溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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リヒト③

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「これで服を仕立てられたらいかがでしょうか。手織りの生地なんですが、とても珍しい物で……」

 商人のひとが説明をし始める。
 だんだんと早口になっていくから、僕には聞き取れなくて、僕の代わりにエミール様がそれを受け取ってくれた。

「これはきれいな反物ですね! すごい手触りだ。初めて見ました」
「そうでしょうともそうでしょうとも! それは……で、……がちょうど……いかがでしょう」
「ぜひお願います」

 エミール様がそう言うと、商人のひとは屋敷を出て行った。
 話がわからなかった僕に、エミール様がゆっくりと説明してくださる。

「リヒト、これは服などを作る生地です。オレはこんなに細かな柄の、こんなに手触りの良い反物は初めて見ました。良物ですよ。リヒト、これでユーリ様の服を仕立ててもらったらどうでしょう」
「服!」

 エミール様の提案に僕は飛びついた。

「ユーリ様の服が、作れるのですか?」
「はい、作れます」
「僕も作れますか?」
「それは、リヒトの服も作れるかということですか?」
「い、いいえ。あの、ユーリ様の服を作るのを、僕も、お手伝いできますか?」

 喋っている内に自信がなくなってきて、言葉尻がみじめに揺れた。
 そんなことが僕なんかにできるわけないのに。

 わかりきったことを尋ねてしまって、エミール様は呆れてしまっただろうか。
 やっぱりいまのは嘘です、と撤回しようとした僕の声は、エミール様のそれに掻き消された。

「リヒト! それはいいアイデアですね! とてもいいアイデアだ! オレもクラウス様の分を作ります! 一緒に作りましょう!」

 エミール様が僕の手を握って、ぶんぶんと振った。
 僕は、僕の意見が否定されなかったことがすごく嬉しくて、頬をゆるめた。

「ありがとうございます」

 笑いながらお礼を言ったらエミール様が、まるでユーリ様のように僕の顔を両手で挟んで。

「あ~可愛い! 癒される!」
 と叫んだ。なんだろう。エミール様が作った服を着たクラウス様とやらを想像したのだろうか?

 僕は不思議に思いながらも、エミール様のやさしさを噛み締めた。

 エミール様はやさしくて、とてもいい御方だ。
 僕なんかにも親切に接してくださる。

 それに……ユーリ様はエミール様をうつくしいと言っていたから、お顔もすごくきれいなんだろうな。僕は顔立ちまでははっきり見えないから、美醜がわからないけれど。

 エミール様はたぶん、僕とは全然違う、完璧なオメガなんだろう。

 僕もエミール様のようになりたいと言ったら、身の程知らずと呆れられてしまうだろうか。
 でもエミール様なら、僕をわらったりしない……ような気がする。

 言ってみようか。
 エミール様のようになるにはどうしたらいいですか、と。
 聞いてみようか。

 ドキドキしながら僕が口を開こうとした、そのとき。
 商人のひとが大きなカゴ(かな? たぶん)を抱えて戻ってきた。
 その後ろからは同様にカゴを抱えたべつのひとがついてきていた。
 黒い髪に、黒い服を着ているひとだ。

 そのひとは持っていたカゴを脇へ置き、エミール様と僕の前にひざまずくと、深く頭を下げてなにかの口上を述べた。
 これは商人のひとが最初に同じようなことをしていたので、屋敷に呼んでもらったことの感謝を言っているのだろうと見当がついた。黒いひとの声は低く、こもっていた。男のひとの声だ。

「頭を上げて楽にしてください」

 エミール様がいつものしずかな声で応じて、
「ちょうどいま、この方とお話していたんです。反物がとてもすばらしいので、服を数着仕立ててはどうかと」
 そう言って僕の方を見た。

 エミール様につられたように、黒いひとが頭を上げ、同じように僕の方に顔を向けた。
 と、思ったら突然彼が立ち上がった。

 カゴが倒れた。
 中に入っていたものが転がる。反物、というやつだろうか。それが散乱して床に広がった。

 それを見ていたら、なぜか息が苦しくなった。

 え、と思って目線を上げたら、目の前に黒いひとの顔があって。
 そのとき初めて僕は、体がソファから浮いているのがわかった。
 黒いひとが、僕の服の胸元を掴んで、そのまま持ち上げたのだ。

「なぜ生きているっ!」

 黒いひとが怒鳴った。
 
 たぶん、一瞬の出来事だったのだろう。

 その声をきっかけに、エミール様が立ち上がり、僕を締め上げる男の腕を掴もうとした。
 それよりも早く誰かが割り込んできて、僕はどさりとソファに落ちた。

「リヒトっ! リヒト、大丈夫ですかっ」

 切羽詰まったようにエミール様が問いかけてくる。
 茫然としたまま黒いひとを探すと、彼はテオさんらしきひとに取り押さえられていた。

 床にへばりつくように二つの人影が混ざり合っている。
 黒い髪が動いた。こちらを見ている。黒いひとが、僕を。
 
『なぜ生きているっ! なんのために私があなたを……っ! 台無しだっ! すべて台無しだっ! あなたは死ぬべきだ! いますぐ! いますぐ同胞たちのために死ぬべきなんだっ! くそっ! くそっ! なんで生きてるんだっ!』

 激しい罵声が、僕に向かって飛んできた。
 ぶつけられた言葉は、この国のものではない。
 けれどなぜか、僕にはその意味がわかっていた。

『死ねっ! 死んでくれっ! ハーゼっ!』
 
 僕は目を見開いた。

 ハーゼ。

 その名前は知っている。

『ハーゼ様』

 かつて僕は、そう呼ばれていた。
 場所は……どこだろう。白っぽい建物の中で。

『ハーゼ様』

 そう呼ばれて……。

『さぁ、お祈りの時間ですよ』

 床に膝をついて、両手を組み合わせて。

『神の言葉を聞きなさい』

 そう、言われて…………。


 激しい頭痛がした。
 痛みなんてあまり感じないはずなのに、頭が、割れるように痛かった。
 僕はソファの上で頭を抱えて体を丸めた。
 痛い。痛い。痛い。
 ユーリ様、たすけて。
   
『ハーゼ様。あなたに祈りを捧げる信者のために、あなたは神へと祈りなさい。そして神の声を聞きなさい』


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
 僕は……。

 僕は……。 

『信者を救うのが、あなたの役目ですよ。神のいとしき犠牲ハーゼよ、さぁ、祈りなさい』 

 
 そうだ。

 僕は。

 ハーゼとしても、できそこないだったんだ……。



 
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