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奥さまは旦那さまに恋をしました
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ドキドキしながら璃々子さんの反応を見ていると、当の璃々子さんは黙ったまま僕を見つめている。
「……」
「えっと……」
だめ、だったかな……。
何も言わない璃々子さんから視線を少しだけ下げると、床にポタポタと何かが落ちてきた。
びっくりして顔を上げると、璃々子さんの目元からはボロボロと大粒の涙が溢れていた。
「もう……もうっ、我慢してたのにっ……! もう! もうこの子ったら……!」
「わぶっ!」
お化粧をしっかりと施し笑顔を見せていたその顔を、ぐしゃぐしゃに崩して璃々子さんは僕を強く抱き締めた。
「こんなに大きくなって……! ああ……ああ! 会いたかった!!」
会いたかった。その言葉に、僕は胸が締め付けられるようだった。気づいた時には、僕の目元からも温かい何かが溢れ落ちていた。
僕は璃々子さんの小さな身体を抱き締めた。そして身体に触れたことでようやくわかった。璃々子さんが小さくなったのは、僕が大きくなったからだけじゃない。璃々子さんの身体は痩せていた。だからお着物を着て体型を隠していたんだと。
僕は璃々子さんを抱き締めながら謝った。
「ご、ごめんなさ……うっ、うえっ……ひっく、ごめんなさいっ……! おかあさんっ……!」
「いいの……いいのよ……ああ、良かった……本当に……!」
「うん……うんっ!」
璃々子さんがわんわんと泣いて、僕もわんわんと泣いた。
ああ、泣いてばかりだな。でも、嫌じゃない……すごく気持ちのいい涙だ。
ひとしきり泣いた後、お母さんがハンカチで涙を拭いながらふふっと照れたように笑った。
「もう。折角お化粧したのに、台無しだわ」
赤くなった目元と鼻を恥ずかしそうに隠すお母さん。たぶん、僕の目元と鼻も同じことになっているんだろう。お母さんはハンカチを裏返し重ねると、僕の顔を優しく拭いてくれた。ちょっとだけ照れ臭かったけれど、久々のお母さんの優しさに僕は甘えることにする。
「お母さんはお化粧しなくても綺麗だよ」
「あら、うちの息子は嬉しいこと言ってくれるわね。どっかのでかいのとは大違いだわ」
「そのでかいのとはオレのことか?」
そう言ったところで、海さんが何かを引きながら戻ってきた。タイミングがいいから、もしかしたら僕たちが泣き終わるまで待っててくれたのかもしれない。
璃々子さんが口元を抑えながら、「それ」を確認すると、僕の背を押して前に出るよう促した。
「ほら……貴方。柳ちゃんよ。来てくれたのよ」
「あ……」
海さんが「それ」をさらに引くと、そこにいたのは……
「蒼、さん……」
白髪の混じった、赤い髪。皺が増えた顔。海さんと同じ黒い瞳が、僕をギロリと睨み上げる。
二年でめっきり老けたように見えるけれど、その面持ちは変わらない蒼さんだった。車椅子にお尻を乗せて、半開きになった唇からは舌をだらりと出している。
立ったままの僕は必然的に蒼さんを見下ろす形になる。蒼さんが僕に笑いかけるなんてことは絶対にない。久々の再会だとしても、蒼さんは相変わらずだった。
だらりと出した舌はそのままに、蒼さんは僕に向かって「口悪く」言った。
「…………ぁ、ぅ…………ぃ、ぁ……ぁっ、ぁ……ぁ…………」
そんな蒼さんを見下ろし僕が黙ったままでいると、僕の後ろの璃々子さんが蒼さんに向かって嗜める。
「もう。来やがったな、じゃないでしょ! またそんな口を利いて……ごめんなさいね、柳ちゃん。相変わらずこの人……」
「蒼さんっ!!」
璃々子さんの言葉を最後まで聞かず、僕は蒼さんに抱きついた。顔を見た瞬間から、もう抑えられそうになかったから。
僕よりずっとずっと大きかった蒼さん。その身体は前よりも細く、小さくなっていたけれど、僕を睨む目は全く変わっていなかった。
「……ぉ、ぃ……」
「蒼さんっ……蒼さんっ、蒼さっ……うわあああん!」
海さんに聞いていた。僕が事故に遭った日、蒼さんも倒れてしまったことを。その後、身体の半身が麻痺になってしまい、さらには言語障害を抱えてしまったことを。
それでも僕が蒼さんのお家に留守電を入れると、そのメッセージは必ず聞いてくれていたことを。
僕はどけと言う蒼さんに構わず、思い切り泣いて抱き締めた。前だったらもう落ちているだろう拳骨はない。でも、蒼さんはわんわん喚く僕に鬱陶しそうに言った。
「…………ぉ、ぃ…………ぉぉ、ぃ…………」
「うえっ……重くっ……ひっく……ないもっ……ないもん~!」
「…………ぉ、ん……ぁ、ぉぅ…………」
「うえっ、うっ、ひっ……会いたかったよぉぉ……こんにゃろ~……!」
拳骨は落ちてこない。その代わり、嗚咽を漏らす僕の背中を、蒼さんがゆっくりと手を伸ばして擦ってくれた。
ようやく、会えた。僕の大切で、大好きな人たち。
ようやく。ようやく……。
「ひっく……ごめんっ、ごめんね……ただいまぁ……!」
「……ぉ、ぅ…………ぉ、ぁ……ぇぃ…………」
「……」
「えっと……」
だめ、だったかな……。
何も言わない璃々子さんから視線を少しだけ下げると、床にポタポタと何かが落ちてきた。
びっくりして顔を上げると、璃々子さんの目元からはボロボロと大粒の涙が溢れていた。
「もう……もうっ、我慢してたのにっ……! もう! もうこの子ったら……!」
「わぶっ!」
お化粧をしっかりと施し笑顔を見せていたその顔を、ぐしゃぐしゃに崩して璃々子さんは僕を強く抱き締めた。
「こんなに大きくなって……! ああ……ああ! 会いたかった!!」
会いたかった。その言葉に、僕は胸が締め付けられるようだった。気づいた時には、僕の目元からも温かい何かが溢れ落ちていた。
僕は璃々子さんの小さな身体を抱き締めた。そして身体に触れたことでようやくわかった。璃々子さんが小さくなったのは、僕が大きくなったからだけじゃない。璃々子さんの身体は痩せていた。だからお着物を着て体型を隠していたんだと。
僕は璃々子さんを抱き締めながら謝った。
「ご、ごめんなさ……うっ、うえっ……ひっく、ごめんなさいっ……! おかあさんっ……!」
「いいの……いいのよ……ああ、良かった……本当に……!」
「うん……うんっ!」
璃々子さんがわんわんと泣いて、僕もわんわんと泣いた。
ああ、泣いてばかりだな。でも、嫌じゃない……すごく気持ちのいい涙だ。
ひとしきり泣いた後、お母さんがハンカチで涙を拭いながらふふっと照れたように笑った。
「もう。折角お化粧したのに、台無しだわ」
赤くなった目元と鼻を恥ずかしそうに隠すお母さん。たぶん、僕の目元と鼻も同じことになっているんだろう。お母さんはハンカチを裏返し重ねると、僕の顔を優しく拭いてくれた。ちょっとだけ照れ臭かったけれど、久々のお母さんの優しさに僕は甘えることにする。
「お母さんはお化粧しなくても綺麗だよ」
「あら、うちの息子は嬉しいこと言ってくれるわね。どっかのでかいのとは大違いだわ」
「そのでかいのとはオレのことか?」
そう言ったところで、海さんが何かを引きながら戻ってきた。タイミングがいいから、もしかしたら僕たちが泣き終わるまで待っててくれたのかもしれない。
璃々子さんが口元を抑えながら、「それ」を確認すると、僕の背を押して前に出るよう促した。
「ほら……貴方。柳ちゃんよ。来てくれたのよ」
「あ……」
海さんが「それ」をさらに引くと、そこにいたのは……
「蒼、さん……」
白髪の混じった、赤い髪。皺が増えた顔。海さんと同じ黒い瞳が、僕をギロリと睨み上げる。
二年でめっきり老けたように見えるけれど、その面持ちは変わらない蒼さんだった。車椅子にお尻を乗せて、半開きになった唇からは舌をだらりと出している。
立ったままの僕は必然的に蒼さんを見下ろす形になる。蒼さんが僕に笑いかけるなんてことは絶対にない。久々の再会だとしても、蒼さんは相変わらずだった。
だらりと出した舌はそのままに、蒼さんは僕に向かって「口悪く」言った。
「…………ぁ、ぅ…………ぃ、ぁ……ぁっ、ぁ……ぁ…………」
そんな蒼さんを見下ろし僕が黙ったままでいると、僕の後ろの璃々子さんが蒼さんに向かって嗜める。
「もう。来やがったな、じゃないでしょ! またそんな口を利いて……ごめんなさいね、柳ちゃん。相変わらずこの人……」
「蒼さんっ!!」
璃々子さんの言葉を最後まで聞かず、僕は蒼さんに抱きついた。顔を見た瞬間から、もう抑えられそうになかったから。
僕よりずっとずっと大きかった蒼さん。その身体は前よりも細く、小さくなっていたけれど、僕を睨む目は全く変わっていなかった。
「……ぉ、ぃ……」
「蒼さんっ……蒼さんっ、蒼さっ……うわあああん!」
海さんに聞いていた。僕が事故に遭った日、蒼さんも倒れてしまったことを。その後、身体の半身が麻痺になってしまい、さらには言語障害を抱えてしまったことを。
それでも僕が蒼さんのお家に留守電を入れると、そのメッセージは必ず聞いてくれていたことを。
僕はどけと言う蒼さんに構わず、思い切り泣いて抱き締めた。前だったらもう落ちているだろう拳骨はない。でも、蒼さんはわんわん喚く僕に鬱陶しそうに言った。
「…………ぉ、ぃ…………ぉぉ、ぃ…………」
「うえっ……重くっ……ひっく……ないもっ……ないもん~!」
「…………ぉ、ん……ぁ、ぉぅ…………」
「うえっ、うっ、ひっ……会いたかったよぉぉ……こんにゃろ~……!」
拳骨は落ちてこない。その代わり、嗚咽を漏らす僕の背中を、蒼さんがゆっくりと手を伸ばして擦ってくれた。
ようやく、会えた。僕の大切で、大好きな人たち。
ようやく。ようやく……。
「ひっく……ごめんっ、ごめんね……ただいまぁ……!」
「……ぉ、ぅ…………ぉ、ぁ……ぇぃ…………」
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