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突撃! 新婚さんの晩御飯
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僕は誰ともなく手の平を翳して順番を回すと、一番小さな女の子がその表情を変えることなく、ゆっくりと口を開いた。
「初めまして。牧村廻です。私立聖マリアンヌ女学園、高等部に通っています。趣味は柳と二人で遊びに行くことです」
よろしくお願いします、と。ソファに座ったまま、ペコリとおじぎをする廻。すると、ようやく僕から視線を移した海さんが、彼女と同じく無表情なままで小さく頭を下げた。そして淡々と挨拶の言葉を口にする。
「こちらこそ初めまして。私は紫瞠海と申します。紫瞠柳の夫です。歳は先月で二十七になりました。自営業を営んでいます。趣味は……」
「うみゃうっ!?」
と、ここで。隣に座る僕のほっぺを、その長い指で思いきり引っ張る海さん。突然の事態に悲鳴を上げると、それに満足したのか、素敵なまでの笑みを浮かべてから……
「妻の頬を引っ張ることです」
紹介を終えた。
「「「てめぇ!」」」
これに対して、自己紹介をまだ済ませていない三人が、声を上げて立ち上がる。
ダメだよって三人を止めようとしたけど、それはまだなお僕のほっぺを離さない海さんによって静かに制される。
「ガキですね」
「……っ!」
あう。痛い言葉っ。
みょんっとほっぺを僕に戻すと、海さんは「ふぅ」と呆れたような短いため息を吐いた。そして……
「それで? そこで今まさに私に掴みかからんとする自己紹介すら碌にできない、どころか初対面の相手に対し目上の者を見下す二人称で話を切りだそうとした言葉遣いもなっていない若輩者のお三方はさておくとして……」
ちゃんと自己紹介ができた廻へと身体を向け、お客さまとしての対応を持って、話を聴く姿勢をとった。
「お話とやらを聞かせて頂けますか?」
すっかり海さんペースになってしまっているけれど、大人の対応っていうのはこうなのかもしれない。いや、これは極端な例かもしれないけれど、元々海さんはちゃんとお話を聴くつもりがあったんだ。それなのに、ちゃんと挨拶をしないだけでなく、話の切り出し方も目上の人に対してのものじゃなかったみんなに怒ったんだろう。みんなが遊びに来てくれたことで舞い上がっちゃってた僕も同罪だね。
ごめんなさい、海さん。僕は心の中で反省する。
「しかし……」
「?」
「なるべく手短にして下さいね。妻と二人きりで過ごすためのせっかくの休日を割いてまで、礼儀知らずの未成年を我が家に招き入れたのですから。今こうして対面していることですらも非情に不愉快なことこの上ないのですよ。なので、要点を明確に、かつ手短にお願いします」
ホントにごめんね、海さん! 僕は心の中で猛省する。
対面する廻も、呆気にとられたかのようでぽかんと口を開けてたけど、すぐに切り替えたみたいで真っ直ぐに海さんを見つめた。
そして、意を決したように……。
「柳にとって、大事なお話です。まず一番に、柳に知ってもらいたいことです。そして一緒に暮らしている貴方にも……です」
廻は男の人が苦手だ。葉月たちはもう慣れたけど、彼らと初めて会ってしばらくは、一言さえも碌に出ない程だった。だからこうして海さんと話すのも、相当緊張しているはずなんだ。
でも、その廻が今、こうして話すのは……。
「柳」
「なに?」
名前を呼ばれて廻に顔を向ける。廻は一瞬だけ目を伏せてから、僕に質問をした。
「蒼さんとは、今でも連絡を取ってるの?」
蒼。蒼さん。
ああ、すっごく久しぶりに、その名前を聞いたかも。
ん? 違うか。そういや先日、真が言ってたかも。
真藤蒼さん。僕が真城でお世話になる前の、「奉公」に行ってた家のおじさん。何年くらいいたっけ? 色んな家を回ったけど、蒼さんのお家が一番長かったんだよね。小学校に上がってからだから、八、九年くらい? 中学の時も蒼さんの家にいたから、彼は廻とも面識がある。
その蒼さんのことを言ってるんだろうけど、廻からの質問の答えはと言えば。
「たまにかな。といっても、電話だと留守電ばかりだし、真城で暮らすようになってからは顔も見ていないし。でも、近況は伝えた方が良いと思って、電話をかけるときはあるよ」
結婚をしてすぐに電話で連絡したね。相変わらず、留守電だったけど。でも、確か元々、電話嫌いだったよね、あの人。だから、あんまり気にしてなかった。
「たまに、なんだね」
「うん。たま~に」
そう、と廻は呟いた。蒼さんがどうかしたんだろうか?
僕は廻の言葉を待った。すると、彼女は困ったように、滅多に動かさない眉をハの字にさせる。
「私、ね。今、いっぱい話したいことがあるの。でも、とても緊張しているから。何から話せばいいのかわからないの」
知ってるよ。僕はにこっと笑った。
でも、廻は自分から話すことを誰かに任せることはしない。廻はいっぱい話したいことがあると言ったから、僕はその言葉を待つんだ。
僕が笑ったことで安心したのか、緩やかに眉を戻すと、彼女は「ありがとう」と、再び口を動かした。
「柳がね、一番大変な時に、私は何もできなかったし、何の役にも立たなかった。今もね、柳にとって何が一番いいのかもわからないの。でも、これだけは言いたかった」
そして、スッと息を吸い込んで。
「私、蒼さんのことが大嫌い」
「初めまして。牧村廻です。私立聖マリアンヌ女学園、高等部に通っています。趣味は柳と二人で遊びに行くことです」
よろしくお願いします、と。ソファに座ったまま、ペコリとおじぎをする廻。すると、ようやく僕から視線を移した海さんが、彼女と同じく無表情なままで小さく頭を下げた。そして淡々と挨拶の言葉を口にする。
「こちらこそ初めまして。私は紫瞠海と申します。紫瞠柳の夫です。歳は先月で二十七になりました。自営業を営んでいます。趣味は……」
「うみゃうっ!?」
と、ここで。隣に座る僕のほっぺを、その長い指で思いきり引っ張る海さん。突然の事態に悲鳴を上げると、それに満足したのか、素敵なまでの笑みを浮かべてから……
「妻の頬を引っ張ることです」
紹介を終えた。
「「「てめぇ!」」」
これに対して、自己紹介をまだ済ませていない三人が、声を上げて立ち上がる。
ダメだよって三人を止めようとしたけど、それはまだなお僕のほっぺを離さない海さんによって静かに制される。
「ガキですね」
「……っ!」
あう。痛い言葉っ。
みょんっとほっぺを僕に戻すと、海さんは「ふぅ」と呆れたような短いため息を吐いた。そして……
「それで? そこで今まさに私に掴みかからんとする自己紹介すら碌にできない、どころか初対面の相手に対し目上の者を見下す二人称で話を切りだそうとした言葉遣いもなっていない若輩者のお三方はさておくとして……」
ちゃんと自己紹介ができた廻へと身体を向け、お客さまとしての対応を持って、話を聴く姿勢をとった。
「お話とやらを聞かせて頂けますか?」
すっかり海さんペースになってしまっているけれど、大人の対応っていうのはこうなのかもしれない。いや、これは極端な例かもしれないけれど、元々海さんはちゃんとお話を聴くつもりがあったんだ。それなのに、ちゃんと挨拶をしないだけでなく、話の切り出し方も目上の人に対してのものじゃなかったみんなに怒ったんだろう。みんなが遊びに来てくれたことで舞い上がっちゃってた僕も同罪だね。
ごめんなさい、海さん。僕は心の中で反省する。
「しかし……」
「?」
「なるべく手短にして下さいね。妻と二人きりで過ごすためのせっかくの休日を割いてまで、礼儀知らずの未成年を我が家に招き入れたのですから。今こうして対面していることですらも非情に不愉快なことこの上ないのですよ。なので、要点を明確に、かつ手短にお願いします」
ホントにごめんね、海さん! 僕は心の中で猛省する。
対面する廻も、呆気にとられたかのようでぽかんと口を開けてたけど、すぐに切り替えたみたいで真っ直ぐに海さんを見つめた。
そして、意を決したように……。
「柳にとって、大事なお話です。まず一番に、柳に知ってもらいたいことです。そして一緒に暮らしている貴方にも……です」
廻は男の人が苦手だ。葉月たちはもう慣れたけど、彼らと初めて会ってしばらくは、一言さえも碌に出ない程だった。だからこうして海さんと話すのも、相当緊張しているはずなんだ。
でも、その廻が今、こうして話すのは……。
「柳」
「なに?」
名前を呼ばれて廻に顔を向ける。廻は一瞬だけ目を伏せてから、僕に質問をした。
「蒼さんとは、今でも連絡を取ってるの?」
蒼。蒼さん。
ああ、すっごく久しぶりに、その名前を聞いたかも。
ん? 違うか。そういや先日、真が言ってたかも。
真藤蒼さん。僕が真城でお世話になる前の、「奉公」に行ってた家のおじさん。何年くらいいたっけ? 色んな家を回ったけど、蒼さんのお家が一番長かったんだよね。小学校に上がってからだから、八、九年くらい? 中学の時も蒼さんの家にいたから、彼は廻とも面識がある。
その蒼さんのことを言ってるんだろうけど、廻からの質問の答えはと言えば。
「たまにかな。といっても、電話だと留守電ばかりだし、真城で暮らすようになってからは顔も見ていないし。でも、近況は伝えた方が良いと思って、電話をかけるときはあるよ」
結婚をしてすぐに電話で連絡したね。相変わらず、留守電だったけど。でも、確か元々、電話嫌いだったよね、あの人。だから、あんまり気にしてなかった。
「たまに、なんだね」
「うん。たま~に」
そう、と廻は呟いた。蒼さんがどうかしたんだろうか?
僕は廻の言葉を待った。すると、彼女は困ったように、滅多に動かさない眉をハの字にさせる。
「私、ね。今、いっぱい話したいことがあるの。でも、とても緊張しているから。何から話せばいいのかわからないの」
知ってるよ。僕はにこっと笑った。
でも、廻は自分から話すことを誰かに任せることはしない。廻はいっぱい話したいことがあると言ったから、僕はその言葉を待つんだ。
僕が笑ったことで安心したのか、緩やかに眉を戻すと、彼女は「ありがとう」と、再び口を動かした。
「柳がね、一番大変な時に、私は何もできなかったし、何の役にも立たなかった。今もね、柳にとって何が一番いいのかもわからないの。でも、これだけは言いたかった」
そして、スッと息を吸い込んで。
「私、蒼さんのことが大嫌い」
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