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「……おい、俺のお嬢に何しようとしてる?」
 あともう少しで陥落する。デュオがそう確信した瞬間、苛立ちを含んだ低い声がデュオを正気に戻した。デュオはいいところを邪魔されて心底腹立たしいというようにため息を吐くと、声の方向へ目を向けた。
「いい所で起きるんじゃありませんよ。あともう少しだったのに」
「うるせぇ。明らかに怯えてるじゃねぇか」
「可愛いですよね」
「悪趣味」
「はいはい。では包帯を巻き直しますね。アリアナも手伝ってくれますよね?」
 興が削がれたのか、あっさりとアリアナを解放して棚から新しい包帯を取り出すと、茫然としているアリアナに包帯を渡した。それによってアリアナはハッと我に返り「はい!」と包帯を受け取ってデュオに教えてもらいながら、一緒に緩んでいる包帯を巻き直した。巻き直しが終わるとまだ拭いていない所を拭く作業を再開し、デュオも手伝いながらナティアの全身を丁寧に拭いて身を清めた。
「デュオ! アリアナちゃん! ご飯できたよー!」
 どたどたと廊下を走り、バンッと医務室のドアを壊す勢いで開けるティオンに、デュオは「ドアを壊すつもりですか」とため息を吐き、アリアナはパッと笑顔になって「ありがとうございます!」と目を輝かせた。
「あ、海兵野郎のご飯は今日の残飯だから~」
「ティオンさん……。そんなこと言わず、ちゃんとご飯を食べさせてあげてください」
「そう言われても、これはロゼちゃんの命令でもあるから俺達の一存ではどうにもならないんだよねぇ。ごめんね」
 アリアナの言葉にティオンが申し訳なさそうに眉尻を下げると、ナティアが軽く鼻で笑って「飯があるだけいいもんさ」と強がるように言った。
「ナティアさん……」
「大丈夫だ。俺は丈夫な事が取り柄だからな。アリアナは美味しい物をしっかり食べてこい」
「さ、アリアナ。行きますよ」
 まだ何か言いたそうなアリアナの肩を抱いて無理矢理医務室から連れ出すデュオに、アリアナはまだ言いたげな不満そうな顔でその場を後にした。
 食堂に入っても不機嫌そうな顔をしているアリアナに、すでに席に着いていた一同が珍しそうにアリアナを見た。
「おいおい、アリアナがご機嫌斜めだぞ」
「あの野郎……。アリアナにちょっかい出したんじゃねぇだろうな。ロゼの愛する宝に手ぇ出したらどうなるか、また教えなきゃいけないか?」
「ネオの言うとおりね。もう一度しつけをしなければいけないかもしれないわ」
「……アリアナ、俺の隣に」
「アリアナちゃん、大丈夫? 僕の肉、食べる?」
 各々がアリアナを心配して取り囲むと、デュオが面白そうにクスクスと笑いながら「違いますよ」とアリアナの代わりに説明をした。
「アリアナはナティアにきちんとした食事が与えられない事に怒っているんですよね?」
「……だって、ナティアさんだって私と同じ、生きている人なのに……」
 むくれた表情のまま、すねた口調で言うアリアナに、ロゼは新しいアリアナの表情が見られたことが嬉しく、その喜びのまま「可愛い」と目を輝かせて呟いた。
「そんな事でむくれているのか。……アリアナ、お前はロゼのものだろう? なぜロゼよりも、ナティアを心配する。ナティアはロゼを裏切り、捕まえようとした悪だ。そんな悪党に心を砕く必要はない。お前は、ロゼの幸せだけを願っていてくれ」
 ネオはアリアナの前に片膝をついてアリアナの肩に手を置くと、懇願すら感じ取れる余裕のない声と言葉でロゼの幸せを願い、ネオの言葉に対してアリアナには返す言葉が見つからなかった。
「ネオ、アリアナが困っているわ。大丈夫、ナティアなんかにアリアナを渡さないから」
「話は終わったか? 早く飯を食うぞ。冷める」
 椅子に座ったまま、席を立った者たちに対して食べるように促すティタに、各々自分の席に着き、食事を始めた。
 しかし、いつもなら表情豊かに食事をするアリアナがむくれたまま食べるという事態に、双子は顔を見合わせるとススッとアリアナの両側に立ってちょんちょんと肩を叩くと、ロゼに口元が見られないように手で隠しながらアリアナに囁いた。
「アリアナ/ちゃん」
「機嫌を直せ」
「俺達が残飯をちゃんと美味しくリメイクしてあげる」
「アリアナが食べたくなるほどのものにしてやる」
「だから」
「安心しろ/して?」
 交互に囁いて最後にアリアナの頬にそれぞれキスをする双子に、アリアナはむくれている事もキスをされた事も恥ずかしくなり、カッと頬に朱が差すと、それを隠すように両手で頬を隠してうつむいた。
「ちょっと、ティタ、ティオン。アリアナに何を言ったのよ。言っておくけど、勝手に抱いたらダメだからね?」
「大丈夫。それはちゃんとロゼさんに許可を取ってからする」
「あ、でも今日ロゼちゃんかアリアナちゃんの愛が欲しいなぁ」
 シレっと席に戻る双子にロゼが声をかけると、それぞれそっくりな笑顔でロゼに答え、ティオンが無邪気な笑顔の中に色気をにじませると、ロゼは挑発的な笑顔でティオンを見る。
「愛が欲しいなら私の所にいらっしゃい。でもそうね、いつも美味しい料理を作ってくれるし、アリアナがあなた達を受け入れるならアリアナの所に行ってもいいわ」
「さすがロゼちゃん。懐が広いね。じゃあ、アリアナちゃんに振られたらロゼちゃん慰めてね」
「ふふ、アリアナが受け入れてくれると良いわね」
「受け入れさせる。アリアナの事は一度抱いてみたかった」
 俄然やる気の双子に、ロゼは楽しそうに笑いながら「吉報を待ってるわ」とグラスに酒を注いで双子とグラスを合わせた。
 そんな三人の様子を、顔のほてりを冷ましていたアリアナは見ていなかった。

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