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第二章
ようこそ、異世界へ 3
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「呪いがかけられた白粉だ。外敵からその身を守る役割も果たす。これからレイヴンはこの魔界で生きていくんだ。自分でも施せるようにしておくといい」
上から降ってくるシンからの言葉に、レイヴンは改めて自身が異世界……それも魔界へやってきたのだということを思い知らされた。つい三日前のことだ。
満身創痍だったレイヴンはこの世界で目覚めてから、シンとゴブリン達によって甲斐甲斐しく看病をされていた。全身に広がる痛みはレイヴンをベッドから離さず、ようやく身体を起こすことができたのが今日だった。
あのまま村にいれば、たとえ制裁が終わったとしても、レイヴンは一日もしない内に死んでいただろう。それほど重傷だったわけだが、今ではその際に受けた外傷どころか痣になっていた過去の瘢痕までもがなくなりつつあった。
たった今、施されたこの白粉も、シンの言うようにただの化粧ではないことはすぐに理解できた。レイヴンはゴブリンから白粉の入った容器と刷毛を受け取り、再度ペコリと頭を下げる。
どこに保管しようかと辺りを見渡すと、床一面に自分の髪が落ちていた。無数の蛇にも見えるそれは、自分の周りを埋めており、本当に長かったんだなと月日を感じさせた。
ゴブリン達が箒と塵取りを両手に、せっせと床を掃除する中、その内の一匹がレイヴンの服の袖を引っ張った。
「イヴ。イヴ」
この世界に来てから自分は「イヴ」と呼ばれている。そう名乗ったわけではないが、ゴブリン達の中ではすっかり定着してしまっていた。
すでに三日が経つというのに、今更訂正するのも気が引けた。だが、それに至った経緯くらいは聞いてもいいだろうと、レイヴンはシンを見上げた。
「レイヴンって名前が呼びにくいんだと。だから真ん中をとってイヴにした」
尋ねるまでもなく返ってきた答えに、レイヴンは「イヴ……」と復唱する。長年、レイヴンで通ってきた為、愛称のようなそれが妙にこそばゆい。
ゴブリンを見下ろすと、当の本人はコテンと首を傾げている。
「髪も切ってイメージチェンジしたことだし、いいんじゃないか? レイヴンも本名じゃないだろう?」
シンから続けざまに言われ、レイヴンはハッとする。自身がレイヴンと名乗った時、それが本名でないとは言わなかった。たった数日しか共にいない彼が、どうしてそれを知っているのか。
レイヴンは信じられないものを見るかのように、シンの顔を見つめた。
「どうして、知ってるんですか……?」
「そりゃあ全知全能の魔王様だからな」
魔王様。
茶化すように言われたそれは、いまだ信じられない事実だ。
初めて聖女として生を受けた時に、その存在を知った。見たことも、会ったこともないものではあったが、かつての自分はその魔王が君臨する世界に生息する生物ーー魔物から村を守り、成敗してきたのだ。
今、生きている自分は生まれ育ったあの村で魔物と出くわしたことすらなかったが、その事実を思い出してしまった以上、これまでのように気兼ねなくシンと接することができなくなっていた。
対してシンは、それまでと変わらずレイヴンに接しているわけだが、この世界に来てから二人の関係性は大きく変わってしまっていた。
レイヴンはゴブリンに向かって頷いた。
「皆さんが呼びやすいのであれば……イヴと、呼んでください」
「イヴでいいんだってさ。よかったな」
「あい。イヴ」
ゴブリンはコクコクと首を振り、一掴み分の髪をレイヴンへ差し出した。
「かみ、かみ」
「あ……」
切り落とした長い髪をどうするか、ということだろう。レイヴンは刹那だけ考えた後、ゴブリンに尋ねた。
「この世界では売れますか? 僕の髪」
「うー……」
ゴブリンは困ったようにシンを見上げた。二人のやり取りを見ていたシンは、すかさず答えた。
「欲しいやつはごまんといるだろうが、止めたほうがいいだろうな。魔力が強すぎる」
魔力とは聖女の力のことらしい。慣れない言葉に戸惑いつつも、レイヴンは質問する。
「魔力って……僕の髪にも宿っているんですか?」
「レイヴンは身体そのものが魔力の貯蔵庫みたいなもんだからな」
そう言いつつ、シンはゴブリンから髪を受け取った。
「要らないならオレがもらう。元よりお前はオレのものだからな。今後、すべての許可はオレから出す」
「……っ」
上から降ってくるシンからの言葉に、レイヴンは改めて自身が異世界……それも魔界へやってきたのだということを思い知らされた。つい三日前のことだ。
満身創痍だったレイヴンはこの世界で目覚めてから、シンとゴブリン達によって甲斐甲斐しく看病をされていた。全身に広がる痛みはレイヴンをベッドから離さず、ようやく身体を起こすことができたのが今日だった。
あのまま村にいれば、たとえ制裁が終わったとしても、レイヴンは一日もしない内に死んでいただろう。それほど重傷だったわけだが、今ではその際に受けた外傷どころか痣になっていた過去の瘢痕までもがなくなりつつあった。
たった今、施されたこの白粉も、シンの言うようにただの化粧ではないことはすぐに理解できた。レイヴンはゴブリンから白粉の入った容器と刷毛を受け取り、再度ペコリと頭を下げる。
どこに保管しようかと辺りを見渡すと、床一面に自分の髪が落ちていた。無数の蛇にも見えるそれは、自分の周りを埋めており、本当に長かったんだなと月日を感じさせた。
ゴブリン達が箒と塵取りを両手に、せっせと床を掃除する中、その内の一匹がレイヴンの服の袖を引っ張った。
「イヴ。イヴ」
この世界に来てから自分は「イヴ」と呼ばれている。そう名乗ったわけではないが、ゴブリン達の中ではすっかり定着してしまっていた。
すでに三日が経つというのに、今更訂正するのも気が引けた。だが、それに至った経緯くらいは聞いてもいいだろうと、レイヴンはシンを見上げた。
「レイヴンって名前が呼びにくいんだと。だから真ん中をとってイヴにした」
尋ねるまでもなく返ってきた答えに、レイヴンは「イヴ……」と復唱する。長年、レイヴンで通ってきた為、愛称のようなそれが妙にこそばゆい。
ゴブリンを見下ろすと、当の本人はコテンと首を傾げている。
「髪も切ってイメージチェンジしたことだし、いいんじゃないか? レイヴンも本名じゃないだろう?」
シンから続けざまに言われ、レイヴンはハッとする。自身がレイヴンと名乗った時、それが本名でないとは言わなかった。たった数日しか共にいない彼が、どうしてそれを知っているのか。
レイヴンは信じられないものを見るかのように、シンの顔を見つめた。
「どうして、知ってるんですか……?」
「そりゃあ全知全能の魔王様だからな」
魔王様。
茶化すように言われたそれは、いまだ信じられない事実だ。
初めて聖女として生を受けた時に、その存在を知った。見たことも、会ったこともないものではあったが、かつての自分はその魔王が君臨する世界に生息する生物ーー魔物から村を守り、成敗してきたのだ。
今、生きている自分は生まれ育ったあの村で魔物と出くわしたことすらなかったが、その事実を思い出してしまった以上、これまでのように気兼ねなくシンと接することができなくなっていた。
対してシンは、それまでと変わらずレイヴンに接しているわけだが、この世界に来てから二人の関係性は大きく変わってしまっていた。
レイヴンはゴブリンに向かって頷いた。
「皆さんが呼びやすいのであれば……イヴと、呼んでください」
「イヴでいいんだってさ。よかったな」
「あい。イヴ」
ゴブリンはコクコクと首を振り、一掴み分の髪をレイヴンへ差し出した。
「かみ、かみ」
「あ……」
切り落とした長い髪をどうするか、ということだろう。レイヴンは刹那だけ考えた後、ゴブリンに尋ねた。
「この世界では売れますか? 僕の髪」
「うー……」
ゴブリンは困ったようにシンを見上げた。二人のやり取りを見ていたシンは、すかさず答えた。
「欲しいやつはごまんといるだろうが、止めたほうがいいだろうな。魔力が強すぎる」
魔力とは聖女の力のことらしい。慣れない言葉に戸惑いつつも、レイヴンは質問する。
「魔力って……僕の髪にも宿っているんですか?」
「レイヴンは身体そのものが魔力の貯蔵庫みたいなもんだからな」
そう言いつつ、シンはゴブリンから髪を受け取った。
「要らないならオレがもらう。元よりお前はオレのものだからな。今後、すべての許可はオレから出す」
「……っ」
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