日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠

文字の大きさ
87 / 93
第十章 蝙蝠小町、ひた走る

十の八

 小源太が神田連雀町に着いた時には、もう町並みは夕焼け色に染まっていて、人人があわただしく行き来していた。
 すれちがう人の何人かに、由井正雪の古い講義所をたずねてみたが、数人目に訊いた老人が詳しく知っていた。
 旧講義所は、横町の端にある大きな町家で、間口が六間で奥行きも五間ほどはありそうだった。

 入り口の戸は閉まっていて、試しに引いてみたが、心張棒でもしてあるのか、びくとも動かない。さらに、戸をどんどんと叩いて呼びかけてみたが、人が出てくる気配はまるでない。
 どこか忍び入る窓でもないかと見上げてみたが、一階も二階の窓も格子がはまっているし、でなければ、雨戸が立てられていた。
 小源太はいらだってきた。
 戸が開いてさえいれば、そこから強引に突入することもできるが、こうがっしりと門戸を閉じられていたのでは、どうにも打つ手が思い浮かばない。
 こうとなれば、考えている暇に体を動かしたほうがましというものである。
 横町の通りには人がまばらに歩いていたが、人目など気にしていられない。

 小源太は、入り口の戸に肩から体当たりした。

 戸が音をたててはずれて倒れ、勢いで小源太も倒れた板の上に転がった。
 そこは幅一間もある土間で、その向こうの十畳ほどの板の間に、人がいた。
 その男たちは、さきほど小源太が戸を叩いたり呼びかけたりしたせいだろう、すでに身構えていた。

 そうして源太を取り囲んだ。

 小源太はすでに立ち、刀の柄に手をかけて構えていた。
 見まわせば、男達の中に知った顔があった。
 兄が連れ去られた時にいた、別木という男であるが、小源太は名前まではしらない。
 ただ、ここに兄が監禁されているであろうという確信は持てた。

「兄はどこだっ?」

「兄だと?」鋭い目つきの蛇を連想させる顔立ちの男、別木が答えた。「そうか、おぬしは横手の妹だな。なんの思い違いかは知らぬが、おぬしの兄などはここにおらぬ」
「では、家の中をあらためさせてもらう」
「ゆるすわけがなかろう」
「是が非でも」

 小源太の決意をくじかせようとするように、男達が一斉に刀を抜いた。入り口から入る夕日を反射して、暗い家の中で、幾本もの刀がぎらぎらときらめいた。

「押し通るッ!」

 小源太は叫んで正眼に構えた。

 三人が一斉に土間に飛び降り斬りかかってきた。
 小源太は真ん中の振り下ろされる刀をかわし、右の男の手首を打ち、左の男の胴を払い、くるりと回って、よろけている真ん中の男の首筋を叩いた。すべて峰打ちである。ふたりは土間に転がってうめき、ひとりは勢いのまま、戸板を倒して外に転がり出た。

 板の間に飛びあがった小源太は、ひとりの男の首筋を打ち、もうひとりの男の腹に蹴りを入れて壁まで飛ばし、刀で弧を描いて、後ろにいた男の肩に一撃を入れた。

 あっけにとられて棒のように立っている別木に、小源太は切っ先を突きつけた。

「兄はどこだっ?」
「ここにはおらぬと言っておろうが。上に監禁しているのは、お前の知らぬ男よ」

 小源太は周りを見まわして、階段を見つけると、走って行き、駆けあがった。

「誰かいますか」
 小源太の金切り声に、廊下の先で、うめくような声がした。
「ここだ、ここにいる」

 駆けて行って、部屋の戸を開くと、戸はやすやすと開き、その部屋には、職人風の男が縄で縛られて、芋虫のように転がっていた。
 小源太は刀で縄を切った。

「どなたかは存じませぬが、ありがたい。弓師藤四郎とうしろうと申します」起き上がりながら男が言った。
 兄冬至郎と名は似ているが、四十がらみのまったくの別人であった。小源太は落胆する気持ちを面に出さぬように、
「私は、栗栖小源太と申す。兄を捜しておる。兄は、張孔堂では横手誠一郎と名乗っている。存じてはおらぬかの」
 藤四郎は、縄で縛られていた腕をほぐしながら、
「知っています。わしはそこから来ました」
「なんと、教えてもらいたい」
「教えてもよろしいが、ひとつ頼みがございます」
「なんであろう」
「北の番所まで護衛をお願いしたい。わしは張孔堂の決起を知らせに番所まで向かっていたのですが、途中、捕まってしまいこのざまです。ひとりでは、また捕まりかねません。お頼みもうします、力を貸していただきたい」
「しかし、おぬしの言うこともわかるが、兄の身が心配だ」
「大丈夫、兄上は丁重に扱われております。身に危険がおよぶとすれば、張孔堂の決起の時でしょう。それまでは、命が奪われることはありますまい。何卒、護衛をお願いいたします」

 今はこの男の言葉を信用するしかないだろう。
 小源太は強くうなずいた。
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。