを励ますように言った。
「お前は黙っておれっ」丸橋の叱声が飛んだ。「わしは今はまだ、お前を斬りとうはない」
冬至郎は振り向いて、小源太に向かってうなずいた。そのまま動くな、と言っているようだ。そうして、別木を見ると、そちらに向かって歩き出す。
「うむ、往生際はさようにさっぱりとせねばな」別木が嘲弄するように言った。
「兄上っ」
叫んで走り出そうとした小源太を、丸橋の十文字槍が制止する。
丸橋は、槍の切っ先を小源太に向けたまま、どん、と桟橋を踏み鳴らし、一歩前にでた。
その威嚇に、小源太はひるんだ。
丸橋が槍を振る。
避けた小源太は、よろめいて、桟橋から落ちそうになり、飛んで舟に身を移した。
途端に丸橋が槍で、もやい綱を斬り、槍をくるりと回すと、石突きで舟の舳先を押した。
舟が、ゆらゆらと池へ向かって出す。
小源太は竿を取って舟を戻そうとしたが、丸橋が素早く竿の先を斬った。
「あ、なにをっ」
舟の流れは思ったよりも早く、たちまち三間(五メートル)ほども桟橋から離れてしまった。
小源太は思いを固めて、池に飛び込もうとした。それを、
「来るなっ!」
冬至郎がとめた。そして、高ぶる小源太を落ち着かせるように、ゆっくりとかぶりをふり、そしてうなずいた。
冬至郎は、懐から小判の包を取り出すと、小源太に向けて放り投げた。包が舟底にぶつかって弾けるように散らばった。小判の行方を見定めて、両刀を帯から抜くと、かたわらに立つ男に渡した。
男達は冬至郎を囲んで立ち去っていき、丸橋がその前で、小源太をさまたげる壁のように立っている。
「兄上っ!」
無情にも、舟は池の中心へ向けて流され、兄との距離を広げていった。
「兄上ー、兄上ーっ!」
悲痛な小源太の叫声が、暗い不忍池にこだました。
何故再び兄妹が離れ離れにならねばならぬ。
五年という歳月を、お互いの身を案じつつ過ごし、やっと出会えたと思ったのに、また引き裂かれてしまうのか。
小源太の目尻から滂沱と涙がこぼれ落ちる。
「あにうえっ!」
黒く沈んだ水面が、兄と妹の間を隔てて揺らめいている。
小源太体に苦しみが膨満し、握った拳で舟のへりを叩いた。衝撃が舟を揺さぶり、揺さぶられた舟が、静かな水面に波紋を描いた。波紋が広がり、広がりきった輪がむなしく消えていく。
男達の中で、ひときわ背が高く、十文字槍を地に突き立てているのは、丸橋忠弥だった。
丸橋のかたわらから、痩身の男が進み出た。
「財宝は見つかったようだな、横手」
そう言った男は、にやりと霧雨の中で笑った。人を見下したような笑みである。
冬至郎は、じっとその男を見つめている。兄のきりきりと歯噛みする音が、横に立つ小源太の耳に聞こえてきそうだ。
その男、別木庄左衛門は続けた。
「張孔堂のために財宝を探し出したなどと苦しい言いわけをしても無駄だ。お前が松平伊豆守の間者だということはすでに掴んでいる」
「そうか」と冬至郎が震える声で言った。「私は泳がされていたのだな」
「そう、その通り。貴様が財宝を見つけてくれると、我らは期待していたよ」
「さて、この後も期待通りにいくかな」
男達が身構える。
小源太と冬至郎も腰の刀をつかむ。
「ここで、おぬしを斬ってやりたい」冷酷な別木の声音であった。「裏切り者に死の制裁をあたえたい。が、由井先生がお許しくださらぬ。先生はあくまで人の命が大事とおおせある。ゆえに、おぬしはこのまま我らと来てもらう」
「承知しかねる」
「承知してもらう。でなければ」と別木は顎をしゃくった。
それに応じて、丸橋が槍を構え、ずっ、と岩が転がるように、小源太に押し寄せる。
言うことをきかねば、小源太の命はない、という威嚇である。
小源太は、迫る槍の穂先に押されるように、ととと、と桟橋へと後ろさがりに引いた。
小源太は、
「兄上、切り抜けましょう」
冬至郎にというよりも、気おされる気持ちを励ますように言った。
「お前は黙っておれっ」丸橋の叱声が飛んだ。「わしは今はまだ、お前を斬りとうはない」
冬至郎は振り向いて、小源太に向かってうなずいた。そのまま動くな、と言っているようだ。そうして、別木を見ると、そちらに向かって歩き出す。
「うむ、往生際はさようにさっぱりとせねばな」別木が嘲弄するように言った。
「兄上っ」
叫んで走り出そうとした小源太を、丸橋の十文字槍が制止する。
丸橋は、槍の切っ先を小源太に向けたまま、どん、と桟橋を踏み鳴らし、一歩前にでた。
その威嚇に、小源太はひるんだ。
丸橋が槍を振る。
避けた小源太は、よろめいて、桟橋から落ちそうになり、飛んで舟に身を移した。
途端に丸橋が槍で、もやい綱を斬り、槍をくるりと回すと、石突きで舟の舳先を押した。
舟が、ゆらゆらと池へ向かって出す。
小源太は竿を取って舟を戻そうとしたが、丸橋が素早く竿の先を斬った。
「あ、なにをっ」
舟の流れは思ったよりも早く、たちまち三間(五メートル)ほども桟橋から離れてしまった。
小源太は思いを固めて、池に飛び込もうとした。それを、
「来るなっ!」
冬至郎がとめた。そして、高ぶる小源太を落ち着かせるように、ゆっくりとかぶりをふり、そしてうなずいた。
冬至郎は、懐から小判の包を取り出すと、小源太に向けて放り投げた。包が舟底にぶつかって弾けるように散らばった。小判の行方を見定めて、両刀を帯から抜くと、かたわらに立つ男に渡した。
男達は冬至郎を囲んで立ち去っていき、丸橋がその前で、小源太をさまたげる壁のように立っている。
「兄上っ!」
無情にも、舟は池の中心へ向けて流され、兄との距離を広げていった。
「兄上ー、兄上ーっ!」
悲痛な小源太の叫声が、暗い不忍池にこだました。
何故再び兄妹が離れ離れにならねばならぬ。
五年という歳月を、お互いの身を案じつつ過ごし、やっと出会えたと思ったのに、また引き裂かれてしまうのか。
小源太の目尻から滂沱と涙がこぼれ落ちる。
「あにうえっ!」
黒く沈んだ水面が、兄と妹の間を隔てて揺らめいている。
小源太体に苦しみが膨満し、握った拳で舟のへりを叩いた。衝撃が舟を揺さぶり、揺さぶられた舟が、静かな水面に波紋を描いた。波紋が広がり、広がりきった輪がむなしく消えていく。
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