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外伝【なぜなら僕が天才だからだ!】
天才降臨、神田くん!
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【校長 side】
「どうした? 佳孝。もうギブアップか?」
「あっ……んんっ」
息が詰まりそうな紫煙を、コレの顔にフーッと吹きかける。ただでさえ俺の下で苦しくて喘ぐしか術のないコレは生意気にも、恨めしげな目でこちらを見上げてきた。ガキの癖になかなか端正な顔立ちだ。そして少々歪んだその表情が、俺の中の加虐心を擽らせる。
といっても、俺が先ほどからコレに与えているのは快楽だ。悦楽といってもいい。そう、俺は教えてやっているんだ。大人の楽しみ方を……一応、教師だからな。
「そろそろ達かせてやろうか?」
「ふぁっ……んっ」
コレの身体の中心で反り起つ先端を、指の腹で擽るように刺激してやった。すると、コレは艶かしい嬌声で切なげに解放を訴えてくる。根元を締めているのだからそれは当然だろう。
同時に俺を咥えた後の口もさらにキュッと締めつけてきた。この具合はさすがというべきか……ガキじゃなくてもたまんねぇな。
俺は煙草の火を灰皿でもみ消した。
「ご褒美だ」
ーーーー…
汗ばむ額に貼りつくグレーの前髪を指で梳いてやりながら、新しく一本を取り出した煙草に火をつけた。
二か月前に俺のトコに転校してきたグレーのガキ。神田佳孝はようやく俺が解放してやった後、ぐったりとベッドに身体を沈めた。
「水、飲むか?」
「ん……」
ベッドサイドに用意しておいたミネラルウォーターのペットボトルのキャップを開けて枕元に置いてやると、うつ伏せで寝ていたコレはのそのそと動いてそれを受け取った。散々喘がせたものだから身体がだるいのだろう。枕を台に上体を乗せ、それ以上は起きようとしなかった。
煙草の灰を灰皿に落としながら、上体を起こしていた俺はコレを見下ろした。
「で、今日は何人更生させたんだ? メシア様?」
「ゼロ」
すぐに答えを返してくるのがコレのいいところだ。中性的な容姿に見合うテノールは嫌な心地を与えない。
だが、答えの内容は俺の予想と違っていた。
「ゼロ、か」
俺が呟くと、コレは平然とした表情を変えず、しかし返事を渋らせた。
「今日は……身体を張ってから、しばらく動けなかったんだ」
「ああ」
その答えを聞いて、渋らせた理由はガキなりに言葉を選んだ所為だと悟った。
そういえばそうだった。体操着を着て校長室に来るもんだから、何をやったんだと問いただせばガキとヤった際に制服を汚したとのこと。
それが無性に気に喰わなかったため、足腰立てなくさせてやろうと思いそのまま奥の私室に連れ込んで抱いたわけだが。忘れていたな。
あ~、しかし……思い出すと腹が立つな。
「ガキは早くてつまらんだろう。たかだか、液晶画面の裸で悦び盛る野郎共だ」
そう言うと、ペットボトルのキャップを律儀に閉めているコレは、眠たそうな表情でこちらを見上げた。
「退屈なんて言葉の本当の意味を知らないガキだぞ。そんなガキがお前を満足させたとは思えないがな」
「僕もガキだけど」
そう言って、コレは短いため息を吐いた。そしてそのままゴソリとシーツに身を包ませる。
「泊まっていく気か?」
「ん……」
「家に連絡は?」
「二人ともアメリカにいるから家には誰もいないよ……心配なら留守電を入れておくけど、どうする校長?」
「家に帰ってもお前だけなら、意味がないだろうが」
素でこんな馬鹿発言をする高校男児の旋毛を俺は軽く小突いてやった。小さく、「あぅ」と声を漏らすも文句は言ってこない。
「アメリカね……お前、戻るつもりは?」
「ない」
「何だったか。電子工学……いや、メカトロニクス? だかの研究はもういいのか?」
「貴方は僕に、ホワイトになれというのか?」
「グレーより似合うかも知れんぞ?」
ふむ、と考える素振りを見せるも、返ってくる答えは「ノー」だった。
まぁ、わかっていたことではあるがな。
「ここを出てしまったら佳孝は、また退屈だもんな」
国際弁護士を父に持つコレは、生まれてから今までのほとんどを海外で過ごしてきたガキで、そこそこ裕福な家庭環境は特に問題ないらしい。父親が仕事で家をほとんど空けるもその分、専業主婦の母親が愛情を注いで育ててくれたそうだ。
だが、このガキの経歴は一般的とは言いがたいものだった。
類い稀なる、その驚異的な頭脳で僅か十四歳にして大学院の博士号を取得したといういわゆる天才児。
卒業した後は自分の研究室を持ち、遊ぶこともなく研究だらけの毎日を過ごしていたらしい。その内容は人間に最も近くそして不老不死者と称される者……つまり、アンドロイドの研究に没頭していたそうだ。
自身の生涯をかけて作り上げて見せるという常人には考えられないご立派な目標、そして夢を持ち過ごしてきたというこの天才。
しかし、十六歳になる直前でコレの髪の色に変化が表れた。元々ブラックだったコレの髪の色がグレーになるという異常。コレの母親は心配し、医師に診せたところ特に異常はなく、ストレス以外考えられないといわれたそうだ。その原因が研究にあると思った両親はコレの療養のために日本に帰国した。
しばらくは他所の日本の学校を転々としていたらしいが数ヵ月後、コレは俺の学園に転入を決意する。
しかし……
「信じられない話だよな」
「え?」
「いや、お前が俺の遥か上を行く天才だということは信じるさ。これまでの学歴に偽りはない。向こうにいたときに研究室を持って機械工学、電子工学、知能……まぁ、アレだ。ロボットを作っていたんだろう? 人工知能に加え意志を持ち、その上感情もある人間に最も近いアンドロイド。それを生涯の研究に定めたことも信じられる。だが……」
「それを作り出してしまったという事実は、信じられない……ということか?」
コレの髪の色はグレーだ。ホワイトに近くなりつつあるグレー。それは退屈で退屈で仕方がなく、抜け殻になる直前だったことを意味していた。
つまりはこういうことだ。
コレにとっての唯一の遊びは研究だった。その研究は生涯をかけても実現しないかもしれないという途方のないもの。しかしそれがコレの楽しみだった。
そのはずだった。
だが、コレは作ってしまったのだ。数々の研究者たちがいまなお続けている世界を震撼させかねない研究の成果を出してしまった。それもあっけなく。
だからコレは退屈になってしまった。自分でもそれに気がつかないまま。退屈になってしまったのだ。
シーツに包まったままのコレのグレーの髪に指を絡ませると、やけに柔らかい感触が伝わってきた。
「発表はしていないんだよな」
「その前に髪がこうなっていた。母に大変驚かれ、そのまま病院に連れて行かれ、そして日本に連れて行かれた」
「家族も知らないんだったか」
「研究の壁にぶつかった、もしくは研究のやり過ぎで頭がおかしくなりつつある、と……研究内容なんか、少しも知らないからな」
擽ったいのか、俺の指の動きを止めようと手を掴んできた。俺よりも間接一つ分は短い指……その小さな手で。
今、生み出そうとしているのはもう機械ではない。
「それでどうなんだ? まだ退屈か?」
視線を落したままの俺。コレは掴んでいた俺の手を離すと、サイドに置いてある伊達眼鏡に触れた。俺が虫除けにとコレに渡したものだったが……あっさりと他のガキに取られやがって。
「校長」
沸々と怒りが湧き上がり始めたとき、コレは穏やかに言った。
「僕は貴方に感謝している。貴方に会わなければ、きっとこの先も僕は十年一日で人生を終らせていたと思う」
「出会い頭、俺に犯されたのにか?」
「あれは強姦だったのか? なら犯罪だぞ」
コレは小さく笑った。
「貴方は知っていた。僕自身でも気づかなかった退屈を、僕がしているということに」
「礼を言うな。これはお前がこの学校を選んだ結果だ」
今までとはまったく違う環境に身を投じれば、何かが変わるかもしれない。この学校を選んだのは、そんな気まぐれだったという。
「だとしてもだ。すべては貴方の一言で始まったんだ」
『退屈しのぎに、ゲームをしてみないか?』
「この学校の不良という不良をすべて更生させて卒業させてやること。これがこのゲームの内容だ」
コレは触れていた眼鏡をその手に取り、スッとかける。流れるようなその仕草は、そこらのガキとは言えない何かを放っていた。
「楽しいか?」
「ああ。すごく」
これは艶やかに笑う。
以前聞いたことだが、このゲームは全てガチでやっているという。
今まで機械が相手だったコレは人と接する機会がほとんどなく、友達とよべる人間も皆無だったという。ましてや、恋愛なんて言葉だけしか知らないだろう。
だからこそ普通の会話をしようとも、天然の域を超えるコレにこの学校の生徒との会話はなかなか成り立たたない。ズレまくっている。馬鹿に馬鹿が混じったところでなんらおかしくはない。
だが生徒十一人を更生させたのは教師ではなく、確かにこの天才様だった。
昔の俺と同じ目をしたコレに気まぐれで出したこの案が、まさかこうも面白い展開になるとは思いもしなかった。
なるほど、天才とは未知なる可能性を秘めた生き物だということか。
まぁ、コレいわくセックスで何かの変化が表れたという今回の生徒に関しては、更生ではなく別の何かに変化していきそうだから、それはそれで面白そうだ。おそらくは、この天才を持ってしても思いもよらない展開になることだろう。
しかしその時は、俺も参加させてもらうとしよう。
「放っておいて横取りなんて、ガキにさせるかよ」
「ん? 何か言ったか?」
俺の独り言にきょとんとこちらに顔を向ける眼鏡のコレ。
話を全て聞いていたとしても、おそらく今のコレに理解はできないだろうな。
つーか、俺の時といい、今回のガキの時といい、コレにとってセックスはなんなんだ。
「校長? どうしたんだ?」
「いーや。何でも」
「わわっ」
手をグレーの頭に乗せ、わしゃわしゃと髪型を乱してやれば、子どものような声を上げる。
こんなところはやっぱりガキだ。天才だろうが馬鹿だろうが、ガキはガキだ。
これで友達と呼べる連中ができるのなら、それはそれでいいさ。
屑と呼ばれ、遠巻きにされている連中が集まるとされるこの学園でだ。
何かが、変わっていくのだとしたら……。
まったく、先が楽しみじゃないか。
「いっそ革命を起こしてみせろ。俺を退屈させるな」
鳥の巣のようにぐしゃぐしゃに乱してやった髪から一本だけ、ブラックが混じっているのを俺は見つけた。
そんなことは露知らず、コレは眼鏡を少しだけずらしてこう言った。
「もちろん。なぜなら、僕が天才だからだ」
END.
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