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番外編【夜凪は柳に想い馳せ】
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※~シーツの波間でカメが鳴く~の海sideです。
『それで、今日一日休むってこと?』
「立つどころか座ることさえままならない状態なのでね。明日についても状態を見て判断します」
『そう……じゃあ、俺もサボるわ』
「それを知ったら、あの子が悲しみますよ」
『柳がいないなら今日、学校に行く意味ねーもん。どうして野郎同士でハンバーグ作らなきゃいけねえんだよ。見舞いに行きたいけどアンタは通してくれなさそうだし、二度寝でもするわ。柳に頑張れって言っといて』
「ええ。それでは」
『……あ』
「何か?」
『スケベなことはすんなよ』
「それは約束できません。では」
全く……学業の成績は良くとも愚鈍で低俗なガキだな。
それを口に出さないだけマシだと思いながらオレは通話を切った。一分にも満たないような通話でも、仕方ないとはいえ相手が相手だからか気疲れする。
わざわざ柳の同級生に連絡を取ったのも、この片岡総合病院の院長の孫が毎朝必ず柳と一緒に登校するからだ。オレの出勤が早くなければ、オレが普段から柳を送っていくというのに。
しかしそこまで奪ってしまっては柳が窮屈な思いをするだろう。柳に対しての独占欲が強いことは自覚しているが、これでも抑えている方だ。
日に日に強くなっていく柳への感情。あのガキの前に義父の奨にも連絡をしたが、やはりと言うべきかここに来ると言ってきた。和解したとはいえオレはまだあの男を許してはいない。柳に会わせたくない……感情に任せたそんな理由で断りを入れたが、我ながら酷なことをしているなと若干呆れていた。
柳が父親に会いたいと懇願すれば連れてくる気はあるが、今はそれどころじゃないしな。仕方ない。
あの旅館での一件があって以降、それまで過度なストレスを溜めていた柳の身体は一気に成長を始めた。
本来ならば徐々に伸びるはずの身長も、止めていた二年間を一気に取り戻すかのようなスピードで伸びるせいか成長痛が酷いらしい。
昨夜から汗ばむほど魘され、痛みに堪えていた柳を見ては、学校はおろか誰かに会わせられるはずがない。
そう。こんな……
「痛い……痛い、痛い、痛いっ……い~た~い~!」
ウミガメの産卵のようなポーズで苦しむ柳の姿を目にしていては。
今朝から俯せになりベッドのシーツを握り締め、脚を藻掻きながら痛みに堪えている。オレの時も成長痛はあったが、これほどではなかった。
「いたいよおおおお……」
叫ばずにはいられないのだろう。しかし大いに苦しんでいるのはわかるが、だんだんと滑稽に見えてくる。何故だろう。昨夜はそうは思わなかったんだが。
一人で葛藤するその様を見下ろしながら、オレはベッドへと近づき柳に告げた。
「これでは登校出来そうにないな」
「海さん~!」
今朝から学校に行くと苦悶の表情で訴えてはいたが、無理だろう。たとえ登校できたとしても、授業を受けられるはずがない。どころか、今のように叫ばれていては周りの生徒に迷惑だろう。一日や二日休んだところでこの子の学力は一桁以内の上位だ。遅れもすぐに取り戻せる。真面目なのは結構だが、こんな時くらい気兼ねなく休めばいいのに。
半ば呆れるようにオレは言った。
「無理しないの」
「葉月がフライパン、焦がしちゃう~……!」
フライパン? ああ、あのガキが言っていたな。ハンバーグがどうのと……調理実習か。だったら尚更登校させられないだろう。それとも何か。お前はこの寝そべった状態でエプロンを纏い、三角巾を頭に巻いて調理場に赴くとでも?
想像したら笑いが込み上げてくるな。これ以上は考えないように、柳へ言葉を続けた。
「その片岡君に先ほど連絡しましたよ。お前が成長痛で痛がっているから今日は学校を休みます、と。彼もサボって今から二度寝をするそうです」
「それは駄目~……!」
自分のことをさておき、他人の心配をする柳は這いつくばりながらも枕元にある自分の携帯を取ってメールを打ち始めた。まあ、これもガキの策略だろう。メールとはいえ、自分に構ってもらえる。その分だけはオレでなく、自分が柳を独占できるという。
いちいち小賢しいな。そうはわかっていて、柳へあのガキの言うことを素直に教えたのはオレだけど。サボってここへ見舞いに来られるよりはまだマシだ。そう思ったからだ。
しかし。「ぜえぜえ」と呼吸をしながらメールを必死で打つ様は、やはり何というのか。
「まるでお産ですね……ここまで痛がっているお前を見れば、これから出産に臨む魅色もきっと励まされることでしょう。今日は大人しくしてなさい」
「うう~……!」
不快だなんだと言いつつちゃっかり孕んでいたあの女も、今年の冬には母になる。あの綾瀬が父になるのもなかなか想像しがたいが……今こうして苦しんでいる柳がまさに出産を迎える前の女のように見えたのは事実だ。柳が成長痛で苦しんでいることは彼らも知っていることだが、安定期前の女を寄越すなと綾瀬には言い聞かせてある。来ないだろうが、ここまでの様をあの女が見れば励まされるどころか嘆き悲しむかもしれないな。
そう考えていると、柳が思い出したかのようにオレに向かって。
「う~……はっ!? 海さん、もうお仕事の時間でしょ? 出勤しなきゃ!」
と、今更の声掛けをした。今から行っても遅刻は確定だし、オレが行けば奨がここへやってくるだろう。自分がいない中で他人に部屋を荒らされるなど、想像するだけでおぞましい。
「こんな状況のお前を残して出勤しろと? 奨に連絡しましたが、今すぐこちらに来ると言ってましたよ。断って仕事を投げておきましたから、心置きなくお前の傍にいられます。安心なさい」
「僕のお父さんを苛めないであげてね!?」
『それで、今日一日休むってこと?』
「立つどころか座ることさえままならない状態なのでね。明日についても状態を見て判断します」
『そう……じゃあ、俺もサボるわ』
「それを知ったら、あの子が悲しみますよ」
『柳がいないなら今日、学校に行く意味ねーもん。どうして野郎同士でハンバーグ作らなきゃいけねえんだよ。見舞いに行きたいけどアンタは通してくれなさそうだし、二度寝でもするわ。柳に頑張れって言っといて』
「ええ。それでは」
『……あ』
「何か?」
『スケベなことはすんなよ』
「それは約束できません。では」
全く……学業の成績は良くとも愚鈍で低俗なガキだな。
それを口に出さないだけマシだと思いながらオレは通話を切った。一分にも満たないような通話でも、仕方ないとはいえ相手が相手だからか気疲れする。
わざわざ柳の同級生に連絡を取ったのも、この片岡総合病院の院長の孫が毎朝必ず柳と一緒に登校するからだ。オレの出勤が早くなければ、オレが普段から柳を送っていくというのに。
しかしそこまで奪ってしまっては柳が窮屈な思いをするだろう。柳に対しての独占欲が強いことは自覚しているが、これでも抑えている方だ。
日に日に強くなっていく柳への感情。あのガキの前に義父の奨にも連絡をしたが、やはりと言うべきかここに来ると言ってきた。和解したとはいえオレはまだあの男を許してはいない。柳に会わせたくない……感情に任せたそんな理由で断りを入れたが、我ながら酷なことをしているなと若干呆れていた。
柳が父親に会いたいと懇願すれば連れてくる気はあるが、今はそれどころじゃないしな。仕方ない。
あの旅館での一件があって以降、それまで過度なストレスを溜めていた柳の身体は一気に成長を始めた。
本来ならば徐々に伸びるはずの身長も、止めていた二年間を一気に取り戻すかのようなスピードで伸びるせいか成長痛が酷いらしい。
昨夜から汗ばむほど魘され、痛みに堪えていた柳を見ては、学校はおろか誰かに会わせられるはずがない。
そう。こんな……
「痛い……痛い、痛い、痛いっ……い~た~い~!」
ウミガメの産卵のようなポーズで苦しむ柳の姿を目にしていては。
今朝から俯せになりベッドのシーツを握り締め、脚を藻掻きながら痛みに堪えている。オレの時も成長痛はあったが、これほどではなかった。
「いたいよおおおお……」
叫ばずにはいられないのだろう。しかし大いに苦しんでいるのはわかるが、だんだんと滑稽に見えてくる。何故だろう。昨夜はそうは思わなかったんだが。
一人で葛藤するその様を見下ろしながら、オレはベッドへと近づき柳に告げた。
「これでは登校出来そうにないな」
「海さん~!」
今朝から学校に行くと苦悶の表情で訴えてはいたが、無理だろう。たとえ登校できたとしても、授業を受けられるはずがない。どころか、今のように叫ばれていては周りの生徒に迷惑だろう。一日や二日休んだところでこの子の学力は一桁以内の上位だ。遅れもすぐに取り戻せる。真面目なのは結構だが、こんな時くらい気兼ねなく休めばいいのに。
半ば呆れるようにオレは言った。
「無理しないの」
「葉月がフライパン、焦がしちゃう~……!」
フライパン? ああ、あのガキが言っていたな。ハンバーグがどうのと……調理実習か。だったら尚更登校させられないだろう。それとも何か。お前はこの寝そべった状態でエプロンを纏い、三角巾を頭に巻いて調理場に赴くとでも?
想像したら笑いが込み上げてくるな。これ以上は考えないように、柳へ言葉を続けた。
「その片岡君に先ほど連絡しましたよ。お前が成長痛で痛がっているから今日は学校を休みます、と。彼もサボって今から二度寝をするそうです」
「それは駄目~……!」
自分のことをさておき、他人の心配をする柳は這いつくばりながらも枕元にある自分の携帯を取ってメールを打ち始めた。まあ、これもガキの策略だろう。メールとはいえ、自分に構ってもらえる。その分だけはオレでなく、自分が柳を独占できるという。
いちいち小賢しいな。そうはわかっていて、柳へあのガキの言うことを素直に教えたのはオレだけど。サボってここへ見舞いに来られるよりはまだマシだ。そう思ったからだ。
しかし。「ぜえぜえ」と呼吸をしながらメールを必死で打つ様は、やはり何というのか。
「まるでお産ですね……ここまで痛がっているお前を見れば、これから出産に臨む魅色もきっと励まされることでしょう。今日は大人しくしてなさい」
「うう~……!」
不快だなんだと言いつつちゃっかり孕んでいたあの女も、今年の冬には母になる。あの綾瀬が父になるのもなかなか想像しがたいが……今こうして苦しんでいる柳がまさに出産を迎える前の女のように見えたのは事実だ。柳が成長痛で苦しんでいることは彼らも知っていることだが、安定期前の女を寄越すなと綾瀬には言い聞かせてある。来ないだろうが、ここまでの様をあの女が見れば励まされるどころか嘆き悲しむかもしれないな。
そう考えていると、柳が思い出したかのようにオレに向かって。
「う~……はっ!? 海さん、もうお仕事の時間でしょ? 出勤しなきゃ!」
と、今更の声掛けをした。今から行っても遅刻は確定だし、オレが行けば奨がここへやってくるだろう。自分がいない中で他人に部屋を荒らされるなど、想像するだけでおぞましい。
「こんな状況のお前を残して出勤しろと? 奨に連絡しましたが、今すぐこちらに来ると言ってましたよ。断って仕事を投げておきましたから、心置きなくお前の傍にいられます。安心なさい」
「僕のお父さんを苛めないであげてね!?」
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