溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
52 / 184
届けられた書簡

しおりを挟む
「食事をしていない? リヒトが、ですか?」

 ユリウスの屋敷を訪れるなり執事に泣きつかれ、エミールは目を丸くした。

「テオバルドの報告では、そのようです」

 上品な白髪の執事が、困り果てたように頷いた。
 彼の様子からエミールは、リヒトと会う前にテオバルドから詳しい話を聞く必要があると感じ、執事へそのように依頼をした。
 ユリウスがクラウスら第一騎士団と国を出て、すでに五日が経過している。その間食事をしていないというのは、明らかに異常事態だった。


 通された来賓室で幾ばくも待たぬうちに、茶色の髪の青年が姿を見せた。

「エミール様、ようこそおいでくださいました」

 父のロンバードは豪放磊落、というイメージだが、テオバルドは体つきこそ逞しいものの、この屋敷の近侍に相応しい、洗練されたお辞儀を見せた。
 しかし彼が優雅だったのはそこまでだった。
 テオバルドは椅子に座るエミールへと駆け寄り、土下座をせんばかりの勢いで膝をついて叫んだ。

「た、たすけてください~!」

 エミールはそのあまりの悲壮感に飲まれ、思わずこくりと頷いてしまった。
 するとテオバルドが両手を組み合わせ、
「ああ神様ありがとうございますっ」
 とエミールを拝み始めたではないか。

 エミールはひたすらに困惑しながら、
「とにかくそこへ座りなさい」
 自分の隣の椅子を指さし、青年を落ち着かせることから始めるしかなかった。

 紅茶はあいにくエミールの分しか用意されていなかったため、エミールはベルを鳴らして使用人を呼び、テオバルドの分も運んでもらった。
 正気に戻ったテオバルドは終始恐縮していたが、湯気を立てる紅茶をぐびりと飲んで気を落ち着かせると、改めてエミールに切り出してきた。

「リヒト様が食事を摂ってくれないんです」
「先ほど簡単に伺いました。原因はなんですか?」
「それが、まったくわからないんですよ~」

 テオバルドは半泣きだった。
 主であるユリウスから直直じきじきにリヒトを託されたというのに、まさかの摂食拒否。確かに泣きたくなる。

 ユリウスがどれほどリヒトに愛情を注いでいるかを知っているエミールはテオバルドに同情しつつも、首を傾げた。

「でも、なにか理由があるはずです」

 リヒトはユリウスに、きちんと食事をする、と約束をしていた。
 だから理由もなく食べないなんてことは考えにくい。
 そのことをテオバルドへ告げると、近侍は幾度も頷きながら弁明を口にした。

「私もなにか原因があると思い、色々確かめてみたんです」


 ユリウス不在で迎えた初日。
 リヒトはなんと風呂場で溺れかけた。
 派手な水音に気づいてテオバルドが浴室に飛び込まなかったら、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。

 幸いリヒトに大きなダメージはなかった。
 しかし体が冷え切っていたため、取り敢えず湯舟に浸からせて温めた。
 まだ洗身も洗髪も終えていないようだったので、簡単に介助を行い、その後は服を着るまで手伝った。

 更衣を終えるとリヒトが横になりたいと言った。溺れかけて体力を消耗したのかもしれない。
 テオバルドは特に反対もせずに、ベッドまで手を引いて連れて行き、リヒトを寝かせようとしたところで、昨夕からこのオメガがなにも食べていないことに気づいた。

 寝る前に食事を、と提案してみたが、しかしリヒトは震えるような仕草で首を横に振る。

 無理強いもできずにテオバルドは、それなら水分を、と寝台横の小さなテーブルの水差しの中身をグラスに注ぎ、それをリヒトに手渡した。
 彼はこくこくと喉を鳴らして半分ほど飲んだ。

 リヒトがその日口にしたものは、それが最初で最後だった。

 
「水分を少し、ですか」
「はい。その後はリヒト様が眠ってしまわれて。何度か目を覚まされた際に食事を勧めたのですが、要らないと断られてしまい……ユリウス様がいらっしゃらないことと、溺れかけたことで、不安がお強いのだろうなと思い私も無理に関わることはしませんでした」

 テオバルドの言葉に、エミールは頷いた。
 彼が特別間違った対応をしたとは思えない。エミールでも同じ判断をしただろう。

 しかしリヒトは翌日も、水分しか口に入れなかったという。

「リヒト様のために用意されている飲み物は、当家の料理人のお手製で、体に良いものがふんだんに混ぜられているらしいんです。それこそ、リヒト様がユリウス様に保護されたときの、眠りっぱなしだった頃に改良に改良を重ねてできあがった、少しの量でも栄養が摂れるようななんかすごい飲み物だ、という話なんです」

 まずくて体に良いものはたくさんあるけど、それを美味しく仕上げるのが大変だった、と料理人は自慢半分にそう語っているらしい。

 リヒトは味がわかりにくい。甘い、苦い、辛い、などの味覚が弱いのだと聞く。
 それでも少しでも美味しいものを、とこだわって試行錯誤をした料理人の話に、エミールは暖かい気持ちを覚えた。

 だがその特製ドリンクだけですべての栄養が賄われるわけもない。
 テオバルドはベッド脇にワゴンを持ち込み、様々な料理をリヒトに勧めたらしい。

 途中、もしや自分が嫌われているのかも、と考え、女中頭のグレタとも交代した。

 グレタはユリウスの元乳母だ。甘やかされて育ったユリウスを唯一叱りつけることができた頼りになる存在である。
 しかしそのグレタがやさしくリヒトに寄り添い、食事を摂るよう促しても、食の大切さを教え聞かせても、ユリウスが心配すると説得しても、リヒトは食事に手をつけなかったという。
 
「もう私はお手上げでほとほと困り果てて、あとはなにができるだろうと考えこんでいたら、三日目の朝にこれが届いたんです」
 
 これ、とテオバルドは懐から封筒を取り出した。
 パンパンに膨らんだそれから紙の束を引っ張り出し、エミールの前に広げる。

「これは?」

 エミールが尋ねるとテオバルドがへにゃりと眉を下げて、情けない苦笑を浮かべた。

「ユリウス様からの書簡です。早馬で届きました」
「ユーリ様からの?」

 エミールは紙の束を手に取った。分厚い。便箋何枚分だろうか。
 文字もびっしり書き込まれている。さすがユリウス。文字まで非常に流麗だ。

 流し読みしてみたらそれらはすべて、リヒトに関する注意事項だった。

 

   
 
しおりを挟む
感想 260

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

処理中です...