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チュートリアル 3
しおりを挟む駄目だ。いくら弁明したところで、この疑いの眼は止めてくれそうもない……! 必死になればなるほど疑われる。それでも否定しなければと口を開きかけたものの、結局は何も言わず、俯き口を噤んだ。
昔からそうだ。俺の言葉は人に届かない。同じ血を引いているはずの雅の声は微かでも拾ってもらえるのに、二歳しか違わない俺はどんなに喚き立てても気づかれない。誰も俺を見てくれない。目を向けられる時は猫の手も借りたいときだけ。はじめのうちは、「自分の方が兄だから我慢しなければならない」と思い込んでいた自己防衛も、成長するにつれて「弟の方が出来がいいから仕方ない」に変わっていった。雅が華やかさを増すたびに、俺は自分を守る殻を厚くしていった。
だから異世界に転移した時、本当は少しだけ……ほんの少しだけ心が躍ったんだ。魔法が当たり前のようにあるファンタジーな世界、映画好きにとってはたまらないユートピア。憧れていたこの世界でなら、もしかしたらこんな俺でも変われるかもしれない。今からでもやり直せるかもしれない。楽しく前向きに生きられるかもしれないって。ほんの僅かでも、希望が湧いた。
湧いたけれど……それだけだった。聖者の兄という立場と、見た目の物珍しさから客寄せパンダ気分は味わえても、それ止まり。雅と違い、ただの人間で恐れられることなどないはずの俺に、接する人たちの顔を見て思い知ったんだ。俺の言葉はすべて、雅を介さないと届かない。雅がいることで、俺はギリギリ孤立せずに生きられるんだって。
今だってそうだ。これ以上問い詰められないのは、雅がいるから。俺が雅の兄だから許される。そうでなければ、彼らは尋問や拷問にかけてでも、疑わしい俺を問い詰めてくるだろう。
「よくわかんねえけどよ」
ふと、気乗りしない声音で雅がこの場にいる全員に言った。
「とりま、プレイヤーと生贄を選んでから、反対側のゲームステージとやらに行ってみようぜ。犯人の思惑に乗ってやろうじゃねえか」
考えるよりも即行動。実に雅らしい決断だが、他の三人は慎重だ。ルイスが額に手を当てながら「ミヤビ、それは軽率だ」と雅を止める。
「あの扉の先に何が待っているのかわからない以上、そう易々とは決められないよ。こうして扉は現れたんだ。まずはあの先に何があるのか、それを確かめてからでも遅くはない」
その口調はまるで子を諭す親そのものだ。俺だったら素直に、「うん」と頷いて終わっていた。だが、その程度で自信家の雅は止まらない。
「軽率もなにも、動かねえときっとこのままだぜ? それに、あの扉はプレイヤーと生贄を決めるまで絶対に開かねえよ。この空間が異様だってこと、もうとっくに気づいてんだろ。それに俺はキレてるんだ。この状況を楽しみ、ほくそ笑んでるだろう犯人によぉ」
そう言う聖者の顔は極悪そのものだった。犬歯が見えるほど口角を持ち上げ、何が楽しいのかニヤリと笑う。これ以上、彼を止めようものなら、仲間とて殺しかねない。
それを早々に悟ったらしいセルが、ルイスとバイロンに言った。
「今はミヤビの言うように、この命令に従おう。武器を取り上げられ、魔法まで制御されているこの状況では俺達が不利だ。罠であれ何であれ、指示に従わない限り現状は変わらない」
「さすが、セル! そうこなくっちゃ!」
雅がヒュー♪ と口笛を吹いた。ルイスとバイロンは互いに顔を見合わせると、しぶしぶといった様子で承諾した。セルは雅に向き直った。
「それで? 役割はどうするんだ? プレイヤーはまだしも、この生贄とやらは……」
簡単には決められない。セルはそう言いたかったんだろう。でもそれを雅が遮った。
「雲よりも軽い気持ちで決めろって、わざわざ書いてあんだ。一番楽しめそうなプレイヤーは俺がなる。こんな時は考え込んだって仕方ねえ。即決だ。そんでもって生贄は……」
雅に迷いはなかった。きっと「生贄」という単語を目にした時から、彼の中では決まっていたんだろう。滅多に合わせない黒い両目を、俺の眼鏡越しの両目に合わせてきた。
「兄貴だ」
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