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51 ソヴァンの過去

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 ソヴァンが属していた傭兵団は、20~30人ほどの腕利きの傭兵達が一致団結して報酬を支払った軍に属するタイプの傭兵団だった。傭兵団とは言うものの団長はおらず、各々が持ってきた仕事の中から話し合って決め、持ってきた人物がその時のまとめ役になるというスタンスを取っていた。信頼関係がなせる業だろう。
 ソヴァンの両親はそんな傭兵団で出会い、結ばれ、そしてソヴァンが生まれたのだと古参の傭兵が教えてくれた。そしてそれは、特段珍しいことでは無いとも。
「ソヴァーン! 今日からまた小競り合いの助っ人に行くんだから、早く準備しなさーい。ほら、お父さんも弾はちゃんと装填してある?」
「もう終わる!」
「予備も含めて全部準備できてるよ、母さん。それと、襟が立ってるよ」
 拠点の中はガヤガヤと賑やかだが、その中でひと際高い声で呼びかける明るい声はすでに傭兵団の中で日常となっており、彼女の声に他の傭兵達も改めて自分の装備を確認しだす。その傍らには穏やかな顔で女性に寄り添い、軽く彼女の身だしなみを整える男性がいた。しかしスナイパーライフルを持っているはずなのに気配が薄いため、仲間内で驚かれることもしばしばあった。
「相変わらず、母ちゃんは元気だねぇ」
「父ちゃんの影の薄さも通常運転だな」
 仲間内でも「母ちゃん」「父ちゃん」と二人の事は親しみを込めて呼んでおり、最早それが当たり前にすらなっていた。
「…さて、みんな準備は整った? 今回は大規模な戦争とは違うから、気を抜かず、だけど気楽に挑んでいこう。勝利の美酒を飲むため、今回も必ずみんなで生き残る。誰一人として欠けることが無いことを祈り、戦おう」
 この地域では珍しい刀を使う傭兵が、壇の上に立って静かな口調ながらもその口調とは裏腹に好戦的な表情で刀を掲げる。するとその場にいた全員が「おぉ!」とそれぞれの武器を掲げた。
当時のソヴァンはまだ筋力が足りなかったためライフルではなく拳銃を主に使っており、父が掲げるスナイパーライフルは憧れでもあった。母は最前線で戦う戦士で、主に拳銃を使いつつ剣や爆弾など何でも使える傭兵団の中でも屈指の実力を持つ人だった。そのため母の体には拳銃だけでなく腰に剣を下げていたり、ベストの中に爆弾を忍ばせていたり、毒を塗った短剣をベルトに忍ばせたりと何でも持っていた。
 それぞれの得物を引っさげ、傭兵団は拠点を出発して戦場へ向かう。戦場は荒れ果てている市街地で、度々のゲリラ戦に街は町としての機能を果たさず戦場へと様変わりしていた。今回のミッションはこの町にはびこる襲撃兵の一掃、町の防衛だった。
「これは結構酷いね。まずは偵察をしよう。ソヴァン、頼んでいいかい?」
「もちろん。子供の僕なら見つかっても敵に怪しまれないしね」
 指名されたソヴァンは得意げに胸を張りながら、すぐに戦闘服の上から汚れた大きなシャツを着て逃げ遅れた子供に見えるよう武器を隠した。
「あと、父ちゃんとグリムとガンドルも偵察に行ってくれ。残りの人はここで待機しつついつでも開戦できるように最終準備を整えてくれ。俺は依頼主に挨拶してくる」
 刀を使う傭兵の指示にそれぞれすぐに行動に移し始め、偵察を言い渡された四人はすぐに街へ下りて行った。
「ソヴァン、くれぐれも油断はするなよ。危険だと思ったらすぐに引き、助けを呼びなさい。父さんも母さんもすぐに駆け付けるから」
「分かってる。父さんこそ、へましないでよね」
「父さんは影が薄いから大丈夫だ」
 別れる直前に笑顔でいつもの会話を交わしてそれぞれの偵察区域へ向かう。ソヴァンが向かうのは敵の本拠地近くで、一番危険のある場所だった。事前情報が正確な情報なのか、敵本拠地の正確な位置はどこなのか、罠は仕掛けられていないかなど、確実に勝つために調べるのがソヴァンの仕事である。
 小さく身軽な体を使い、隙間から隙間へ身をひそめながら仕事を遂行する。罠を見つけるとソヴァンは場所を記録に残しつつ、自分が引っ掛からないように慎重に周囲に気を配りながらその場から離れる。人を見つけたら息をひそめてやり過ごし、その周辺に拠点がないか探す。それを繰り返し行っていたが、どうやら夢中になりすぎて拠点の中にまで入ってしまったらしい。敵本拠地内に入っていることに気付いたソヴァンは、知らない屈強な男たちが集まっている中、自分は単身であることを思い出して急に怖くなり、体がカタカタと震え始めた。それでも何とか帰らなければとゆっくりと来た道を戻ろうとした。しかし、集中力が切れてしまったソヴァンは物に体をぶつけてしまい、ガタッと大きな音を出してしまった。
「誰だ!」
「ひっ…!」
 すぐに反応してソヴァンが潜んでいた物陰が暴かれると、男たちは子供の姿に拍子抜けしたと言わんばかりにソヴァンを見た。
「あ? なんだ、ガキか。なんでこんな所にいるんだ? ここはこわ~いお兄さんたちのたまり場だぞ? ガキが来ていいところじゃない」
「ご、ごめんなさい。お、お父さんとはぐれちゃって…」
「迷子…? なあ、お前どこから来た?」
 ソヴァンの細い腕をつかんで睨みつける男に、ソヴァンは本気で身の危険を感じて必死に男の手から逃れようと「離して!」と叫びながら身を引いた。しかし、大人と子供の力の差は圧倒的で、ソヴァンがいくら体重をかけて身を引いてもびくともしなかった。
「おい、暴れるんじゃねぇ! どこから来たのかって聞いてんだよ!」
 見ていた別の男がそう言いながらソヴァンの頬を殴りつけ、ソヴァンはその衝撃に思わず床に倒れこんだ。その拍子にメモ書きが落ち、それを見た男達は信じられないものを見るようにソヴァンを見た。
「まさかこのガキ、偵察しに来たのか⁉」
「罠の位置を正確に書き記してあるぞ!」
「これは、逃がしちゃならねぇ獲物だな」
「それにしても、奴らがガキを使うとはなぁ。とうとう手段を択ばなくなったって事か?」
 逃げようとしたソヴァンを拘束して柱に縛り付ける男たちに、ソヴァンは精一杯抵抗しながら「ヤダ! 離せ! 助けて父さん!」と泣き叫んだ。
「ったく、うるせぇガキだな! 助けを呼んでも来るわけないだろ! 敵地のど真ん中だぞ! 少し黙ってろ!」
 泣き叫ぶソヴァンに男はソヴァンにナイフを振り上げてソヴァンの左目を潰した。刺された衝撃の直後、激痛がソヴァンを襲い、突然失った左目の光に混乱しながら悲痛な叫び声をあげる。
「お前、何してんだ! そんなことしたらさらに叫ぶに決まってるだろう!」
「こうしとけばいいんだよ。おら!」
 痛みと混乱に泣き叫ぶソヴァンに男は無理やり縄を噛ませて後ろで結ぼうとした。しかし途中でその動きが止まり、胸にじわじわと赤いシミを広げると男は何が起こったのか分からないまま絶命した。
「お、おい、どうした」
「死んでる?」
「…息子が随分とお騒がせしたようで申し訳ありません。相手をして下さったお礼をしにまいりました」
 いつの間にか室内に怒り心頭の父がソヴァンを背にかばっており、両手にマシンガンを抱えて男たちに照準を定めていた。
「なっ、いつの間に!」
「堂々と表から入ったのですがね。相変わらず誰も気づいてくれなかったようで。まあいいですけどね。とりあえず、愛する息子を傷つけたんですから死んでください」
 その言葉の直後、マシンガンから繰り出される弾の雨が男たちを襲い、男たちは戦う準備が整っていなかったためにあっけなく蹂躙され、本拠地はすぐに血の海と化した。
「…さて、他の仲間が返ってくる前に逃げるぞ。逃げている間は、父さんの服でも何でもいいから噛んで嗚咽をこらえてくれるか? 帰ったらすぐに手当てしてやるからな。もう安心だぞ」
 縄を切り、泣きじゃくって父にしがみつくソヴァンをあやしながらすぐに敵の本拠地を出た。そして父はソヴァンを抱き抱えたまま走って野営地へ帰ると、重傷を負っているソヴァンに母が泣きそうになりながら手当てをし、傭兵団の可愛い子供を傷つけたとして仲間たちは怒りに震えた。
 そのためすぐさまこの戦いに決着がつき、完膚なきまでに敵を屠る傭兵団の姿は味方の兵も恐れるほどだったという。数日かかると思われた戦いは一日で片が付き、この傭兵団を怒らせてはいけないと世間に知らしめたのだった。

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