溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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リヒト③

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「哺乳瓶?」

 エミール様の声が跳ねあがった。

「哺乳瓶などどうするのですか……って、ええっ! まさかっ!」

 エミール様が突然叫んで立ち上がると、僕の前に屈みこんで、両腕を掴んできた。

「リヒト、あなた、ユーリ様に襲われましたか?」

 急にそんなことを尋ねられ、僕は意味がわからずに首を傾げた。

「襲われる? どういう意味ですか?」
「ユーリ様に、乱暴されましたか」

 ユーリ様というお名前と乱暴という単語があまりにちぐはぐで、僕の目はきょとんと丸くなった。
 エミール様はなにが言いたいんだろうか?
 よくわからなくて戸惑っていると、さらに重ねて問われた。

「赤ちゃんができるようなことを、されたのですか?」
「……? 赤ちゃんができるようなことって、なんですか?」

 僕が質問を返すと、エミール様は黙ってしまわれた。

 なんだろう。
 僕がなにかいけないことを言ったのかな。

 しばらく沈黙していたエミール様は、そのまま僕の腕を放して、ソファの僕の隣へと戻った。

 エミール様がなにかをテオさんらしきひとに言っている。
 テオさんがしきりに答えを返していたけれど、エミール様の顔は僕とは反対側の方に向いていたし、テオさんとの間には少し距離があったから、僕には二人の言葉が聞き取れなかった。
 
「リヒト」

 急に名前を呼ばれて僕はどもりながら返事をした。

「は、はい」
「哺乳瓶は、なにに使うのですか?」

 先程と同じことを尋ねられ、僕はぼそぼそと答えた。

「ユーリ様に、頼まれました」

 僕の返事を聞いて、エミール様はまたテオさんの方に向いてしまった。
 二人がなにか言い合っている。エミール様の声が少し怒っているようにも聞こえた。僕は少し身を乗り出して、その言葉を聞き取ろうと耳を澄ませた。

「……こと……か! まさかユーリ様……リヒト以外のオメガと……子どもを作った……ですか!」

 気づけば僕は二人から顔を背けていた。

 あれ?
 いまなにか、聞いてはいけないことを聞いた気がする。

 僕以外のオメガと、ユーリ様が、どうしたというんだろう。

 子どもを作ったと、エミール様は仰った?
 それとも聞き間違い?
 子どもって、ユーリ様の子どもってこと?

 子どもは、どうすればできるのだろうか。さっきエミール様は僕に、赤ちゃんができるようなことをされたのか、と尋ねてきたけれど。

 きっとなにか特別なことをしないと、子どもはできないのだ。

 その段でようやく僕は、哺乳瓶の使い道に気がついた。

 寝たきりの僕にミルクや果実水を飲ませてくれたユーリ様。哺乳瓶はああやって使うのだ。とすると使う相手は昔の僕みたいに起き上がれない者か……幼い子どもなのだろう。

 だからエミール様は僕に、赤ちゃんができたのかとお尋ねになった。

 でも相手は僕じゃない。
 ユーリ様が子どもを作るために特別なことをした相手は、僕じゃなくて……。
 他の、オメガ……。

「……ヒト、リヒト」

 体を揺すられて僕はハッとした。
 僕が気づいたということは、結構強く揺さぶってくれたのだろう。
 エミール様がこちらを覗き込んで、
「取り乱してすみませんでした」
 と謝ってきた。
 僕は慌てて首を横に振って、「いいえ」とだけ答えた。

 どうしよう、と迷いが湧いてくる。どうしよう。哺乳瓶を買ってもいいのかな。僕以外のオメガにあげるための哺乳瓶を。
 でもユーリ様が欲しいと仰っていたのだから、ちゃんと買わないといけない。

 僕は喉の奥で凍えそうな声を無理やりに押し出して、エミール様にお願いした。

「哺乳瓶があれば、教えてください」
「……わかりました」

 エミール様が了承してくれて、僕はホッとした。
 

 エミール様はそれから気分を変えたように、明るい声で僕に話かけてくれた。
 商人が並べているものを、端から順番に説明してくれる。

 白っぽい服を着た商人のひとがエミール様の説明に時折口を挟み、
「若様、こちらも見てください」
「若様、手に取ってご覧になりますか」
 と僕にも声をかけてきた。

 若様なんて呼ばれたのは初めてで、最初は自分のことと思わずに返事をしなかったら、エミール様が「リヒトに話しかけてるんですよ」と教えてくれた。

 僕はエミール様や商人のひとが勧めるままに色んなものを手に乗せて、色んなものに触れた。
 触覚が弱いので、硬い柔らかい以上の違いがわからないし、視覚も乏しいので大きい小さい以外に形の詳細もわからない。
 それでもエミール様はすごく丁寧に説明してくれたし、商人のひともハキハキとした話し方で僕を楽しませてくれた。

 エミール様が耳飾りの件を伝えると、商人のひとが僕のこぶしほどの大きさの宝石を何個も目の前に持って来て、実際に僕の耳に当ててどの緑色がいいかを考えてくれた。

「同じような色合いでも、少しずつ違うんですよ。こうやって実際に当ててみると、どれが若君に一番お似合いになるかがわかるんです。しかし若君の髪はおうつくしくていらっしゃる。若君こそ宝石のようだ」

 大きく聞きとりやすい声で商人のひとがそう言って笑った。

 商人は買い物をたくさんしてもらうために、こころにもないお世辞を次から次に並べ立てるものだ、ということはユーリ様に聞いて知っていたので、僕は、なるほどこれがお世辞というものか、と勉強になった。

「そうなんです。リヒトの髪は本当にきれい。いつまでも触っていたくなりますよね」

 なぜかエミール様まで商人のお世辞に乗っかっている。
 僕はなんと答えればいいかわからずに、唇をもごもごとさせながら商人のひとの持つ緑色の宝石を眺めた。

 微妙な違いがある、と聞いても、僕の目では色の詳細な違いまで把握するのは難しい。
 だからエミール様に、
「ユーリ様の目に、一番似ている色がいいです」
 とお願いした。

 エミール様が頷いて、ひとつを選び取る。

「それではこれで飾りを作ってください」

 エミール様のオーダーに、商人のひとが愛想よく応じていた。

 哺乳瓶は今日は持ってきていないとのことだったので、買えなかった。
 ユーリ様へのお土産がなくなってしまい、代わりになにか、とエミール様に相談してみると、それを聞きつけた商人のひとがなにか細長いものを両手に持って、差し出してきた。



 

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