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第二章~自由の先で始める当て馬生活~

私の宝物

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 私は普段グラスと呼ばれている。

 王女様付きの侍女で、それと、が私の仕事。
 

 私とアイナ様の出会いは今から十年程前。


 王都とは別のタダオアという大きい町の出身で、その当時にはすでに親もなく、通りすがりの人々からの施しだけで生きていた。

 私の他にも似たような子供は多く、私は親に捨てられた二歳になる男の子と一緒に生活していた。

 別に血縁でも、面識があったわけでもない。このままではこの子は死んでしまうと思ったから。ただそれだけだった。


 施しがなければ飢えてしまうし、寒さが厳しくなれば、凍えて動かなくなる人もいる。

 私もそうなる日がくるのだろう。そんな風にしか、未来は見えていなかった。


 けれどある日、タダオアに王女様がお忍びで訪れ、私の運命は一転する。

 彼女は自身の影武者を探しているとのだと、私に語り、私に一緒に来て欲しいと言った。

 願ってもいないことだった。
 すでに私は今日明日死ぬかもしれない生活をしているのだ。今さら危険がなんだ。今お腹いっぱい食べれる方がずっとましだ。

 たけど、この男の子はどうなるの?そう思った時、素直にハイとは言えなくなっていた。


 私はこの子も一緒にとお願いしたけれど、王女様は決して頷いてはくれず、その日は帰っていった。


 なんと冷たい人だろう。偉い王族のまだ幼い子供。立派な身なりをしていても、自分の事しか考えられない冷たい人間。その時はそう思った。

 だって、王族が慈悲にあふれた人柄であるなら、私たちのような者をこんな風に放っておくはずがない。

 その頃の私はそうとしか考えられなかった。


 だが、それからわずか三日後の事だ。
 タダオアの今は使われなくなった古い屋敷が孤児院として使われると発表され、その四日後には孤児たちが保護された。そして、一か月も経たない内に、そこは立派な孤児院となっていた。


 その時はまだ寄付で成り立っていた孤児院も、伝統的な木工細工やガラス細工を始めるようになり、それらを融合した新しい物を生み出し、ちょっとした話題にもなった。今では、外国への輸出も始まった。


 これらの成果は孤児院の者達の努力の賜物であるといえるが、その基礎を作ったのはすべて王女様だった。

 王女様が孤児院をつくり、子供たちに教育を始め、講師として、継承者が見つからず困っていた職人を招いた。

 そこからすべてが始まったのだ。



「どう?これで私の所へ来てくれる?」



 再び私の前に現れにこやかに言った王女様に、私は今度こそ、見よう見まねでかしづいた。






*****************



 ここはアイナ様のお庭の東屋で、今の私はアイナ様そっくりの姿で、アイナ様の婚約者役のネイノーシュと顔をtき合わせお茶を飲んでいる。

 アイナ様の日課をなぞるだけのはずだった。なのに、ネイノーシュが徐に切り出した話に驚き、私は手に持っていたカップをソーサーに戻した。


「今の話は本当ですの?」


 ネイノーシュは真剣な顔で頷いた。
 
この東屋は決して外に声が漏れない様になっているが、それでもネイノーシュが警戒してか、同じ内容を繰り返さず、黙って頷くだけだった。


 ネイノーシュが私に語ったのは、例の作戦が実行された日、昼間にここであった出来事。

 アイナ様がアルテムに危害を加えようとしていた……というのだ。


 といっても、特に不思議はない。

 アイナ様が王子の存在を憎んでいたとしても、それは想定内の事で、私たちの間ではアイナ様の前で王子の話は禁句だったのだから、今更驚きはしない。

 ネイノーシュが腹を立てるのも理解できる。そこを咎めるつもりもない。

 私は極力普通を装い返す。


「あの方が襲撃犯と繋がっているかもしれないなんて、あり得ないですわ。それは私が保証いたします」


「しかし……彼女は現にいなくなってしまった」


 けれど、その言葉を聞いて、一度は飲み込んだ怒りがふっと湧き上がった。

 頭に血が上り、おおよそ王女らしくないふるまいだったが、両手でテーブルを叩き立ち上がる。

 ガシャンとカップが倒れ、私の白い手袋を薄茶に染め、ネイノーシュがあっけに取られた様子で動きを止めた。


「あなた、よくもそんな事が言えるわね。あの方のおかげであなたの弟は生きているんではなくて?」


「逃がす呈で自分が逃げたとも考えられる。不敬なのは理解している。けれど、俺は安心したいんだ。弟を守りたい!……安心させてくれ」


 金色の瞳に強い意志が宿る。

 弟を守りたいという強い意志。彼のような兄弟がいたら、私も一人ぼっちで町の隅で蹲っていなかっただろう。

 国王陛下は正しい人選をしたのかもしれない。

 王子の家族として選ばれた商人らは、王子を我が子として慈しみ、思いやり溢れる優しい者として育てた。
 兄弟たちも王子を、例え血の繋がりなくとも、権力にたてつく覚悟で守ろうとする。


 けれど、それはあまりにも残酷すぎる。

 彼らの守るべき家族の中に、アイナ様実妹は入っていない。



「あなた、何てことを言うの?あんまりよ」


「兄弟を守りたいだけだ」


「あの方はあなたの実の妹御ではありませんか!?」


 王子の置かれた環境と、自分の置かれた環境を比べた時、アイナ様はどれだけの孤独を覚えただろう。
 想像して私は涙を流した。


 ネイノーシュはハッとして目を見開き、罪悪感なのだろうか、睨み付ける私から目を逸らした。


「あの方はいつか、自分も家に帰れると信じてこれまでずっと頑張っておられたのに。あなた方がそんなでは、あの方が…………あの方が……」


 あまりにもお可哀想です。


 最後の言葉を飲み込む。




 アイナ様の自室に最低限の物しかないのは、アイナ様に充てられた公費のほとんどを、孤児院につぎ込んでいるからだ。

 初めに孤児院を設立した時もすべてご自分の予算から賄った。足りない分は私物を売ったのだと、後にマンナから聞いた。

 今では孤児院も各地に増え、アイナ様からの寄付だけでは運営が立ち行かず、孤児院が自らで稼いでいる分と、貴族や裕福な層からの寄付が大半になった。

 けれど、アイナ様は始めた者の責任だといって、寄付を止めようとはしなかった。そのおかげで他からの寄付が集まるという側面がもあり、結局アイナ様は正しいのかもしれない。


 誕生日になれば普通の子のようにプレゼントをねだるでもなく、王女として相応しくと毎回寄付を願う。

 誰がどう言っても、自分の物を持とうとはしなかった。

 だから、いつまでたってもアイナ様の部屋は殺風景のまま。


 だがアイナ様が愛されていなかったという事は、決してはない。

 私を含めるアイナ様の従者、マンナ、カク、ジージールの四人はアイナ様に愛情をもって接してきた。

 特に赤子の頃から常に共にあるカクとマンナの両名の、アイナ様に対する感情は並々ならぬものがあったし、ジージールもアイナ様を妹として可愛がっていた。

 けれど、アイナ様の中では、は王の配下で、王家の子を狙う敵を捕らえる仲間なのだ。確かに、実際、間違いではない。


 役目を共にする関係上、アイナ様は最後のところで私たちに甘えない。許されざる事だと考えていたのだろう。
 その理由の一旦に、私たちが国王陛下との間で板挟みになり苦しまない様にというのがあるのが、実にアイナ様らしい。

 なので、私たちが出来るのは、アイナ様の逃げ場を用意するとこだけだった。


 国王陛下と王妃様もアイナ様に我が子のように愛情を注いでいたけれど、王子の身代わりとして迎え入れられたアイナ様は、いつもお二人に甘えるのを躊躇っていた。

 もっと時間があれば、お二人の心に触れ、アイナ様は愛されていると受け入れられただろう。けれど、公務に忙殺されるお二人がアイナ様と過ごせる時間は少なく、そんな日は終ぞ来なかった。



 多分、アイナ様は逃げたのだ。生きているであろうに現れない。つまりはそういう事だ。


 そうに違いない、と自分に言い聞かせる。



「あなたの名前は?」


「は?」


 ネイノーシュは何を思ったのか、自分を睨んでくる私に名前を尋ねてきた。


「普段はグラスと……」


 ネイノーシュがグラスと舌の上で転がした。本当に何を考えているのだか。



 私の名前はこの世で最も尊い。


 名はルビィ、美しい宝石と同じ名前。名前がなかった私にアイナ様が考えてくださった唯一無二のものだ。


 アイナ様と出会った頃の私は名前もなく、それなら自分の好きな名前を名乗るようアイナ様は言った。

 けれど、どんな名前が良いのか中々思い浮かばず、私によく施しをくれたレストランのオーナーの名前を借りてグラスとした。

 いつかちゃんと名乗りたい名前ができるまでの仮の名前。だからか、アイナ様は私をグラスとは呼ばなかったし、こっそり私の事をルビィと呼んでいた。

 私に隠しているつもりだったらしいが、マンナやカクから聞いて、私の様な者に宝石の名前を当てるなんてと、とても嬉しくて、泣いた。



 だから私はルビィ。アイナ様以外には誰にも触れさせない、私の本名。


 マンナやカク、ジージールだって貰っていない。私だけがアイナ様から頂いた。


 私だけの宝物だ。



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