日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠

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第十章 蝙蝠小町、ひた走る

十の十二

 巨漢が十文字槍を軽軽と振り回し、槍が巻き起こす旋風がうなりをあげ、香流隼人の肌に刺さるように吹きつける。
 香流は歯噛みした。
 ――やはり、栗栖を連れて来るべきであったか。
 男女おとこおんなの栗栖小源太なんぞを助っ人に使えば、北町奉行所の名折れだ、などと、威信だの面目だのにこだわっていた自分を悔やんだ。かくなるうえは、命を捨てる覚悟で、あの旋風の中心に飛び込むしかないか……。

 覚悟をかため、一歩踏み出した香流の肩先をかすめて、疾風が吹き抜けた。
 その疾風が影となり、丸橋と香流達の間に躍り出た。
 蝙蝠の翼のように羽織の袖をなびかせた影である。

 突然の闖入者に、皆が息を飲み、指一本を動かすのさえ、まばたきひとつするのさえとめた。突如として夜のしじまが息を吹きかえしたように、しんと、その場の空気が張りつめ、かたまった。

「栗栖小源太」
 そう呟いたのは、香流だけでなく、丸橋もだった。
 驚いてつぶやいた香流に対し、丸橋は狂喜するようにつぶやいた。

 小源太は刀をすっと抜き、正眼に構え、きっと丸橋を睨み据える。その小源太に、
「推参なり、蝙蝠小町ッ!」
 叫ぶ丸橋は待ちわびた者の登場に、心が沸き立ち、声が打ち震えている。

 小源太は深く呼吸した。心は奇妙に落ち着いていた。以前、剣を合わせるまでもなく敗れ去った相手を前に、異様に心がしずまって、手も足も震えず、自分でもその落ち着きに奇妙さをおぼえるほどであった。

 狙うは、秘剣弓弦断ゆづるだちである。
 弓弦断ちを確実に決めねば、丸橋にはけっして勝てぬ。

 丸橋の噛みついてくるような凶暴な眼光と、小源太のすべてを受け流すような冷静な眼光が、ふたりの真ん中でからみあった。

 お互いが、じり、じりとすり寄った。足の指先ほど近づくたびに、ひとつ呼吸する。
 そうして、十数回も呼吸を繰り返した時、長さの分だけ先に丸橋の槍の間合いに入った。
 槍がいったん引波のように引いた。と思うと、怒涛のような突きが繰り出された。
 小源太は身をよじって、まさに紙一重でかわす。
 丸橋の攻撃はとまらず、さらなる突きを繰り出してくる。
 小源太は横っ飛びに飛んでかわす。
 十文字槍がそれを追って横薙ぎに回転した。
 思いきって小源太は地面に転がった。剛腕によって振られる槍の巻き起こす刃風が、頭の先すれすれを走り過ぎていく。
 小源太を追って、丸橋が突く。小源太は刀ではじく。槍が横薙ぎに振られ、蝙蝠羽織をひるがえしつつ躱す。槍が振り下ろされ、刀で受け流す。
 縦横無尽に躍動する小源太の姿は、まさに夜空に飛びはねる蝙蝠のようだ。

「どうした、小源太、逃げてばかりではわしに勝てはせぬぞ」
 丸橋が叫びながら槍を振り、突く、突く。
 押された小源太が後ろにさがると、取り巻いていた町奉行所の者達の輪が割れた。

 後ろはもう塀だ。

「終わりだ小源太」

 丸橋はぐっと槍を引くと、渾身の力を込め、裂帛の気合いとともに、流星のような槍の突きを繰り出した。
 小源太には、その流星の軌道が線で描かれたように見えた。
 引きも躱しもせず、無造作に一歩踏み出し、槍を刀で受けた。
 十文字槍の横に突き出した刃の根もとと刀の刃がぎりぎりと噛み合った。
 小源太は腕をくるりと回す。
 それにつれて、刀と噛み合った槍の穂先が虚空に円を描く。
 刃と刃がはずれて、丸橋の槍が地を突いた。
 ところへ、小源太は刀を弧を描くように回し、槍のを中ほどで斬り落とした。

 まるで意識せずに小源太の体が動き、秘剣弓弦断ちが流れるように決まった。他人が決闘をしている姿を空から見ているかのような感覚であった。

 あっと驚愕の表情で、丸橋が前によろけた。

 小源太がすばやく近づき、丸橋の首筋に刃を当てる。

「は、ははは、負けた負けたっ」

 負けてなぜか嬉しそうに、丸橋が叫んだ。

 同時に、捕手とりて達数人が一斉に走り寄り、丸橋に縄をかけた。
 丸橋は強引に押さえつけられて、ひざまずき砂埃が舞いあがる。

「もっときつく縛らんか。虎を縛るのに、遠慮は無用」

 まるで残念がるふうもなく、大胆不敵な笑みを浮かべて丸橋は捕手とりてに言った。

「兄はどこにいますか」
 小源太は縄でぐるぐる巻きになった丸橋に訊いた。

「裏の下人小屋だ」
 こくりとうなずき、小源太は走り出そうと一歩踏み出した。ところへ、
「よくぞわしを越えた」
 丸橋の称賛の言葉が投げかけられた。
 小源太は立ち止まり、丸橋に向かって深深と頭をさげた。
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