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アリア十五歳
小さな恋のお話 3
しおりを挟むソリを高速で飛ばしても一向に気が晴れず、セレナに頼まれてリピドと一緒に空を飛んでも、胸に引っ掛かってしまった思いは取れることが無かった。そのままグラッシュラー伯爵邸に戻り、待っていたアイクお兄様とアリアお姉様と一緒に、グラッシュラー伯爵に礼を言い、アトランティ領地へと向かおうとした時、伯爵邸に響き渡る馬の嘶き。
「どなたかいらしたのかしら?」
「カイト兄上だ!」
「え?」
「ああ、グラッシュラー伯爵の長男か」
歳の離れた兄弟だと、アズラが話していた騎士団所属のマラカイト殿が、丁度休暇で帰ってきたようで、使用人やメイドさんも連絡が届いていなかったのか、バタバタと忙しない。
挨拶をしてから領地へと向かう事にし、暫く応接室に留まっていると、扉が開いて入ってきたのは、アズライトよりも筋骨隆々な、大きな男の人だった。グラッシュラー伯爵様に似てるかも。ジャスパー殿も多分卒業したらこんな感じの騎士になるのかな?ってくらい、身体が大きくて逞しい男の人って感じだった。
髪の色は柔らかな栗色、瞳の色はグラッシュラー伯爵譲りなのかきつめのつり目、だけどアズラとも一緒の優しげな緑色の瞳。アズラが自分は母親似なのだと言っていたのが良く解る。アズラは大きなまん丸の瞳してるもんね。アリアお姉様は大きな人が怖いのか、アイクお兄様の背に隠れていた。
(ギベオンとか大きな獣は怖がらないのに、大きな人が苦手なんだよねアリアお姉様って)
「騒がしくしてしまい、申し訳ありません。グラッシュラー伯爵が長男、マラカイトと申します」
「初めまして、アトランティ侯爵家長男のアイドクレーズだ。此方は妹のアメーリアと弟のラーヴァ。騎士団の方は休暇を?」
「はい、弟のアズライトが領地にアイドクレーズ様方をお招きすると聞き、急ぎ休暇を貰いました」
「ロードナイト隊長も大変だな、後で私からも声をかけよう」
「ありがとうございます」
クスクスと微笑みを浮かべるアイクお兄様の、堂々とした態度に尊敬してしまう。アトランティ家は侯爵家だし、家系を見れば現王妃様もアトランティ家に繋がっているから、身分は高い。お父様と一緒に出かければ、こういったやり取りはよくある事。
簡単に挨拶を交わし、王都の情勢などのやり取りをして、少しお茶をと言う話になってしまって、アリアお姉様は早々にセレナを引き摺って逃げ出してしまった。セレナは従兄妹なので残念そうだったけど、アリアお姉様についていってしまった。
そんな二人の仲良さに、目を丸くしていたのはマラカイトだけだった。
「不思議ですか?」
「ええ、セレナはとても人見知りをする子でしたので」
「アリアお姉様とは、実の姉妹のように仲良しですよ」
「アリアがセレナをとても可愛がっているからね、獣化したら尚更可愛がってるし」
アズラの言葉遣いを窘め、メイドが用意したお茶を飲む為にソファーに座ったマラカイトを改めて見た瞬間、その頭にアズラにはあってマラカイトに無いものに気がついた。
「…耳がないです、尻尾も」
「ええ、私とアズライトは母が違いますので。騎士団に所属してますと、アズライトの獣人としての力は羨ましくなります」
「僕は、カイト兄上の大きな身体の方が羨ましいけどなぁー」
「獣人は、魔力を持たない人か、獣人にしか嫁げないってセレナいってた」
「ラーヴァ?」
グラッシュラー伯爵に嫁いでいるアズライトのお母様、コルネル辺境伯に嫁いでいるセレナのお母様、二つの家は獣人じゃないし、マウシットの家みたいに魔力を持ってないって聞いた事が無い。
「魔力、持ってますよね?」
「私ですか?はい、風の属性の軽いものでしたら」
「ジャスパーは火を持っているね、騎士団なら役に立つ属性だ」
「ええ、グラッシュラー家は魔力が弱いものですから騎士団で腕を磨いております」
「じゃあ、アズラは魔力持ってるの?」
「僕ですか?僕は持ってませんよ?獣人ですし」
いきなり僕が尋ねた事に、アイクお兄様とアズラは首を傾げたけれど、何かに気がついたのか、マラカイトだけはハッとした表情になった。アズラは魔力を持っていないという事を、聞かされていないのかも知れない。
領地に向かう時間もあるので、アズラがアリアお姉様とセレナを呼びに向かい、応接室にはアイクお兄様とマラカイトと僕の三人になる。ずっと俯いたままの僕が心配になったのか、アイクお兄様がそっと髪を撫でてくれた。
「セレナの…婚約者って誰?マラカイト?アズラ?」
「ラーヴァ、セレナ嬢に聞いたの?」
「獣人か、魔力を持たない人に嫁ぐって言われた…」
僕のセレナへの気持ちに気が付いていたのか、そんなに驚かないアイクお兄様に僕の方が驚いてしまう。どこかにアイクお兄様専属の諜報員でもいるのかな?
僕の言葉に、マラカイトは一瞬だけ考えた仕草をしたと思ったら、何か思い当たったらしく肩を震わせて笑い出した。豪快な笑い方はジャスパーと同じだ。アリアお姉様が居たら怖がってるかも。ライオンとかクマさんみたい。本当にこの人、耳とか尻尾無いのかな?
(アズラは白い虎だし、アズラのお兄様はライオン。猛獣兄弟だ)
「セレナはコルネル辺境伯に似て、生真面目な性格なのです。コーラル様の話をそのまま聞いて、決められた事だと思っていると思います」
「どういう事?」
「母上達は、確かにそのような話をしては居ましたが『二人が幸せになってくれるのが一番』だと笑って居ましたよ。アズラとセレナは家を考える必要は有りません。セレナが思い悩む事が有れば、ラーヴァ様が教えてあげてください」
マラカイトの言葉にホッと一安心して、少し心が軽くなった気がした。ポンポンと頭を撫でてくれるアイクお兄様に笑みを返して、僕も二人を呼びに行くと応接室を飛び出した。
(アリアお姉様に、マラカイトはライオンさんかクマさんだよって教えてあげよう)
***
パタパタと可愛い足音を立てて、ラーヴァがアリア達を捜しに行ってしまった。待っていれば良かったのにと笑っていたけれど、私の前に座るマラカイトの表情は暗かった。
「セレナもアズラも、クラスター王国では跡継ぎや正妻となるのは難しいかと思います」
「だろうね、アズラは魔力持ちだったとも聞いている」
「ラーヴァ様やアズラの事を考えると、可哀想ではありますが…。グラッシュラー家の忠誠は変わりません、勿論コルネル辺境伯家でも同じです」
昔から隣国に伝わっている御伽噺が、本当の話だと弟妹達が知るのはもう少し先の話。其れがもっと先になればいいのにと、願わずにはいられない。
「アリアも、ラーヴァも前途多難だね」
「…申し訳ありません」
「マラカイトの所為じゃないよ、きっとそういう運命なのかもね」
少し冷めた紅茶を飲み、バタバタと騒がしい音に笑みを零してこれからの物語を楽しみにしようと、澄み渡る空を眺めた。
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