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第十章 蝙蝠小町、ひた走る
十の八
小源太が神田連雀町に着いた時には、もう町並みは夕焼け色に染まっていて、人人があわただしく行き来していた。
すれちがう人の何人かに、由井正雪の古い講義所をたずねてみたが、数人目に訊いた老人が詳しく知っていた。
旧講義所は、横町の端にある大きな町家で、間口が六間で奥行きも五間ほどはありそうだった。
入り口の戸は閉まっていて、試しに引いてみたが、心張棒でもしてあるのか、びくとも動かない。さらに、戸をどんどんと叩いて呼びかけてみたが、人が出てくる気配はまるでない。
どこか忍び入る窓でもないかと見上げてみたが、一階も二階の窓も格子がはまっているし、でなければ、雨戸が立てられていた。
小源太はいらだってきた。
戸が開いてさえいれば、そこから強引に突入することもできるが、こうがっしりと門戸を閉じられていたのでは、どうにも打つ手が思い浮かばない。
こうとなれば、考えている暇に体を動かしたほうがましというものである。
横町の通りには人がまばらに歩いていたが、人目など気にしていられない。
小源太は、入り口の戸に肩から体当たりした。
戸が音をたててはずれて倒れ、勢いで小源太も倒れた板の上に転がった。
そこは幅一間もある土間で、その向こうの十畳ほどの板の間に、人がいた。
その男たちは、さきほど小源太が戸を叩いたり呼びかけたりしたせいだろう、すでに身構えていた。
そうして源太を取り囲んだ。
小源太はすでに立ち、刀の柄に手をかけて構えていた。
見まわせば、男達の中に知った顔があった。
兄が連れ去られた時にいた、別木という男であるが、小源太は名前まではしらない。
ただ、ここに兄が監禁されているであろうという確信は持てた。
「兄はどこだっ?」
「兄だと?」鋭い目つきの蛇を連想させる顔立ちの男、別木が答えた。「そうか、おぬしは横手の妹だな。なんの思い違いかは知らぬが、おぬしの兄などはここにおらぬ」
「では、家の中をあらためさせてもらう」
「ゆるすわけがなかろう」
「是が非でも」
小源太の決意をくじかせようとするように、男達が一斉に刀を抜いた。入り口から入る夕日を反射して、暗い家の中で、幾本もの刀がぎらぎらときらめいた。
「押し通るッ!」
小源太は叫んで正眼に構えた。
三人が一斉に土間に飛び降り斬りかかってきた。
小源太は真ん中の振り下ろされる刀をかわし、右の男の手首を打ち、左の男の胴を払い、くるりと回って、よろけている真ん中の男の首筋を叩いた。すべて峰打ちである。ふたりは土間に転がってうめき、ひとりは勢いのまま、戸板を倒して外に転がり出た。
板の間に飛びあがった小源太は、ひとりの男の首筋を打ち、もうひとりの男の腹に蹴りを入れて壁まで飛ばし、刀で弧を描いて、後ろにいた男の肩に一撃を入れた。
あっけにとられて棒のように立っている別木に、小源太は切っ先を突きつけた。
「兄はどこだっ?」
「ここにはおらぬと言っておろうが。上に監禁しているのは、お前の知らぬ男よ」
小源太は周りを見まわして、階段を見つけると、走って行き、駆けあがった。
「誰かいますか」
小源太の金切り声に、廊下の先で、うめくような声がした。
「ここだ、ここにいる」
駆けて行って、部屋の戸を開くと、戸はやすやすと開き、その部屋には、職人風の男が縄で縛られて、芋虫のように転がっていた。
小源太は刀で縄を切った。
「どなたかは存じませぬが、ありがたい。弓師藤四郎と申します」起き上がりながら男が言った。
兄冬至郎と名は似ているが、四十がらみのまったくの別人であった。小源太は落胆する気持ちを面に出さぬように、
「私は、栗栖小源太と申す。兄を捜しておる。兄は、張孔堂では横手誠一郎と名乗っている。存じてはおらぬかの」
藤四郎は、縄で縛られていた腕をほぐしながら、
「知っています。わしはそこから来ました」
「なんと、教えてもらいたい」
「教えてもよろしいが、ひとつ頼みがございます」
「なんであろう」
「北の番所まで護衛をお願いしたい。わしは張孔堂の決起を知らせに番所まで向かっていたのですが、途中、捕まってしまいこの様です。ひとりでは、また捕まりかねません。お頼みもうします、力を貸していただきたい」
「しかし、おぬしの言うこともわかるが、兄の身が心配だ」
「大丈夫、兄上は丁重に扱われております。身に危険がおよぶとすれば、張孔堂の決起の時でしょう。それまでは、命が奪われることはありますまい。何卒、護衛をお願いいたします」
今はこの男の言葉を信用するしかないだろう。
小源太は強くうなずいた。
すれちがう人の何人かに、由井正雪の古い講義所をたずねてみたが、数人目に訊いた老人が詳しく知っていた。
旧講義所は、横町の端にある大きな町家で、間口が六間で奥行きも五間ほどはありそうだった。
入り口の戸は閉まっていて、試しに引いてみたが、心張棒でもしてあるのか、びくとも動かない。さらに、戸をどんどんと叩いて呼びかけてみたが、人が出てくる気配はまるでない。
どこか忍び入る窓でもないかと見上げてみたが、一階も二階の窓も格子がはまっているし、でなければ、雨戸が立てられていた。
小源太はいらだってきた。
戸が開いてさえいれば、そこから強引に突入することもできるが、こうがっしりと門戸を閉じられていたのでは、どうにも打つ手が思い浮かばない。
こうとなれば、考えている暇に体を動かしたほうがましというものである。
横町の通りには人がまばらに歩いていたが、人目など気にしていられない。
小源太は、入り口の戸に肩から体当たりした。
戸が音をたててはずれて倒れ、勢いで小源太も倒れた板の上に転がった。
そこは幅一間もある土間で、その向こうの十畳ほどの板の間に、人がいた。
その男たちは、さきほど小源太が戸を叩いたり呼びかけたりしたせいだろう、すでに身構えていた。
そうして源太を取り囲んだ。
小源太はすでに立ち、刀の柄に手をかけて構えていた。
見まわせば、男達の中に知った顔があった。
兄が連れ去られた時にいた、別木という男であるが、小源太は名前まではしらない。
ただ、ここに兄が監禁されているであろうという確信は持てた。
「兄はどこだっ?」
「兄だと?」鋭い目つきの蛇を連想させる顔立ちの男、別木が答えた。「そうか、おぬしは横手の妹だな。なんの思い違いかは知らぬが、おぬしの兄などはここにおらぬ」
「では、家の中をあらためさせてもらう」
「ゆるすわけがなかろう」
「是が非でも」
小源太の決意をくじかせようとするように、男達が一斉に刀を抜いた。入り口から入る夕日を反射して、暗い家の中で、幾本もの刀がぎらぎらときらめいた。
「押し通るッ!」
小源太は叫んで正眼に構えた。
三人が一斉に土間に飛び降り斬りかかってきた。
小源太は真ん中の振り下ろされる刀をかわし、右の男の手首を打ち、左の男の胴を払い、くるりと回って、よろけている真ん中の男の首筋を叩いた。すべて峰打ちである。ふたりは土間に転がってうめき、ひとりは勢いのまま、戸板を倒して外に転がり出た。
板の間に飛びあがった小源太は、ひとりの男の首筋を打ち、もうひとりの男の腹に蹴りを入れて壁まで飛ばし、刀で弧を描いて、後ろにいた男の肩に一撃を入れた。
あっけにとられて棒のように立っている別木に、小源太は切っ先を突きつけた。
「兄はどこだっ?」
「ここにはおらぬと言っておろうが。上に監禁しているのは、お前の知らぬ男よ」
小源太は周りを見まわして、階段を見つけると、走って行き、駆けあがった。
「誰かいますか」
小源太の金切り声に、廊下の先で、うめくような声がした。
「ここだ、ここにいる」
駆けて行って、部屋の戸を開くと、戸はやすやすと開き、その部屋には、職人風の男が縄で縛られて、芋虫のように転がっていた。
小源太は刀で縄を切った。
「どなたかは存じませぬが、ありがたい。弓師藤四郎と申します」起き上がりながら男が言った。
兄冬至郎と名は似ているが、四十がらみのまったくの別人であった。小源太は落胆する気持ちを面に出さぬように、
「私は、栗栖小源太と申す。兄を捜しておる。兄は、張孔堂では横手誠一郎と名乗っている。存じてはおらぬかの」
藤四郎は、縄で縛られていた腕をほぐしながら、
「知っています。わしはそこから来ました」
「なんと、教えてもらいたい」
「教えてもよろしいが、ひとつ頼みがございます」
「なんであろう」
「北の番所まで護衛をお願いしたい。わしは張孔堂の決起を知らせに番所まで向かっていたのですが、途中、捕まってしまいこの様です。ひとりでは、また捕まりかねません。お頼みもうします、力を貸していただきたい」
「しかし、おぬしの言うこともわかるが、兄の身が心配だ」
「大丈夫、兄上は丁重に扱われております。身に危険がおよぶとすれば、張孔堂の決起の時でしょう。それまでは、命が奪われることはありますまい。何卒、護衛をお願いいたします」
今はこの男の言葉を信用するしかないだろう。
小源太は強くうなずいた。
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