青と虚と憂い事

鳴沢 梓

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三章 碧落と悠遠

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その後の『Recollection』は飛ぶように売れていった。
練習を重ねるほどに成長する碧と僕らの演奏は、身に余る高い評価を貰っている。
ライブをする度にファンが増えていき、動画サイトに新曲をあげればあっという間に再生数が伸びる。
前バンド『EGOISM』も相当な売れ行きだったがそれを優に超す程の人気っぷりだった。



ある日のワンマンLIVEでの事。
いつも通り全曲走りきった僕らは無事に解散し、打ち上げに向かう最中だった。

「あの…あおいちゃん、ですか」

通用口の脇から高校生くらいの歳の女の子2人がこちらの顔色を伺うように話しかけてきた。

「はい。そうです」

声をかけられた碧は女の子の傍に駆け寄る。

「あの、本当に覚えてないの?」
「私たち友達だったんだよ」

衝撃的な言葉を発する彼女達。
事情が気になり、僕らも碧の後から覗き込むように会話に入った。

「本当ですか?冷やかしや冗談じゃないのですか?」
「見て、ほらこれ」

彼女が差し出したスマホの画面に表示されていたのは、目の前にいる女の子2人と親しげに映っている、若き日の碧と思われる人物の写真だった。
紺のブレザーの制服を身にまとっており、背格好は少し小さいものの、髪色も瞳の色も碧そのものだった。

「マジのマジじゃん!?本物じゃん!?碧ちゃん見つかったじゃん!」

いち早く騒ぎ立てる神楽とは打って変わって、碧は冷静だった。

「これ、いつくらいの写真ですか?」
「2年前だよ、高校の頃の写真だから。
あおいちゃん急に来なくなって心配してたんだよ。」
「……そうなんですね、本当に、友達だったんですか…」

その声は地面に溶けていくように、細々としていた。
碧は少し俯きがちに話を続けた。

「入院したのも2年くらい前でした。辻褄は合いますね。
…私に両親はいないのですか?他に私の事を知っている人は?」

彼女たちは顔を見合わせて困ったような表情で答える。

「いるとは言ってたんだけど…あおいちゃん、何回か私の家に遊びに来てくれた事があって、今度はあおいちゃんのお家に行きたいって言ったらすごく辛そうな顔をしてたから…
訳ありなのかなって思って、家族の話はそれっきりしてないの」
「高校の先生に聞いてみたりもしたんだけど、やっぱり特別な事情があるから答えられないって言われちゃって、何も知らないんだよね」

「特別な、事情ですか」

碧は少し考え込んでいるようで、それ以上の言葉を噤んだ。

「君たち今は?もう卒業したの?」

神楽は気まずい空気を読んだのか、彼女達に話しかけた。

「はい、卒業しました」
「じゃあ碧ちゃんは中退とかになってる訳?」
「多分そうですね、見つからないままで退学扱いになったと思います」
「先生たちも居場所を知らなさそうでした」
「じゃあ実質行方不明になってたって事だ」
「そうなります」

「じゃあこのバンドはどうやって知ったの?」
「Twitterで回ってきたんです。聞いた事ある歌声だったんでビックリして、姿を確認したらあおいちゃんそのもので…
それに記憶喪失だって書いてあったので、いてもたってもいられなくて来ちゃいました」

彼女の言葉に、俯いていた碧が顔を上げる。

「歌………?
以前、私の歌を聞いた事があるんですか?」

「あるよ!あおいちゃん歌うの大好きだったんだよ、高校の部活で組んだバンドのボーカルだったんだから」

片方の女の子が声を張る。
碧は前から歌が、音楽が好きだったようだ。
記憶を失う前の自分を思い出しているのか、はたまた衝撃で何も言えないのか、碧はまた黙り込んでしまった。

「…わざわざ来てもらってありがとうございました。
とりあえず連絡先だけ聞いても大丈夫ですか?」

これ以上話せなさそうな碧を見て、気を利かせた隼人が彼女達に提案する。
彼女達は快くOKを出してくれて、とりあえずその場は解散となった。



暗い夜道を4人で進む。
いつものファミレスへの道は打ち上げで浮ついた気分になるはずなのに、今日限りはモヤついた気分だった。

本来の目的は達成出来た。碧が以前の自分を見つける、きっかけ作りを手伝えたのだから。
だが肝心の本人が飲み込めていないようで、僕らも消化しきれない事が沢山ある。

追憶の旅というのは、彼女の知らない自分を叩きつけられるような複雑な気持ちを毎回のように味わわせながら辿り着かなければならない事だと、覚悟していなかった。

碧の後ろ姿に、胸が締め付けられるような気がした。

「いらっしゃいませー」

気だるげな店員の声が聞こえる。
いつものお店のドアベルの音が、やけにうるさく感じた。
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