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初夜です
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それから二時間後。
僕は初めて、「イタリアン」と呼ばれるお洒落なお店に足を踏み入れた。
「わぁっ! 美味しそう!」
焼きたてホカホカの本格ピッツァ!
今まで写真でしか見たことのなかったそれを目の前に用意されて、僕は思わず感激の声を上げた。
ホテル上階にあるこのお店は単にお洒落なだけじゃなく、街の夜景を楽しめるように照明を調整されていて、少し暗めで大人のムードを出している。加えて、高級感ってやつも溢れていてとても落ち着いている。
お客さん層はというと、カップルや若い女性客が多くて(だからかな、視線がやっぱりちくちくする)、BGMはロビー同様の、でも別のクラシックだった。
また、僕たちがいるのは窓際のテーブル席で、その中でもどうやらここが一番見晴らしのいい場所らしかった。
普通ならここで夜景に見惚れて、旦那さまに向かってありがとうの一言でも言わなきゃならないところなんだろうけど、空腹に加えて一番食べたくてたまらなかった物が目の前に用意されていたら、きっとどんな人だって欲望に忠実になるはずだ。
それに、向かいに座っている海さんも、ただ「どうぞ」と勧めてくれた。
待て状態から解放された僕は、「いただきます」と早口で、マルゲリータを一ピース、手に取った。ピザカッターにフォークやナイフがサイドに置かれていたけど、そんなの必要ない。
パクリと一口。
「僕、こんなに美味しいピザ、食べたことないです」
「気に入りましたか?」
「うん! 美味しい!」
大きく頷いて、今度はバクリと大きくかぶりついた。
ふわぁ~。美味しすぎるよ~。
こんなに美味しいお店に連れて来てくれるなんて、海さんはやっぱりいい人だぁ。
美味しくて、美味しくて。ついつい食べることに夢中になってしまったから、他はなんにも気にならなかった。
だから、「それ」に気づいたのはお皿に盛り付けられたピザを全て食べ終わったときだった。
「あ~、美味しかっ……あれ?」
「お腹は、膨れましたか?」
「え? あれ? まさか、ずっと……見てたの?」
コクリと、一度だけ。
首は縦に振られました。
海さんはテーブルに用意された料理に一切手をつけることなく、ずっとピザに夢中の僕を見ていたらしい。
ぜ、全然気づかなかった!
しかも、ずっと見てたって……え、僕を?
ずっと? ずっと!!?
やばい。気づかなかったこともそうだけど、これってちょっと恥ずかしくないかな?
うわわっ。なんだか顔が熱くなってきたよ!?
で、でもっ。なんで?
「食べない、の?」
「食べますよ。後で」
「おなか……空いてない?」
「それよりも、夢中になれるものがあったので」
……僕って見世物?
食事よりもこっち見てるほうが楽しいの? いや、全然楽しくないよ?
はっ。もしやこれは、ご飯を食べてるときの同時進行テレビ感覚ってやつなのか!?
「気に障りましたか?」
「いや、それは全然……」
見られていただけですし。
それに。
「僕も食べてばっかりで、その、ごめんなさい」
旦那さまそっちのけで食べ物に夢中って、普通ならきっと、よくないことだよね。
こんなにいろいろしてもらってるのに、僕はお礼すらろくに言えてなかったんだ。
ちゃんと、言わなくちゃ。
「ごはん、美味しかったです。ありがとうございます」
「それはよかった」
「それから……服も、ありがとうございます」
そう言って、僕は今着ている服を見下ろした。
そう。食事の前に連れて行かれたブランド店で、僕は服を新調してもらったんだ。
元々そうさせるつもりだったのか、すでにそれは用意されていて、流行に沿ったデニムとジャケットは僕にジャストフィットだった。
その他にも何着か試着してみたけど、僕にとってはこれが一番動きやすくて、海さん曰く一番似合っているとのことだった。
だから、こんなにお洒落なお店でも、臆することなんて全然なかったんだ。
「近日中に、また来ましょうか。今度は、貴方の好みに合わせて新調しましょう」
海さんはやんわりとそう言った。
でも、もうすでにこんなにしてもらってるのに、これ以上はなんだか、申し訳ない気がする。
「あのね。少ないけど、僕の私服なら宅配で送ってもらえるそうだから……」
大丈夫、と続けたかったんだけど。
「少ないなら、なおさらいるでしょう」
遠慮は要りません、と。
海さんは大人だった。
そして僕は子どもだった。
大人ってかっこいいなぁ。
僕は初めて、「イタリアン」と呼ばれるお洒落なお店に足を踏み入れた。
「わぁっ! 美味しそう!」
焼きたてホカホカの本格ピッツァ!
今まで写真でしか見たことのなかったそれを目の前に用意されて、僕は思わず感激の声を上げた。
ホテル上階にあるこのお店は単にお洒落なだけじゃなく、街の夜景を楽しめるように照明を調整されていて、少し暗めで大人のムードを出している。加えて、高級感ってやつも溢れていてとても落ち着いている。
お客さん層はというと、カップルや若い女性客が多くて(だからかな、視線がやっぱりちくちくする)、BGMはロビー同様の、でも別のクラシックだった。
また、僕たちがいるのは窓際のテーブル席で、その中でもどうやらここが一番見晴らしのいい場所らしかった。
普通ならここで夜景に見惚れて、旦那さまに向かってありがとうの一言でも言わなきゃならないところなんだろうけど、空腹に加えて一番食べたくてたまらなかった物が目の前に用意されていたら、きっとどんな人だって欲望に忠実になるはずだ。
それに、向かいに座っている海さんも、ただ「どうぞ」と勧めてくれた。
待て状態から解放された僕は、「いただきます」と早口で、マルゲリータを一ピース、手に取った。ピザカッターにフォークやナイフがサイドに置かれていたけど、そんなの必要ない。
パクリと一口。
「僕、こんなに美味しいピザ、食べたことないです」
「気に入りましたか?」
「うん! 美味しい!」
大きく頷いて、今度はバクリと大きくかぶりついた。
ふわぁ~。美味しすぎるよ~。
こんなに美味しいお店に連れて来てくれるなんて、海さんはやっぱりいい人だぁ。
美味しくて、美味しくて。ついつい食べることに夢中になってしまったから、他はなんにも気にならなかった。
だから、「それ」に気づいたのはお皿に盛り付けられたピザを全て食べ終わったときだった。
「あ~、美味しかっ……あれ?」
「お腹は、膨れましたか?」
「え? あれ? まさか、ずっと……見てたの?」
コクリと、一度だけ。
首は縦に振られました。
海さんはテーブルに用意された料理に一切手をつけることなく、ずっとピザに夢中の僕を見ていたらしい。
ぜ、全然気づかなかった!
しかも、ずっと見てたって……え、僕を?
ずっと? ずっと!!?
やばい。気づかなかったこともそうだけど、これってちょっと恥ずかしくないかな?
うわわっ。なんだか顔が熱くなってきたよ!?
で、でもっ。なんで?
「食べない、の?」
「食べますよ。後で」
「おなか……空いてない?」
「それよりも、夢中になれるものがあったので」
……僕って見世物?
食事よりもこっち見てるほうが楽しいの? いや、全然楽しくないよ?
はっ。もしやこれは、ご飯を食べてるときの同時進行テレビ感覚ってやつなのか!?
「気に障りましたか?」
「いや、それは全然……」
見られていただけですし。
それに。
「僕も食べてばっかりで、その、ごめんなさい」
旦那さまそっちのけで食べ物に夢中って、普通ならきっと、よくないことだよね。
こんなにいろいろしてもらってるのに、僕はお礼すらろくに言えてなかったんだ。
ちゃんと、言わなくちゃ。
「ごはん、美味しかったです。ありがとうございます」
「それはよかった」
「それから……服も、ありがとうございます」
そう言って、僕は今着ている服を見下ろした。
そう。食事の前に連れて行かれたブランド店で、僕は服を新調してもらったんだ。
元々そうさせるつもりだったのか、すでにそれは用意されていて、流行に沿ったデニムとジャケットは僕にジャストフィットだった。
その他にも何着か試着してみたけど、僕にとってはこれが一番動きやすくて、海さん曰く一番似合っているとのことだった。
だから、こんなにお洒落なお店でも、臆することなんて全然なかったんだ。
「近日中に、また来ましょうか。今度は、貴方の好みに合わせて新調しましょう」
海さんはやんわりとそう言った。
でも、もうすでにこんなにしてもらってるのに、これ以上はなんだか、申し訳ない気がする。
「あのね。少ないけど、僕の私服なら宅配で送ってもらえるそうだから……」
大丈夫、と続けたかったんだけど。
「少ないなら、なおさらいるでしょう」
遠慮は要りません、と。
海さんは大人だった。
そして僕は子どもだった。
大人ってかっこいいなぁ。
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