だから、わたしが、死んでしまえばよかった

すえまつともり

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婚約の抜け道

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 ニルスと初顔合わせをした、その夜――。

 ニルスの父・ファルスの代理人がホーリーロード邸を訪れた。

「婚約の儀式が無事終わり、ファルス様もホッとされておられますぞ。公爵閣下」

 代理人は皮肉っぽい口調で、恐縮するおまえの父と母に言った。

「公爵閣下のご令嬢と、ニルス様のご婚約は、国王陛下が亡き将軍と固くお約束なさったこと。陛下もさぞお喜びになっていらっしゃることと存じます」
「恐悦至極です。代理人どの」

 父はぺこぺこと頭を下げる。

 おまえの父は、公爵という地位にあるくせに気が小さく、自分より格上の相手に媚びへつらうところがあった。相手は代理人にすぎないのだが、その後ろにいるファルスに頭を下げているのだった。

 母は、そんな父を冷たい目で見た後、代理人にたずねた。

「これで婚約は成立したのですよね? カヤが、ニルス様の正妻となる。そのことにまちがいはないのですね?」
「ええ、もちろん」

 重々しく頷いてから、「しかし」と代理人は言った。

「正式な結婚は、カヤお嬢様が十六歳になられてからです。法律でそう定められておりますゆえ」
「そんなことはわかっています」
「そうでしょうか。失礼ながら、もう少し想像の翼を広げていただきたいものですな」

 母は怪訝な顔になった。

「代理人どのは、何をおっしゃりたいのですか?」
「これはあくまで仮の話ですが――」

 代理人はいったん言葉を切った。

「それまでに、もし、ホーリーロード公爵家に新たな女児がご誕生になれば、その女児も、ニルス様の婚約者になる資格があることになりますな」

 母の顔色が変わった。

「わたくしに、新しく子を産めとおっしゃるのですか」
「まさか、そのようなことは」

 代理人は笑って首を振った。

「しかし、昨今、よからぬうわさが流れておりましてな」
「うわさ?」
「ええ。カヤお嬢様は本当に公爵閣下の娘なのかと――なにしろ、ご両親のどちらにも似ておられないものですから。そのような悪口を言うものもいるということで。ファルス殿下のお耳にも入っておりましてなあ」

 父の声が震えた。

「カヤは私の子ではないと、そうお疑いなのですか、ファルス様は」
「いいえ。殿下はそのようなうわさをお気になさる方ではありませんよ。ただ――」

 代理人は皮肉っぽく言った。

「ファルス殿下は、いずれ国王陛下となられる方。その後は、ご長男であるニルス様が継ぐことになるでしょう。ニルス様のお妃候補を慎重に観察したいとお思いになるのも、当然ではありませんか?」

 母は白い頬を引きつらせた。

 何か言い返そうと、何度か唇をけいれんさせたが、しかし無言のままだった。

「いやはや、公爵夫人は本当にお美しい。お年を召されても、ますますその美貌に磨きがかかっておられるようだ。……しかし、最近は体調を崩されているとお聞きしますが?」

 彼の言う通り、最近、母は床に伏せることが増えていた。幼い頃から肺病をわずらっており、体が丈夫ではない人だった。

 つまり、ふたたび子供を宿すことなど、考えられないのだ。

 そんなことは百も承知で、代理人は言った。

「どうか、お嬢様ともども、ご自愛なさいますよう」

 父と母は、顔をあげることもできず、じっと座ったままだった。
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