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第二章~自由の先で始める当て馬生活~
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オーリーに案内されたどり着いたのは彼の家。森から抜け出た先、町はずれの丘の上。オレンジ色の屋根が、遠くからでも良く映える。
彼の母が出迎えてくれた。
彼の母は息子が家に見知らぬ女の子を連れてきた事に少なからず驚いていて、その女の子がオーリーの服を着ている事にも驚いて、髪がびしょ濡れのままで体が冷え切っている事にも驚いていた。
オーリーが経緯を話すと、彼の母はすぐにお風呂を沸かし、私に入るよう勧めてくれた。
お風呂に入れるのは、純粋に嬉しかった。
汚れを川の水で流しただけだったし、川の水は冷たくて急いだというのもあり、汚れは完全に落ちていかったし、海水で髪はゴワゴワしている。肌は多少マシになったけれど。
「ありがとうございます。お言葉に甘えて頂きます」
お礼を言うと意気揚々と風呂場に向かった。
さっきも言ったけれど、お風呂自体は嬉しい。
けれど、私が知っているのはお城のお風呂で、何もしなくても勝手に体が綺麗になってくれるお風呂だ。ここはお城と比べると狭い……というのはどうでも良いけれど、風呂のお湯は透明で洗うための液剤が入っている様には見えない。…………匂いも普通のお湯。
これで本当に体の汚れが落ちるのかしら。もしかして、野営の時と同じように全部洗剤を使って洗うの?
野営の時は洗剤を付けた布で拭くだけだから、お湯は少ししか使わないのだけれど、もしかしたら庶民はああいうのが普通なのかも。
それっぽいボトルが並んでいるし。
お城でも頭だけは頭髪用洗浄剤を使って洗う。けれど全部侍女たちが洗ってくれるから、正直な所どれを使って洗えば良いのかすら解らない。
ボトルに書いてある文字を読めばとも思ったけれど、こちらは文字が擦り切れて読めなかった。
正直、庶民の生活がこんなに手ごわいとは思っていなかったわ。
「匂いとかでわかるかしら…………」
もちろん、匂いだけでなくても色や肌触りなどでも分かるかもしれない。私はボトルを手に取った。
「青いボトルは液体が透明ね……この白いのとかは良い匂い。これで洗ってみよう……」
「おい」
不意に声を掛けられ、私は体をびくっとさせた。
その人は声からして、きっとオーリー。集中していて、ドアが開く音にも全く気が付いていなかった。バクバクする心臓を手で押さえ、すりガラス越しに映る人影を見る。
「着替えここに置いておくぞ」
向こうからもこちらは良く見えないはず、というのが分かっていても、私はとっさに体を手で隠した。
「ありがとう、ございます……あ、あの!」
「何?」
「あ……頭とか体とか洗うのって、どうすれば良いの!?」
「はぁ?」
オーリーが少々大げさに声を上げた。何よ、そんなに驚かなくても良いじゃない。
「だってね?私記憶喪失じゃない?魔獣と戦えたし、意外と覚えているって思ってたんだけど、いざお風呂に来てみたら、どうしたら良いのか解らなくなって……」
「マジか。今日日、お貴族様だって風呂の入り方知ってるぞ」
そんなこと知ってるわ。言いかけて口を噤む。
身の回りの世話を侍女に任せるのは、ごく一部。上流貴族やそれこそ王族くらいなもので、大抵は一人で入る。
私がまだ貴族のお茶会に招待されていた頃に知り、とても驚いたのを覚えている。
私が見栄を張り、全部任せているの所、手伝ってもらっていると話すと、大事にされていらっしゃるのねと、遠回しに馬鹿にされた。苦い思い出だ。
「分かってるわよ。でも……解らないんだもの」
私だってこんな事尋ねたくないのよって、言えたらどれだけ良いか。オーリーも飽きれて溜息を吐いて、頭を振っている。
「教えて……くれる?」
恥ずかしさから顔が熱い。すりガラスの向こうから、また溜息が聞こえてきた。
面倒だって放置されるのかしら。マンナやルビィならこんな反応しないのに。
「ボトルの中に入っている液剤で頭と体を洗うんだ。それは大丈夫か?」
良かった。教えてくれるみたい。言葉もさっきと違って丁寧で、私は心の中で毒づいたのを謝る。
「う、うん……」
そこは侍女たちがしてくれたのを覚えているから大丈夫。けれど、やっぱり頭だけじゃなくて体の方も洗わないといけないのね。
お湯につかるだけでは駄目。覚えておかなくちゃ。
「壁側にボトル並んでるだろう?左から頭用と体用と顔を洗う用と、一番右の奴の白いボトルは魔獣の血を浴びた時に使う専用の洗液とさらにその隣がその後に使う香油がだから間違いない様に……」
「あの、オーリー、途中でごめんなさい。白いボトルなんてないのだけれど」
「え?ない?」
「ええ、ないわ。あるのは黄色っぽいのと青いのと、同じく黄色だけど、犬の絵が描かれている奴と、濃い青のと茶色のボトルが並んでいるのだけれど」
「ああ、悪い。解らなくなってきた」
そういうとオーリーはガラス戸を少し開け、私にさっきまで私が着ていたオーリーの上着を渡してきた。
「一回それ着て。それ出来たら教えて、直接見て教えるから」
「ええ、分かった」
私は渡されたオーリーの服を素肌の上に着た。
顔赤くないかしら。さすがに上着一枚で下着を身に着けていない状態で人と顔を合わせるなんて、侍女以外では初めての経験だもの。
ちょっとだけ緊張する。
「着たわ」
告げると、オーリーが風呂場に入ってきた。
彼はすでに服は着替えていて、ゆったりとした白いシャツとダボっとした印象を受ける黒いズボン。髪は下ろしていてウェーブのかかった髪が耳を隠す。
アクセサリーは付けたままで、大きくてゴツゴツとした指に赤や緑の宝石が光り、それだけでなく、耳にも宝石が増えている。
こうしているとさっきとは随分印象が変わる。誠実そうな見た目をしていると思ったけれど、今はどことなく軽薄そうな雰囲気が混じる。
「ええっと……」
緊張している私を他所に、オーリーは淡々とボトルの中身を確認し、並べ替えていく。
「悪かったな。左から使う順に並べたから。青いのが頭用で隣が……」
オーリーは丁寧に中身と使い方を説明してくれる。
解りやすくて助かるのだけれど、それにしてもこの男、顔色一つ変えないわね。
見た目は変わっても、対応は好青年そのもの。変に反応されるとこちらも困ってしまうもの
それとも庶民は異性が裸に近い恰好していても、照れないのが普通なのかしら。
そういえば前に、貴族はお堅いからってジージールか言ってた。庶民はもっとラフなんだって。こういう事?
「やり方分かったか?」
「ええ、わかった。ありがとう」
「んじゃ、うちの事は気にしなくて良いから、ゆっくり風呂を堪能してくれ」
「本当、ありがとう」
オーリーが出て行った後、私は教えてもらった通り体を洗い終え、ぬるめのお湯に浸かり、肩を落とした。
庶民の生活に慣れるまで、時間がかかりそう。
彼の母が出迎えてくれた。
彼の母は息子が家に見知らぬ女の子を連れてきた事に少なからず驚いていて、その女の子がオーリーの服を着ている事にも驚いて、髪がびしょ濡れのままで体が冷え切っている事にも驚いていた。
オーリーが経緯を話すと、彼の母はすぐにお風呂を沸かし、私に入るよう勧めてくれた。
お風呂に入れるのは、純粋に嬉しかった。
汚れを川の水で流しただけだったし、川の水は冷たくて急いだというのもあり、汚れは完全に落ちていかったし、海水で髪はゴワゴワしている。肌は多少マシになったけれど。
「ありがとうございます。お言葉に甘えて頂きます」
お礼を言うと意気揚々と風呂場に向かった。
さっきも言ったけれど、お風呂自体は嬉しい。
けれど、私が知っているのはお城のお風呂で、何もしなくても勝手に体が綺麗になってくれるお風呂だ。ここはお城と比べると狭い……というのはどうでも良いけれど、風呂のお湯は透明で洗うための液剤が入っている様には見えない。…………匂いも普通のお湯。
これで本当に体の汚れが落ちるのかしら。もしかして、野営の時と同じように全部洗剤を使って洗うの?
野営の時は洗剤を付けた布で拭くだけだから、お湯は少ししか使わないのだけれど、もしかしたら庶民はああいうのが普通なのかも。
それっぽいボトルが並んでいるし。
お城でも頭だけは頭髪用洗浄剤を使って洗う。けれど全部侍女たちが洗ってくれるから、正直な所どれを使って洗えば良いのかすら解らない。
ボトルに書いてある文字を読めばとも思ったけれど、こちらは文字が擦り切れて読めなかった。
正直、庶民の生活がこんなに手ごわいとは思っていなかったわ。
「匂いとかでわかるかしら…………」
もちろん、匂いだけでなくても色や肌触りなどでも分かるかもしれない。私はボトルを手に取った。
「青いボトルは液体が透明ね……この白いのとかは良い匂い。これで洗ってみよう……」
「おい」
不意に声を掛けられ、私は体をびくっとさせた。
その人は声からして、きっとオーリー。集中していて、ドアが開く音にも全く気が付いていなかった。バクバクする心臓を手で押さえ、すりガラス越しに映る人影を見る。
「着替えここに置いておくぞ」
向こうからもこちらは良く見えないはず、というのが分かっていても、私はとっさに体を手で隠した。
「ありがとう、ございます……あ、あの!」
「何?」
「あ……頭とか体とか洗うのって、どうすれば良いの!?」
「はぁ?」
オーリーが少々大げさに声を上げた。何よ、そんなに驚かなくても良いじゃない。
「だってね?私記憶喪失じゃない?魔獣と戦えたし、意外と覚えているって思ってたんだけど、いざお風呂に来てみたら、どうしたら良いのか解らなくなって……」
「マジか。今日日、お貴族様だって風呂の入り方知ってるぞ」
そんなこと知ってるわ。言いかけて口を噤む。
身の回りの世話を侍女に任せるのは、ごく一部。上流貴族やそれこそ王族くらいなもので、大抵は一人で入る。
私がまだ貴族のお茶会に招待されていた頃に知り、とても驚いたのを覚えている。
私が見栄を張り、全部任せているの所、手伝ってもらっていると話すと、大事にされていらっしゃるのねと、遠回しに馬鹿にされた。苦い思い出だ。
「分かってるわよ。でも……解らないんだもの」
私だってこんな事尋ねたくないのよって、言えたらどれだけ良いか。オーリーも飽きれて溜息を吐いて、頭を振っている。
「教えて……くれる?」
恥ずかしさから顔が熱い。すりガラスの向こうから、また溜息が聞こえてきた。
面倒だって放置されるのかしら。マンナやルビィならこんな反応しないのに。
「ボトルの中に入っている液剤で頭と体を洗うんだ。それは大丈夫か?」
良かった。教えてくれるみたい。言葉もさっきと違って丁寧で、私は心の中で毒づいたのを謝る。
「う、うん……」
そこは侍女たちがしてくれたのを覚えているから大丈夫。けれど、やっぱり頭だけじゃなくて体の方も洗わないといけないのね。
お湯につかるだけでは駄目。覚えておかなくちゃ。
「壁側にボトル並んでるだろう?左から頭用と体用と顔を洗う用と、一番右の奴の白いボトルは魔獣の血を浴びた時に使う専用の洗液とさらにその隣がその後に使う香油がだから間違いない様に……」
「あの、オーリー、途中でごめんなさい。白いボトルなんてないのだけれど」
「え?ない?」
「ええ、ないわ。あるのは黄色っぽいのと青いのと、同じく黄色だけど、犬の絵が描かれている奴と、濃い青のと茶色のボトルが並んでいるのだけれど」
「ああ、悪い。解らなくなってきた」
そういうとオーリーはガラス戸を少し開け、私にさっきまで私が着ていたオーリーの上着を渡してきた。
「一回それ着て。それ出来たら教えて、直接見て教えるから」
「ええ、分かった」
私は渡されたオーリーの服を素肌の上に着た。
顔赤くないかしら。さすがに上着一枚で下着を身に着けていない状態で人と顔を合わせるなんて、侍女以外では初めての経験だもの。
ちょっとだけ緊張する。
「着たわ」
告げると、オーリーが風呂場に入ってきた。
彼はすでに服は着替えていて、ゆったりとした白いシャツとダボっとした印象を受ける黒いズボン。髪は下ろしていてウェーブのかかった髪が耳を隠す。
アクセサリーは付けたままで、大きくてゴツゴツとした指に赤や緑の宝石が光り、それだけでなく、耳にも宝石が増えている。
こうしているとさっきとは随分印象が変わる。誠実そうな見た目をしていると思ったけれど、今はどことなく軽薄そうな雰囲気が混じる。
「ええっと……」
緊張している私を他所に、オーリーは淡々とボトルの中身を確認し、並べ替えていく。
「悪かったな。左から使う順に並べたから。青いのが頭用で隣が……」
オーリーは丁寧に中身と使い方を説明してくれる。
解りやすくて助かるのだけれど、それにしてもこの男、顔色一つ変えないわね。
見た目は変わっても、対応は好青年そのもの。変に反応されるとこちらも困ってしまうもの
それとも庶民は異性が裸に近い恰好していても、照れないのが普通なのかしら。
そういえば前に、貴族はお堅いからってジージールか言ってた。庶民はもっとラフなんだって。こういう事?
「やり方分かったか?」
「ええ、わかった。ありがとう」
「んじゃ、うちの事は気にしなくて良いから、ゆっくり風呂を堪能してくれ」
「本当、ありがとう」
オーリーが出て行った後、私は教えてもらった通り体を洗い終え、ぬるめのお湯に浸かり、肩を落とした。
庶民の生活に慣れるまで、時間がかかりそう。
応援ありがとうございます!
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