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第一章~王女の秘密~

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 口をふさがれた後の記憶は曖昧で、思い出そうとしてもあまり思い出せない。

 私は逃げてと彼に言って。その声が彼に届いていたかは不明だけれど、私を呼ぶ声と、強く握られた手の感触は今でも鮮明に思い出せる。


 そして気が付けば、私は壁と格子で隔てられた狭い部屋の中に、一人で寝かされていた。
 灰色の石畳と同じ色のレンガが積み上げられた、古い印象を受ける部屋の中には何一つ置かれていなくて、壁の高い位置に小さな格子窓があるのみ。


 私は手足を手錠で拘束され、壁や床に固定されていないものの、自由に動けるとは言い難い。

 試しに手錠を左右に引っ張ってみたけれどびくともしなかった。


「見た目より頑丈なのかしら。それとも……」


 私の力が弱くなっているのかしら?もしかして魔力を封じられてる?


 魔力は便利な力だけれど、もちろん抑える技術も存在している。

 世間ではカラス羽は決して多くない。

 魔力のコントロールができないという認識は一般的だけれど、それ故に、魔法どころか魔力も全く使えないと思い込んでいる人が多数だ。

 私が町中でさんざん立ち回りしていたのを見て気付いたのかもしれない。繊細なコントロールを必要としない魔法なら使えるということに。


 といってもそれを魔法とくくるかは人それぞれで、魔法具や魔力を体に巡らせるだけの肉体強化は魔法と定義しない人も多い。



 そんなことよりもアートは?どうして私は一人なの?


 私が攫われてきているのだから、きっと無事ではないわよね。

 私の護衛と思われているはずだから、最悪殺されている可能性だってある。

 むしろ、私ならあいつらなら、殺害対象の護衛なんて面倒なものはさっさと始末する。その方が後で面倒にならなくて済むもの。



「ア……ト、アー……」


 アートは殺されているのかもしれない。そう思ったとたんに涙が溢れた。

 体が震えているのは、決して寒いからではない。言い様のない悲しみと絶望が同時に押し寄せて、自分でもどうしたら良いのか分からなくなった。


 何が私が守ってあげるのによ。自惚れもいいところ。
 私が身の程を知ってれば、そんな生意気なセリフ出てこなかった。
 嫌がらせなんて考えないで、すぐに家へ帰していたわ。


「ごめん、ごめんなさい……アート……ごめん……アート」



 ポタリポタリと涙が落ち、石畳に黒い染みを作る。涙を拭う手もなく、黒い染みばかりが増えていく。

 後は泣くばかりだ。堪えきれない嗚咽が狭い牢内に響く。


 そんな時だった。


 カチャ…………


 金属がぶつかる音がした。

 私をさらった犯人のお出ましだ。とにかく暴れてやる。

 そう意気込み、顔を上げた私が見たものは、黒装束を着た者でも、エグモンドおじ様の手下でもない。アートだった。
 そう、アートが格子の向こう側から、鉄格子を握りこちらを見ている。


「どうして……」


 見間違いじゃないわよね?

 だってその顔は私が作った物だし、私が渡した魔法具だって身に着けてるし。

 でも、それはどういう顔かしら?笑っているのでも泣いているのでもないし、怒っているのともちょっと違う。

 まあ、待って、落ち着きなさい私。とりあえずアートは生きてるわ。怪我も……この様子では大したことはないでしょうね。

 どうして、何も言わないのかしら。そういうのは無視して状況を聞くべき?

 解らないわ。こういう時、恋愛小説ではどうしていたかしら?

 そもそも、恋愛小説に、攫われたヒロインを助けに来たヒーローが黙って見ているなんて場面なんてあったかしら?

 大体において、切羽詰まった表情で「助けに来ました!」とかいう場面じゃないかしら。
 牢越しに黙って見下ろしているなんて、裏切った事実を見せつける為じゃない?

 とすると、もしかしてアートってば実は敵側だった?アートが……というより、グレンウィル家がエグモンドおじ様と手を組んで?

 私は首を横に降った。


 いえ、それはないわね。それなら、おじ様は私が偽物だって知っているはずだもの。

 じゃあ、アートだけが?

 もしもそうだとしてもおじ様はアートごと殺そうとしたんだもの。もうおじ様の味方はしないはずよね?



 戸惑っている私を他所にアートは事も無げに握っていた鉄格子を外すと、そこに体をねじ込み、牢屋の中に入ってきた。


「今、手錠も外すから」


 アートが呪文を唱える。すると、手錠だけがドロリと溶け始めた。


「どうやってここに?私、何も覚えていなくて」


 色々迷った末、口から出たのはこの場ではごく全うな質問だった。

 だって、そもそもアートが私を殺そうとするはずないもの。エグモンドおじ様の仲間なんてあり得ないじやない。


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