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夢に咲く花
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しおりを挟む夫婦は悩んだ末、古くからの友人、タツマを頼った。
「私に今の話を信じろと?馬鹿馬鹿しい。魔女とまで呼ばれたお前が情けない。世界は昔から変わらず、大きな時間の中で緩やかに変化しているの。昨日今日で変わるものなど、たかが知れている」
「でもタツマ、私たちはこの目で見たのよ。信じろとはいわない。でも将来私が言った事が起こってしまったのなら、その時は手を貸してほしいの。もしもあの子が描いた物語が、現実になってしまったら大勢の人が苦しむ。それどころか、子供たちの誰かが死んでしまうかもしれない。もしそうなったら、あの子は今以上に苦しむわ」
「異界人と三人の狼か……確かに子供たちは三人とも狼の特徴を持つ。けど、狼人など世界中にいる。お前達が巻き込まれると決まった訳じゃない。現実になってもいない物事に怯えてどうするの」
「ええ、そうね。でも先日新種の獣が発見されたのでしょう?何でも見たこともいない風体の化け物だとか。それを知ってしまえば私たちも、もうじっとしてられない」
「知って…………でも偶然よ。お前が言う物語に、出てくる化け物と特徴が一致しない。それに発見された獣には、魔法も剣も通用したし、すでに捕獲されてる。おそらく何かの突然変異でしょ。調べれば解ることよ。それに巻き込まれるのが恐ろしいのなら、子供たちをどこか遠くにやってしまえば良い。いっそのこと、家族全員であの村から引っ越せば良いだけの話じゃない。それをわざわざ引っ越して……」
「それは何度も考えた。子供たちは別の町にやるわ。でも私たちはあの村に残る。何も起こらなければ、それはそれで良いの。私たちはあの子を、子供たちを何があっても守ると決めたの。物語が真実になったとしても、きっと止めるわ。あの村にいなければできないの」
「はぁ…………わかった。ありはしないと思うけど、もしもの時はきっと協力する。私も子供たちを守ると約束する」
「ありがとう。タツマ」
「でもオウカ、きっとその子供は、お前たちに何かあっても苦しむでしょうよ。もちろんお前の息子たちもだ。それだけは決して忘れないで」
これは過ぎ去った時間の一コマに過ぎないが、今にして思えばかけがえのない一瞬であったと悔やまれる。
周囲を天井まである本棚に囲まれ、圧迫感が増す部屋の中央に置かれたソファーに身を沈め、タツマは深いため息を吐いた。
「まったく解っていないじゃないか。結局私に全部押し付けて……」
昔を思い出しぼやいても、恨み言を聞いていくれる友人はすでにこの世にはいない。
あの時の決断が、今の自分を苦しめる結果になっても、過去を変えることはどうしてもできないのだ。
タツマは丸みを帯びた三角の耳をピンと立たせ、細長い二本の尻尾で革製のソファーを叩いた。
短く整えられた髪は丸形の輪郭が強調され、黄金と黒と白の三色の毛並みが作る模様がより映えるようにと、あえて男のように短くしている。
それでも襟足から尻尾を、長い一筋のたてがみが繋ぎ、それ以外は滑らかな白い肌が彼女のしなやかな体を覆う。
青銀の大きく印象的な釣り目を伏せ、短い前髪を掻き毟ると、再びため息を吐いた。
ソファーの前に置かれた低いテーブルの上には、一冊のノートと一振りの真新しい剣が、刃を剥き出しのまま置かれている。
特別に仕立てられた白銀の剣身には細かな文字が刻まれ、さらには鍔に装飾された色とりどりの石が剣を一層美しく引き立てている。
タツマは手に握る、竹を割ったかのように、真っ直ぐ縦に割れた鞘を一瞥し、テーブルの上に放り投げた。
「普通の鞘ではまるで役に立たない。剣同様、鞘も特別である必要があるようだよ。オウカめ……とんでもない物を残して行ったな…………それにその息子が加えた改良も良い。恐ろしい凶器ができてしまったよ。お前もそう思うだろう?」
本を数冊抱えたままさらに上にある本を取ろうと、背伸びしていた秘書の女は突然話を振られ、一旦それを諦めタツマの方に体を向けた。
「まったく同感です。魔女の息子、正直に言うと彼の才能は妬ましい位です。私たちがどれだけ時間をかけてもできなかった物を、こうもあっさり差し出されると、どうもすっきりしません」
タツマよりも若く、まるで彫刻のような美しさを持っている女性。
赤くふっくらとした唇、肌は陶器のように白く、背中まで伸びた深緑の長髪は、一本一本が絹糸を思わせるほどに繊細だ。
妖艶さと凛々しさを併せ持つタツマに対し、彼女は儚げな美しさを持っていた。
性格は冷静沈着で、常に一歩引いた所から客観的に見ている節がある。だからこそタツマは信頼し秘書を任せるのだ。
なので自分の問いかけに対し、そう答えたのは少々意外に思った。
「お前でもそう思うの。だけどこれを作ったのはほとんど魔女本人。彼女も相当な時間をかけてこれを完成させてる」
タツマは安心しろと言わんばかりで鼻で笑った。
「しかし彼の加えた改良には意表突かれました。所長も驚いていたじゃないですか。知ってますよ。これも持って生まれた才能でしょうか」
才能と言うよりも育った環境だろう。
魔女オウカの父親はシュウトといい、魔術師を名乗るなら、知らない者はいない魔法具職人だ。
オウカの話によれば、彼に幼い頃から仕込まれたらしい。才能というのなら、シュウトにこそ人を育てる才能があったのだろう。
シュウト自身も非常に腕の良い職人であったし、それ以上に、彼の弟子たちは優秀な魔術師や職人が多いことで知られている。もちろんオウカ自身も、初めの魔術は父であるシュウトから学んでいる。
それを聞いた秘書は驚きを隠せないというよりも、合点がいったと頷いた。
「シュウトってあのシュウトですか?……やはり羨ましいです」
話が途切れたと、秘書は持っていた本を部屋の隅にある自身の机に置いた。それから先ほど取り損ねた本に手を伸ばした。
彼女は今大陸の歴史を漁っている。命じたのはもちろんタツマだ。
数年前久しぶりに研究所を訪れたオウカから聞いた話を、タツマは未だに信じられないでいる。
絵の現物を見ていないタツマには、子供考えた物語が現実になっていると信じられず、今は過去に同じような事例がなかったか調べていた。
と言うのも物語の冒頭で何者かに襲撃を受ける町《コレー》は、実際に過去に存在していたからである。
それにちなんであの場所は、今でも神の名をそのままかたる珍しい地域だ。
《アノ国》《コノ国》《カノ国》三つの国境が存在するコレー地方。
襲われた三つの村はすべて国が違うと言うのに、今でもコレー地方とまとめて呼ぶ習慣が根付いているのは、昔あった都市国家の影響だ。
「お前はどう思う?今回のこと。本当に子供の描いた物語が現実になっていると思う?」
秘書は山積みになった本の隙間から顔を上げたが、唐突な質問に何を聞かれたか理解できない様子で首を傾げた。
「前にも話したでしょう?子供の描いた物語のこと。お前が今調べている物よ」
「ああ、これですか。所長の考えも解るのですが、いくら調べても所長のおっしゃる事例は見つかりません。現段階でそれが何か判断するのは非常に難しいです。ただ所長の話を聞く限りですと、私は予言の類ではないかと。予言は先にも例がありますし、特に感受性の強い子供にこの手の話しは多いです。ですからそう考える方が、まだ合点が行くのですが」
「そう……よね。確かにそうかもしれない。だとしたら早くユウシャとやらを、あの子たちから引き離さないと。誰かが死ぬ前に」
「穏やかではありませんね。私は詳しく聞いていないのですが、その誰かとはまさか魔女の子供たちのことですか?」
「………」
タツマは話そうかどうか迷った。
オウカとの約束に関係のない者を巻き込むんでもよいものか。調べ物を頼む際絵のことを少しだけ話したが、この先、約束のために犯罪に絡むこともあるかもしれないと思うと、どうしても踏ん切りが付かない。
──私では頼りになりませんか?──
タツマを見る秘書の表情が寂しげに陰る。
何度も交わしたやりとりを思いだし、タツマは諦め、覚悟を決めた。
「そうよ。物語の途中で三人の内、誰かが死ぬとなっているらしいんだ。しかも詳しい描写がないから、誰かは解らないなんて」
思わずため息が零れる。オウカに守ると約束したのだから、物語を、彼らの旅をそのまま続けさせるわけには行かない。予言だろうと何だろうと、止めなくてはいけないのだ。
いくら理性が信じられないと言っても、タツマの本能が、理性と違う場所で警告の鐘を鳴らす。
常識に従っている場合ではないと、自分もすでに物語に捕らわれているのだと。
「こういった感には従う事にしているの。昔からね」
「え?何ですか?」
「いや、何でもない。ただの独り言」
タツマは立ち上がり、秘書が本を積む机の前に立った。
秘書は懸命に文字を追い、特定の記述を探している。こうしてどれほどの本を調べただろう。どれだけ探しても見つからない記述は、オウカの言う通り存在していないのかも知れない。そろそろそれを認める時期かもしれない。
タツマが広げられたページの上に手を置き遮ると、秘書は顔を上げた。
「それはもういいから、お前にお願いがあるの。昨晩カダンから連絡があって、どうやらユウシャを狙った輩に襲われたらしい。その輩の事調べてほしい。できたら内密に」
「襲われた?しかし、内密にって………たまたまではないのですか?彼らはまだ子供です。賊にとっては格好の標的になりますし、奴隷狩りは近年問題なっています。あの地域の混乱に、賊が目を付けていてもおかしくありません」
「もちろんその可能性も高いけど、ユウシャが狙われたって言うのが気に入らないの。ただの奴隷狩りだったとしても、そうでなかったとしても、ユウシャは誰にも奪われるべきではない」
倫理も道徳もなく、誓いを守る為に今の己はある。
守るべきは子供たちの未来と、忠誠を誓った国の行く末。
その結果誰かの命を犠牲にしなければならないとしても、構いはしない。それが異界の少年だろうと、正義感あふれる若い女だったとしてもだ。
例の物語が避けられない運命なのだと知ったあの日、それならば使える命はどうやっても手に入れると、利用すると、彼女と共に誓ったのだ。
「あれは今の私たちに必要な物よ。なぜ目を付けられたか知りたいの。解るわね、最優先でお願い」
「………承知しました」
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