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アリア五歳
アイドクレーズ
しおりを挟む「アリア、領地の散策をしにいかないか?」
「さんさくですか?」
キョトンとして首を傾げ、窓の外を眺める。その瞳は緑の平原を見ているけど、外に出るという事には何か心配があるようだった。王都にある屋敷から、暑い時期の避暑にと領地に帰ってきているけど、王都の屋敷に残ったお母様が心配なのかもしれない。
「外に行けば、珍しい動物がいるよ」
「めずらしい、どうぶつ!?」
この言葉には効果があったようで、アメジストの宝石のような綺麗な紫色の瞳が輝きだした。弟が生まれてから、妹の性格が変わったように思う。前はお茶会に呼ばれれば、喜んで参加していたのに、今では屋敷で弟にべったりだ。乳母も呆れるほどに。
「折角領地に来たんだから、アルーマを見に行こう」
「ある、ま?」
首を傾げるアリアに微笑みを返し、小さな手を引いて歩き出す。アルーマはモコモコとした毛並みの動物で、毛が暖かな上質の毛糸になる。アトランティ領地にとって特産品にもなっている有名な動物だ。以前はもっと小さい頃に連れて行った事があるんだけど、その時は怖がって逃げてしまったのを覚えている。
(今のアリアなら、多分気に入ると思うんだけどな)
「馬車の用意をして貰おう、ドレスを動きやすいものに変えておいで」
「はい、アイクおにいさま」
「慌てなくてもいいからね?」
「わ、わかってますわ」
ニコッと嬉しそうに浮かべる無垢な笑みを見るのも、本当に久し振りだった。お母様とお茶会やパーティで他家の屋敷への訪問に行くようになってからは、侯爵家の令嬢としての静かな微笑みしか見ていない気がする。
白い頬を紅く染めて恥ずかしがる妹が、素直に可愛いと思う。今は話しかけて来るようにもなったけど、其れまでは言葉の少ない子で、『はい』か『いいえ』しか答えなかった。表情もあまり変化が無くて、今みたいに紫の瞳を細めて微笑む事もそんなに無かった。弟や母親の健康の為にと、自ら料理を作ろうとも動き出すのも、普通の令嬢では無い事。
(私の事も、アイクお兄様って呼ぶことも無かったといえば、アリアはどんな顔をするだろう)
お父様に良く似た金色の髪と薄紫の瞳、アトランティ家の血筋の特徴を一身に受け継いだ、侯爵家の宝石とも言えるその瞳。外見は昔のままの可愛い妹なのに、何かが違う気がする。
まだ小さな妹の儚げな背中を見送って、執事に馬車の用意をさせる。自分も着替えようと思っていたら、お父様が呼んでいると執事に呼ばれた。
「到着は明日だと聞いていたけど?」
「何でも急ぎの仕事が出来たそうで、其の分王都へのお戻りが早くなるそうです」
「アリアを少し待たせてしまうかもな、侍女に仕度はゆっくりでいいと言っておいてくれる?」
「はい、畏まりました」
今は屋敷の中で一緒にいれるけど、王立学園に入学してしまえば、アリアの側には今ほど一緒にいれなくなってしまう。お茶会やパーティに進んで出なくなったのは安心していたけど……。目の前の重厚な扉を目にし、一つ溜息を零した。コンコンっと軽いノックをして返事を待ち、中で仕事をしているお父様に挨拶をして本題に入った。
「アメーリアが、王太子妃候補に入っていると聞きました。アリアが作るお菓子は、秘密になっているはずですよね?」
「其れは無い、陛下とも内密にしないと渡さないと言って有る」
「言い切れますか?もしかしたら、ラズーラ王子殿下がアリアを気に入るかもしれませんよ?リモナイト殿下だって、アリアを気に入っています」
「そうはなっても、王家にアトランティ家の宝石はもう既にある。渡すのは一つで十分だろう」
お父様が言っているのは、きっと現王妃様の話だと思う。アトランティ家の血筋だとは聞いているけど、直系では無くお父様の従姉妹だと聞いている。見事リモナイト殿下はアメジストの瞳を受け継いでいるのだから、今更アメーリアを王家に嫁がせるつもりは無いらしい。
血筋で行けばアリアは有力候補だけど、権力や他の事を考えると、他家の臣下がそれを許さない。
「心無い者なら、権力を強める為に差し出すと噂しております。子供だからと思われたのか、ラズーラ殿下の部屋の側で、その様な話をする臣下は如何なものかと」
「そうならないように、お前を殿下につけた。その臣下については捜査させよう」
「宜しくお願い致します、無駄にラズーラ殿下を唆されても困ります」
「儚げな見た目とは違うとは、聞いていたが?簡単に騙せるような第二王子とは違うだろう」
(寧ろ、純粋さではラズーラ殿下の方が上かもしれませんよ?リモナイト殿下は何を思っているのか読み取れない事がある)
親子の会話と言うより、まるで主従の会話のようだ。魔法適性を見るまでもなく、アリアの身体に流れる魔力の多さを知っているのは、お父様だ。属性がどう出るかは解らないが、望まれる場所は多い。
「せめて、今くらいは遊ばせてやるといい」
「はい、今日もこの後アルーマを見に行こうと思っています」
「そうか、従者を付けよう。気をつけて行って来なさい」
「はい。行って参ります」
口元に微笑みを浮かべるお父様に、微笑みを返して一礼する。本当は可愛いアメーリアを誰にも渡したくないけれど、あの子が望むならそれも仕方無い。それを実感するのが、まだまだ先の話だという事が、せめてもの救い。
(虫の排除はするけどね、簡単には近付かせない)
自分の身体にも微かに片鱗を見せている魔力の変化に笑みを浮かべ、待たせているアリアの元へと急いだ。
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