溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
58 / 184
リヒト⑥

しおりを挟む
 エミール様に言われて、僕は作業台の前に座った。
 椅子には背もたれがあって、疲れたらいつでも休むように、最初に約束させられた。

 久しぶりにたくさん食べたあとなので、僕は早くも眠たくなっていたのだけれど、飾緒作りというのがどういうものなのか知りたくて、身を乗り出してエミール様の手元を見つめた。

 ぼやけた僕の視界で、エミール様がなにやら丸いものを台にドンと置く。
 足のついた丸いものは真っ白で、真ん中に穴が空いているようだった。作業台に設置されたそれは、僕の胸よりも少し低いぐらいの高さだった。

 エミール様がその丸い台に、先ほどの色のついた棒のようなものをぶら下げていく。
 僕の目には、赤、黒、桃、青が台の横でぶらぶら動いているように見える。

「リヒト、これは見えますか?」

 棒を示しながら、エミール様が問いかけてくる。僕が「はい」と頷くと、
「ではこれはどうでしょう?」
 エミール様は白い丸台の表面を見せてきた。

 中心の穴から黒く細い物が十字型に伸びているのが見えた。そしてその先端は四色の棒に繋がっている。 

「黒いものがあります。紐ですか?」

 僕が小首を傾げて尋ねると、エミール様が頷いてくださった。

「そうです。飾緒は紐を編みこんでいって作ります。色々な編み方があるようですが、まずは四本で簡単なものからやってみましょう」

 僕はエミールに言われるままに、てのひらに少し余るぐらいの長さの黒い棒を握った。

「リヒト、それをそのまま、桃と青の間まで持って来てください」
「はい」

 黒い棒を、丸い台の右回りに動かし、エミール様に言われた通りに桃と青の間まで持って行き、手を離す。

「次に、桃色を、青と赤の間に……そうです、次は青を赤と黒の間に、はい、そうです。そして、赤を黒と桃の間に。これで一周です」

 順番に置いていくと、糸が最初の十字の形に戻っていた。

「……形が戻りました」
「そうです。これを繰り返していけば、紐が編めます」
「え?」
「どうです? できそうでしょう?」

 エミール様が軽やかに笑う。
 僕は半信半疑で、もう一周同じことをした。

 握っている棒は、どうやら持ち手より先に紐がぐるぐると巻かれているようで、僕の動きに合わせてそこから紐が伸びる仕組みになっているようだった。

「リヒト、編んだ紐はこの真ん中の穴から下に伸びてきます。紐にたるみがでないように、紐の始まりにはおもりをつけていますし、その棒も錘の役目をしていますので、両側から引っ張っている形になります」

 エミール様の解説を聞きながら、僕はさらにもう二周、手を動かした。
 エミール様が丸台の下に手を入れて、穴から垂れさがってきた短い紐を引っ張り出す。

「ほら、リヒト。もうこれだけ編めましたよ」

 僕はてのひらに置かれた、四本の紐が寄り合わさってできた黒く短いそれを指先で触ってみた。
 網目は見えないし、きちんと編めているかもわからない。
 それでも、僕が手を動かすことで出来上がったものだと思うと、なんだか熱い気持ちが湧いてきた。

「練習では、台の上の紐が見えやすいように黒にしていますが、本番はリヒトの好きな色で編みましょうね。紐の数も八本や十六本に増やせます。紐が増えても手順はほとんど変わりませんので大丈夫ですよ」
「……僕でも、できますか?」
「リヒトが根気強ければ! オレは根気がないのでこういう作業は向いてないんですが、リヒトと一緒なら頑張れそうです」

 僕と一緒に作業することに、そんな理由をつけてくれて。
 エミール様が僕の手を握った。
 僕もそれを握り返した。

「エミール様、ありがとうございます! 僕、頑張ります!」

 僕にもできることを考えて、こうして準備をしてくれたエミール様にお礼を言って、頭を下げる。
 エミール様のお気持ちが嬉しくて、それから、僕の編んだ飾緒を見てユーリ様はなんと言ってくださるだろうかと考えて、僕はうふふと笑ってしまった。

「天使っ!」

 急にそんな叫び声が聞こえて、目の前が真っ暗になる。
 エミール様の胸に顔を押し付ける形で抱き込まれている、と把握できたのは、横から誰かに腕を掴まれてエミール様から引きはがされた後のことだった。

 後ろを振り仰いでみれば、テオバルドさんが僕に、
「失礼しました」
 と言って手を離したところだった。

 僕はぽすんと椅子の背もたれに背中を沈め、両脇の二人を交互に見た。
 テオバルドさんがエミール様になにか言っている。前にもこんなことがあった。
 僕なんかに構ったことを叱られているのだろうか。
 そうだったら申し訳ないなと思う。

 僕に親切にしてくださることを周りからエミール様が咎められるなら、このお屋敷に来てもらうことも控えてもらったほうがいいのかもしれない。
 エミール様に会えなくなるのはさびしいなぁと僕はしょんぼりそう思ったのだけれど、当のエミール様はアハハと笑って。

「この屋敷の者は本当に意地悪ですねぇ」
 と、前と同じことを大きな声で口にした。

 それからしばらくの間、僕はエミール様に見てもらいながら、黙々と手を動かし続けた。
 途中、休憩をしましょうと誘われて、お茶の時間になる。

 エミール様は朝のときと同じように、僕を膝に乗せて焼き菓子を食べさせてくれた。
 カップまで僕の口元へ運んでくださったので、
「お茶はひとりで飲めます」
 と言って僕はそれを両手で受け取り、自分で飲んだのだけれど、たぶん唇の端からぼたぼたこぼしてしまったのだろう。エミール様がなにも言わずに僕の口元と襟元を拭いてくださった。

 僕はごめんなさいとありがとうございますのどちらを言ったらいいか迷って、慌てて口を開こうとした。そしたら口の中に残っていたお菓子の欠片が喉のおかしなところに引っかかったようで、咳が止まらなくなってしまった。

 エミール様が慌てて僕の背中を叩いてくださった。
 テオバルドさんも飛んできて、僕の手からカップを取り上げた。

「オレが急がせてしまいましたね。すみません」

 僕が自分で勝手にむせたのに、なぜかエミール様が謝ってくる。
 僕はそれに首を振って、これ以上エミール様にご迷惑をかけないために、おやつを食べるのはそこでやめた。
 もう少し食べるようにエミール様やテオバルドさんに言ってもらったけど、お腹がいっぱいだと訴えるとそれ以上の無理強いはなかった。

 せめて食事だけでも、誰の手も煩わせることなくできるようになればいいのに、と思っても仕方ないことを僕は胸の中で呟いた。

 おやつが終わると、あくびが止まらなくなった。

「リヒト、眠たいですか?」

 エミール様に問われて、「いいえ」と答えたけれど、舌が上手く回らずにおかしな言葉になったように思う。
 テオバルドさんが僕を椅子から抱っこで持ち上げて、寝台に寝かせてくれた。
 横になった僕の髪を、エミール様が撫でてくる。

「眠っていいですよ」
「……でも、かざりおが」
「起きたらまた続きをしましょう。オレもまだここに居ますから」
「……ふぁい」

 重い口を動かして返事をしながら、僕は両手を枕元へ這わせた。
 どこかにユーリ様からの手紙を置いたはずだ。

 僕がなにを探しているのか悟ってくれたのだろう、エミール様がユーリ様の手紙が入った封筒を僕の手に持たせてくれた。

 ああ、良かった。
 ちゃんとあった。

 僕はそれを顔の前に掲げ、
「おやすみなさい、ゆぅりさま」
 とこころの中で話しかけた。もしかしたら声に出たかもしれない。

 もう寝るのかな、お寝坊さんの僕のオメガ。

 そんなユーリ様の声が聞こえた気がして、僕はうふふと笑って目を閉じた。

「天使っ!」

 エミール様のそんな叫び声が響いたように思ったけど、もしかしたら夢の中のことかもしれない。
 僕はストンと眠りに落ちてしまったから、よくわからなかった。


 
 
 


  



 
  
しおりを挟む
感想 260

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...