青と虚と憂い事

鳴沢 梓

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三章 碧落と悠遠

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暗闇の中、碧がステージに立つと物凄い勢いで観客が沸きだった。
続いて僕らも楽器を持ってステージに立つ。
数秒後、ステージが明るく照らされる。

ゴスロリ調の青いフリルが散らされた服を纏った碧は、後ろ姿だけでも目を引く存在だった。

「…リコレクション」

碧のタイトルコールが合図。僕と神楽で新曲の冒頭部分を奏でる。
THEバンドと言えるようなロックな曲が、会場に響き渡る。

「…__♬︎ 全てを忘れて この世界に堕ちた 私は
暗がりの中 知りたいんだ 滲んで見えないんだ…」

碧の声はよく出ている。沸いていた観客も耳を澄ませているのか、シーンと大人しくなった。
隼人のドラムもリズムに乗っている。完璧と言えるような走り出しだ。

「__ 捨てていいから 理屈じゃないから
     忘れ音と一緒に 連れてってよ…」

霞むような、それでも真に迫るような、苦しい碧の歌声は観客の心に届いたようで。

アウトロが終わり、碧が息を吐くと、たちまち拍手の音が響いた。
ヒュー!という口笛の音。既に泣いている観客の顔がうっすら見えた。

休む間もなく次の曲に続く。久しぶりの緊張で足が子鹿のようになってしまっていたが、何とか踏ん張り、予定していた曲をやり遂げた。
気づけば汗だくになっていた。
息を吸うのも苦しく、少し座って水を飲む。
ここからは碧のMCもとい、自己紹介だ。

観客席の喧騒が収まった頃を境に、碧が口を開く。

「……初めまして。Recollectionのボーカル、Aoiです。」

そのひと言でまた、観客が沸く。
それに戸惑ったように碧は続ける。

「ありがとうございます…前バンド"EGOISM"解散後、復活『兼』初LIVEとして今日来てくださったファンの皆様に感謝したいと思います」

碧はそこで一礼する。

「新しいバンド名は『Recollection』…です。追憶、という意味です。何故この名前にしたのか説明をしたいと思います。

新しいボーカル、私Aoiは事故で全ての記憶を失っています…」

その言葉に、会場の皆は一気にどよめき出す。

「私が誰なのか、今まで何をしていたのか、何を好きで何を嫌いだったのか。
その答えをこの音楽で探しに来ました。
これから活動するにあたり、私を知っている人を探したいと思います。毎LIVE、この問いかけを皆様にしたいと思っています。」

碧の声は少し涙ぐんでいるように思える。
ザワつく観衆を前に、言葉を続ける。

「そしてこの事実を、このバンドと共にファンの皆様に広めて欲しいです。
一種の変わった人探しだと思って頂いて構いません。
私の事を知っている人がいれば声をかけてください。
私たちの音楽と共に、私を探す旅をして欲しいのです。
よろしくお願いします!」

さっきとは打って変わって暖かい拍手で、碧の言葉は締めくくられた。
拍手が収まった頃、観客席の後ろの方で「はーい!」と若者が手を上げた。

「俺あおいちゃん知ってまーす!」

明らかに嘘だとわかるセリフに、碧は苦笑しながら応える。

「バンドのコンセプトの一環ではありますが、事実である事に変わりはないので冷やかしはやめてくださいね」

碧の言葉に若者は「ごめんなさーい」と手を下げた。
僕は少し疲れ切った碧からマイクを受け取り、MCを代わる。

「久しぶりに僕らのLIVEに来てくださったファンの皆様。全く初めて来てくださったお客さん。混乱しているとは思いますが、これからの旅を応援してくださると幸いです。
今日は楽しんで行ってください!」

僕がそう言って手を上げると、観客も手を上げて耳を劈く程の歓声で返事をした。
それを見て、一息つく。
どうやら成功したようだ。

鳴り止まない拍手の中、僕らは目を見合せた。
皆一様にほっとした表情で微笑む。
不安だらけの旅の始まりは、大成功を収めたみたいだ。
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