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その命あるかぎり…誓えますか?【葉月 side】
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俺がげんなりしていると、それまで黙って話を聞いていた草加部が赤髪野郎へと尋ねた。
「わざわざ学校を転校させたのも、紫瞠の為なんですか?」
こいつはほんとに蚊帳の外だったってのに、柳に惚れてるからなのかちゃっかり事の顛末を聞いてんだよな。俺が二年以上かけて聞けたことを、いともあっさりとよ。
けどそうだ。柳をわざわざ転校させたのはやっぱり本来の力を発揮させるためなのか?
すると意外にも赤髪野郎は首を横に振った。
「本来の成績を発揮させるきっかけにはなると思いましたが、殆ど私のエゴですね。あの子にも言った通り、あのまま共学だといずれは女生徒に言い寄られてしまうでしょうから」
転校前、俺や廻がいたから女生徒はおろか誰かに言い寄られることはなかったけど、目立ってた時の柳を知ってる子がいたのも事実だしな。告白されてたし。
でもそれなら……
「確かに本来の柳は女にもモテるけれど……それが理由なら男子校の方がやべえだろ。此奴みたいなのもいるし」
「ああ゛?」
草加部を指差すと、どっから出るのかドスの効いた声を出して俺を睨んだ。こええけど、さっきの赤髪野郎ほどじゃない。
その時、タイミングを見計らったかのようにやって来たのが……。
「それなら心配には及ばねえよ。柳はそんじょそこらの連中よか強えから」
「真城のおっさん!」
赤いアロハシャツを着た真城のおっさんが普段と変わらない調子で顔を出した。奥で寛ぐじいちゃんに顔を向けると、ペコリと頭だけを下げてズカズカと中に入ってくる。
「男相手には喧嘩できても、女相手には手が出せないからな柳は……っと!!」
「きゃっ!!」
そのおっさんから驚愕の声が出たのは、ガアン! っていう、何か重くて硬いものが部屋の縁に当たった時だった。魅色の姉ちゃんも小さな悲鳴をあげた。
音に驚いて目を見開くと、床には硝子の灰皿がカタカタと音を立てて踊っていた……って、は? 何、今これ飛んできたの? これが? どっから?
視線を泳がすと、赤髪野郎がボールを投げる要領で真城のおっさんへと手を伸ばしてそのおっさんをこれでもかってほど睨み付けていた。
こっえええ! 何これ、赤髪野郎が投げたの? 硝子の灰皿を? 蒼のおっさんの話といい好きだな、灰皿!
ビビってそそくさと草加部の隣に移ると、草加部は嫌そうな顔をしたが何も言わずにそれを許してくれた。魅色の姉ちゃんもまた俺の隣へと寄ってきた。
そんなビビる俺らに気も遣わない赤髪野郎は短く嘆息して手を下ろすと、真城のおっさんへと頭を軽く下げた。
「よく来てくれましたね。柳なら別室で休んでますよ」
「手荒い歓迎だなぁ、おい。当たったらお前、マエが付いてたぞ」
「当たらないよう配慮してあげたでしょう。感謝してください」
どうぞ、と。赤髪野郎が自分の前に座るよう手招きをする。真城のおっさんは頭をボリボリと掻きながらでけぇケツをどっかりと座布団の上に落とした。ちなみにじいちゃんは……おい、長旅だったからって寝るのかよ。この状況で。
「ったく……そういや、あの女は?」
あの女、とは。俺が来るよりも前に、柳へ因縁をつけやがったという奴のこと。ある意味、その女がいなければ進まなかったことかもしんねえけど、その女が馬鹿なことをしなければそもそも柳は事故にも遭わなかっただろう。その元凶である女は……
「ああ、少しだけ話したら大人しくなりましたよ。今は別室にて待機して頂いてます」
って、何でもないように赤髪野郎は言ったけど、俺の隣にいる草加部が大人しいのはただ外面が良いだけじゃない。これには理由がある。
見ちまったらしい。柳が気を失った瞬間まで傍にいたというこいつは、赤髪野郎によって一瞬で絶望へと落とされた女の末路を。具体的に何をされたのか、何を言われたのかはわかんねえけど、いま両隣にいる草加部と魅色の姉ちゃんの顔が強張ってんのを目にして聞かない方が己の為だと悟ったから、俺は自分が偉いと思う。
「じゃあ一緒に連れてきたウチのに送らせるわ……海よぉ。お前、もうちょい綾瀬を優しく扱ってやれよ。朝っぱらからウチまで迎えに走らされんのは幾ら若いからってキツいぞ。可哀想に……目の下にクマまで作ってよ」
「それはこっちの女に言ってください。昨夜は寝かせて貰えなかったそうですから」
「おお、魅色。何よ、お前。昨夜、励んじゃったのか?」
「その言い方、龍一様でも不快ですから止めてくださる!?」
おお、魅色の姉ちゃん。結構、煩いのな。元気になったのはいいけど、俺の耳元でぎゃあぎゃあ喚くのは止めて欲しいわ。
そうこうしてるうちに、若い別の男の人が騒がしくなった部屋に入室した。スーツを着たこれまた美形の大人。微妙に茶の入った黒髪だけど真面目そうな印象の。この人がきっと……
「只今、戻りました」
「お帰りなさい、綾瀬。御苦労様でした」
魅色の姉ちゃんの旦那って人か。なんなの、この顔面偏差値の高さ。魅色の姉ちゃんもあの廻に負けず劣らずの美人だけど、柳の周りが美形だらけなのって何かの引力が働いてんの?
そう俺が考えていると、隣の草加部が綾瀬って人の顔を見るなり驚いた様子で立ち上がった。
「あなたはっ……!?」
「何、知り合い?」
思わず尋ねた俺。すると草加部は口元を抑えつつもゆっくりと座り直して俺に聞こえるようにボソリと言った。
「『レッド』の初代ヘッドだよ……あの人は……!」
………………は?
「わざわざ学校を転校させたのも、紫瞠の為なんですか?」
こいつはほんとに蚊帳の外だったってのに、柳に惚れてるからなのかちゃっかり事の顛末を聞いてんだよな。俺が二年以上かけて聞けたことを、いともあっさりとよ。
けどそうだ。柳をわざわざ転校させたのはやっぱり本来の力を発揮させるためなのか?
すると意外にも赤髪野郎は首を横に振った。
「本来の成績を発揮させるきっかけにはなると思いましたが、殆ど私のエゴですね。あの子にも言った通り、あのまま共学だといずれは女生徒に言い寄られてしまうでしょうから」
転校前、俺や廻がいたから女生徒はおろか誰かに言い寄られることはなかったけど、目立ってた時の柳を知ってる子がいたのも事実だしな。告白されてたし。
でもそれなら……
「確かに本来の柳は女にもモテるけれど……それが理由なら男子校の方がやべえだろ。此奴みたいなのもいるし」
「ああ゛?」
草加部を指差すと、どっから出るのかドスの効いた声を出して俺を睨んだ。こええけど、さっきの赤髪野郎ほどじゃない。
その時、タイミングを見計らったかのようにやって来たのが……。
「それなら心配には及ばねえよ。柳はそんじょそこらの連中よか強えから」
「真城のおっさん!」
赤いアロハシャツを着た真城のおっさんが普段と変わらない調子で顔を出した。奥で寛ぐじいちゃんに顔を向けると、ペコリと頭だけを下げてズカズカと中に入ってくる。
「男相手には喧嘩できても、女相手には手が出せないからな柳は……っと!!」
「きゃっ!!」
そのおっさんから驚愕の声が出たのは、ガアン! っていう、何か重くて硬いものが部屋の縁に当たった時だった。魅色の姉ちゃんも小さな悲鳴をあげた。
音に驚いて目を見開くと、床には硝子の灰皿がカタカタと音を立てて踊っていた……って、は? 何、今これ飛んできたの? これが? どっから?
視線を泳がすと、赤髪野郎がボールを投げる要領で真城のおっさんへと手を伸ばしてそのおっさんをこれでもかってほど睨み付けていた。
こっえええ! 何これ、赤髪野郎が投げたの? 硝子の灰皿を? 蒼のおっさんの話といい好きだな、灰皿!
ビビってそそくさと草加部の隣に移ると、草加部は嫌そうな顔をしたが何も言わずにそれを許してくれた。魅色の姉ちゃんもまた俺の隣へと寄ってきた。
そんなビビる俺らに気も遣わない赤髪野郎は短く嘆息して手を下ろすと、真城のおっさんへと頭を軽く下げた。
「よく来てくれましたね。柳なら別室で休んでますよ」
「手荒い歓迎だなぁ、おい。当たったらお前、マエが付いてたぞ」
「当たらないよう配慮してあげたでしょう。感謝してください」
どうぞ、と。赤髪野郎が自分の前に座るよう手招きをする。真城のおっさんは頭をボリボリと掻きながらでけぇケツをどっかりと座布団の上に落とした。ちなみにじいちゃんは……おい、長旅だったからって寝るのかよ。この状況で。
「ったく……そういや、あの女は?」
あの女、とは。俺が来るよりも前に、柳へ因縁をつけやがったという奴のこと。ある意味、その女がいなければ進まなかったことかもしんねえけど、その女が馬鹿なことをしなければそもそも柳は事故にも遭わなかっただろう。その元凶である女は……
「ああ、少しだけ話したら大人しくなりましたよ。今は別室にて待機して頂いてます」
って、何でもないように赤髪野郎は言ったけど、俺の隣にいる草加部が大人しいのはただ外面が良いだけじゃない。これには理由がある。
見ちまったらしい。柳が気を失った瞬間まで傍にいたというこいつは、赤髪野郎によって一瞬で絶望へと落とされた女の末路を。具体的に何をされたのか、何を言われたのかはわかんねえけど、いま両隣にいる草加部と魅色の姉ちゃんの顔が強張ってんのを目にして聞かない方が己の為だと悟ったから、俺は自分が偉いと思う。
「じゃあ一緒に連れてきたウチのに送らせるわ……海よぉ。お前、もうちょい綾瀬を優しく扱ってやれよ。朝っぱらからウチまで迎えに走らされんのは幾ら若いからってキツいぞ。可哀想に……目の下にクマまで作ってよ」
「それはこっちの女に言ってください。昨夜は寝かせて貰えなかったそうですから」
「おお、魅色。何よ、お前。昨夜、励んじゃったのか?」
「その言い方、龍一様でも不快ですから止めてくださる!?」
おお、魅色の姉ちゃん。結構、煩いのな。元気になったのはいいけど、俺の耳元でぎゃあぎゃあ喚くのは止めて欲しいわ。
そうこうしてるうちに、若い別の男の人が騒がしくなった部屋に入室した。スーツを着たこれまた美形の大人。微妙に茶の入った黒髪だけど真面目そうな印象の。この人がきっと……
「只今、戻りました」
「お帰りなさい、綾瀬。御苦労様でした」
魅色の姉ちゃんの旦那って人か。なんなの、この顔面偏差値の高さ。魅色の姉ちゃんもあの廻に負けず劣らずの美人だけど、柳の周りが美形だらけなのって何かの引力が働いてんの?
そう俺が考えていると、隣の草加部が綾瀬って人の顔を見るなり驚いた様子で立ち上がった。
「あなたはっ……!?」
「何、知り合い?」
思わず尋ねた俺。すると草加部は口元を抑えつつもゆっくりと座り直して俺に聞こえるようにボソリと言った。
「『レッド』の初代ヘッドだよ……あの人は……!」
………………は?
応援ありがとうございます!
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