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転生

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 天寿を全うする。
 そう聞くと、おじいちゃん、おばあちゃんになるまで生きて、あるいは病と闘って、それぞれの終わり方で生を終わらせるイメージが強いと思う。私もまた、そう思っていた一人だから。
 でも、そうではない事を私は身をもって知る。
 私の会社はいわゆるブラック企業と呼ばれる会社で、残業なんて当たり前である上に上司はパワハラ、セクハラ何でもありの劣悪環境。何度も辞表を書いて提出したが、目の前で破られて取り合ってくれない始末。
 身も心もズタボロになった私はついに自らの手で命を絶った。もちろん、生きていて楽しみなこともあったが、それ以上に仕事がつらかったのだ。
 徐々に薄れていく意識に恐怖を感じつつも、これであのつらい日々から解放されるのだと安堵感に包まれていた。
 とても穏やかな死だった。
 死んで、次に自我を取り戻した時、私は笑顔を浮かべる大勢の人に拍手で出迎えられた。
「おめでとうございます」
「天寿を全うされましたね」
「おめでとう」
「良い人生でしたね」
「よく頑張りましたね」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
「たくさん生きたね」
「土産話をしてね」

「生の終わりにおめでとう」

 とても不気味だったが、ここはそういう所だとなぜか理解でき、同時にどんな終わり方をしても天寿と捉えられるのだと解った。
 私はしばらくその世界で夢のようにあやふやな、しかし穏やかな時間を過ごしていた。しかし、そうしていると生きていたころの記憶は徐々に薄れていき、あやふやなものになっていくのを感じていた。
「もうすぐ転生だね。おめでとう」
 あやふやになっていることを話すと、人々は笑顔でそう返した。終わりだけでなく、始まりも祝うのかと可笑しくなった。ここはやはり不思議なところだ。
 私の記憶はそこで途切れ、その記憶すらも泡沫のように消えていった。





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