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アルファは神を殺す
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「少し回り道にはなりますが、シャムールを抜けたら、メルドルフに寄りましょう。あの国は医療の発展に力を注いでいると聞きます」
「ふむ。聞いたことがあるな。ベンが医術を習ったのがメルドルフじゃなかったかな」
クラウスが首を傾げ、記憶を手繰りながら王城医師団のベルンハルトについて教えてくれた。
因みに老医師は昨年、鬼籍に入っている。
誰も正確な年齢を覚えていないほどの大往生であった。
国王付きの医師として一生を捧げ、サーリークの医学の発展に貢献したとして、葬儀は国をあげて行われた。もちろんユリウスやクラウスも参列した。ユリウスの記憶にうっすらと残っている、祖父(つまり先々代の国王)の葬儀よりも盛大だったように思う。
片眼鏡のベルンハルトのやわらかな笑顔を慕わしく思い出し、ユリウスはほろりと微笑した。
「ところでユリウス様」
ぐびり、とマグカップの中身を飲み干して、ロンバードが問いかけてきた。
「あの『神の言葉』とやらはいつのまに覚えたんですか?」
勉強してる素振りもなかったのに、と側近が首を傾げるのを横目で見て、ユリウスは小さく鼻を鳴らした。
「あれはゲルトに教えてもらったんだよ。デァモント教について語ってもらうついでにね」
「そもそもなんで習おうと思ったんです?」
ゲルトが居れば通訳してもらえるのでわざわざユリウス自身が覚える必要はなかったのでは、というロンバードの素朴な疑問に、ユリウスはここぞとばかりに満面の笑みをひらめかせた。
「僕は耳もいいけど記憶力もいいんだ」
「はぁ。それはまぁ存知あげてますが」
「リヒトがまだこれぐらいだったとき」
これぐらい、と両手で幅を作ると、そんなに小さくはなかったでしょうと突っ込みが飛んでくる。それを無視してユリウスは話し続けた。
「めちゃくちゃ可愛い僕のオメガは、公用語とは違う言葉をよく口にしていた。どういう意味なんだろうなってずっと気になっていて、言語学の教師に尋ねたりもしたけど、誰も知らなくてさ。いつかわかればいいなぁって思ってたんだよ。リヒトはいまだに、寝起きとか考えごとをしてるときとか、たまに間違えて話すんだよ。ふふっ。可愛いよね。物心つくころに覚えた言葉だったろうから、ふとしたときに出るんだろうね。聞き返したりすると、自分の耳が遠いから上手く発音できてなかったんじゃないかって気に病んでしまうから、それを指摘したことはないけどね。ゲルトのおかげで当時のリヒトがなにを喋ってたか、ぜんぶ解明できて助かったよ」
滔々と語って華やかな微笑を浮かべたユリウスへと、ロンバードが胡乱な表情になり、若干肩を引いた。
「え、まさかあれですか。リヒト様が昔に喋った言葉ぜんぶを覚えてて、それをゲルトに聞いたってことですか」
「だから言っただろう。僕は耳と記憶力がいいんだって」
「うわぁ……才能の無駄遣いがすげぇ」
逞しい肩をわざとらしく竦めて、ロンバードがぼそりと呟いた。向かいではエーリッヒとハッシュが同意していいのかどうか迷う素振りを見せながらも、ユリウスからぎこちなく視線を逸らした。
ユリウスは彼らをひと睨みし、
「無駄遣いとはなんだ。僕のオメガに関することで無駄なことなどひとつも存在しない!」
高らかにそう言い切ると、クラウスだけが賛同の拍手を返してくれる。
「その通りだ。リヒトの発した言葉を、きちんと記憶していたユーリも偉いぞ。私も、エミールとの最初の会話はすべて覚えている。あのときのエミールは……」
「団長。団長の思い出話はまた今度にしてください。若い連中に引かれますよ」
騎士団長の手にあるカップに新たなワインを注ぐことで話を中断させたロンバードが、苦い声で忠告すると、エーリッヒとハッシュが笑いながら首を横に振った。
「ロンバードさん、大丈夫です。第一騎士団の者は皆、団長の盲愛を知ってますから」
「しかしユリウス殿下もこれほどとは……やっぱりアルファってのは……すごいですよね」
アルファ、というものを表現しようとして、迷った末に無難に「すごい」という言葉を選んだハッシュへと、ロンバードも苦笑いを浮かべた。
ユリウスは部下たちのなんとも言えぬ表情を見ながら、カップを空にして、立ち上がった。
「仮眠をとったら、子どもの容体を見ながら出発しよう。まずはノルメルに行く」
「はっ」
「なるべく早く帰れるように、おまえたちも尽力してくれ」
「了解しましたっ」
ロンバードたちの返事が揃い、天幕の中に響いた。
国を出て六日。ここまでは順調だったと言っていいだろう。
偶然も手伝って、血を流すことなく教皇ヨハネスの身柄を押さえることができたし、妙薬の情報も入手できた。
あとはリヒトの五感の治療法を探しながら戻るだけだ。
幾日かかるだろうか。十日ほどで帰れるだろうか。
早く戻りたい。リヒトのところへ。
今頃彼は、なにをしているのだろう。
お寝坊さんのユリウスのオメガは、まだベッドの中に違いない。
朝食の支度ができたらきっとテオバルドがリヒトを起こして……リヒトの歯を磨いて顔を洗って、膝に抱っこして食事を食べさせて……。
「あ~……テオを殺したくなってきた」
想像だけで悶々として、ユリウスは空のカップを、ユリウスに続いて腰を上げたロンバードへと、ポンと投げた。
危なげなくそれをキャッチした男が顔をしかめ、
「ひとの倅を殺さんでください」
と呆れた声をもらす。
クラウスが笑いながら、
「テオが羨ましいんだろう」
と口を挟んできた。
ユリウスは次兄をじろりと流し見て、鼻筋にしわを寄せる。
「兄上、よく考えてください。エミール殿がリヒトの世話をしにうちの屋敷にいらしてたとします」
「ああ、それがどうした」
「リヒトの横にはテオが居ます。リヒトはあまりたくさんの使用人が居る場所ではくつろげませんから、部屋にはテオ以外の侍従は居ないでしょう。ということは、エミール殿がいらしたときもリヒトとテオの三人だけで過ごすことがほとんど、ということです。つまりテオは、リヒトのみならずエミール殿とも近しい場所で、エミール殿の声を聞いて、エミール殿の顔を眺めて、エミール殿の匂いを嗅いで過ごしていることになるのですよ!」
「……なるほど。テオを殺したくなるな」
クラウスが難しい顔で腕を組んで低く唸る。
「……まったく、あんたらアルファってやつは……」
ロンバードが頭を抱え、処置無しとばかりに天井を仰いだ。
「うちの倅が不審死を遂げたら、俺はあんたら兄弟を告発しますからね!」
ユリウスへとカップを投げ返したロンバードは、ミュラー家の兄弟を指さして宣言した。
ユリウスは次兄と顔を見合わせ、喉奥と肩を震わせて、笑い合ったのだった。
「ふむ。聞いたことがあるな。ベンが医術を習ったのがメルドルフじゃなかったかな」
クラウスが首を傾げ、記憶を手繰りながら王城医師団のベルンハルトについて教えてくれた。
因みに老医師は昨年、鬼籍に入っている。
誰も正確な年齢を覚えていないほどの大往生であった。
国王付きの医師として一生を捧げ、サーリークの医学の発展に貢献したとして、葬儀は国をあげて行われた。もちろんユリウスやクラウスも参列した。ユリウスの記憶にうっすらと残っている、祖父(つまり先々代の国王)の葬儀よりも盛大だったように思う。
片眼鏡のベルンハルトのやわらかな笑顔を慕わしく思い出し、ユリウスはほろりと微笑した。
「ところでユリウス様」
ぐびり、とマグカップの中身を飲み干して、ロンバードが問いかけてきた。
「あの『神の言葉』とやらはいつのまに覚えたんですか?」
勉強してる素振りもなかったのに、と側近が首を傾げるのを横目で見て、ユリウスは小さく鼻を鳴らした。
「あれはゲルトに教えてもらったんだよ。デァモント教について語ってもらうついでにね」
「そもそもなんで習おうと思ったんです?」
ゲルトが居れば通訳してもらえるのでわざわざユリウス自身が覚える必要はなかったのでは、というロンバードの素朴な疑問に、ユリウスはここぞとばかりに満面の笑みをひらめかせた。
「僕は耳もいいけど記憶力もいいんだ」
「はぁ。それはまぁ存知あげてますが」
「リヒトがまだこれぐらいだったとき」
これぐらい、と両手で幅を作ると、そんなに小さくはなかったでしょうと突っ込みが飛んでくる。それを無視してユリウスは話し続けた。
「めちゃくちゃ可愛い僕のオメガは、公用語とは違う言葉をよく口にしていた。どういう意味なんだろうなってずっと気になっていて、言語学の教師に尋ねたりもしたけど、誰も知らなくてさ。いつかわかればいいなぁって思ってたんだよ。リヒトはいまだに、寝起きとか考えごとをしてるときとか、たまに間違えて話すんだよ。ふふっ。可愛いよね。物心つくころに覚えた言葉だったろうから、ふとしたときに出るんだろうね。聞き返したりすると、自分の耳が遠いから上手く発音できてなかったんじゃないかって気に病んでしまうから、それを指摘したことはないけどね。ゲルトのおかげで当時のリヒトがなにを喋ってたか、ぜんぶ解明できて助かったよ」
滔々と語って華やかな微笑を浮かべたユリウスへと、ロンバードが胡乱な表情になり、若干肩を引いた。
「え、まさかあれですか。リヒト様が昔に喋った言葉ぜんぶを覚えてて、それをゲルトに聞いたってことですか」
「だから言っただろう。僕は耳と記憶力がいいんだって」
「うわぁ……才能の無駄遣いがすげぇ」
逞しい肩をわざとらしく竦めて、ロンバードがぼそりと呟いた。向かいではエーリッヒとハッシュが同意していいのかどうか迷う素振りを見せながらも、ユリウスからぎこちなく視線を逸らした。
ユリウスは彼らをひと睨みし、
「無駄遣いとはなんだ。僕のオメガに関することで無駄なことなどひとつも存在しない!」
高らかにそう言い切ると、クラウスだけが賛同の拍手を返してくれる。
「その通りだ。リヒトの発した言葉を、きちんと記憶していたユーリも偉いぞ。私も、エミールとの最初の会話はすべて覚えている。あのときのエミールは……」
「団長。団長の思い出話はまた今度にしてください。若い連中に引かれますよ」
騎士団長の手にあるカップに新たなワインを注ぐことで話を中断させたロンバードが、苦い声で忠告すると、エーリッヒとハッシュが笑いながら首を横に振った。
「ロンバードさん、大丈夫です。第一騎士団の者は皆、団長の盲愛を知ってますから」
「しかしユリウス殿下もこれほどとは……やっぱりアルファってのは……すごいですよね」
アルファ、というものを表現しようとして、迷った末に無難に「すごい」という言葉を選んだハッシュへと、ロンバードも苦笑いを浮かべた。
ユリウスは部下たちのなんとも言えぬ表情を見ながら、カップを空にして、立ち上がった。
「仮眠をとったら、子どもの容体を見ながら出発しよう。まずはノルメルに行く」
「はっ」
「なるべく早く帰れるように、おまえたちも尽力してくれ」
「了解しましたっ」
ロンバードたちの返事が揃い、天幕の中に響いた。
国を出て六日。ここまでは順調だったと言っていいだろう。
偶然も手伝って、血を流すことなく教皇ヨハネスの身柄を押さえることができたし、妙薬の情報も入手できた。
あとはリヒトの五感の治療法を探しながら戻るだけだ。
幾日かかるだろうか。十日ほどで帰れるだろうか。
早く戻りたい。リヒトのところへ。
今頃彼は、なにをしているのだろう。
お寝坊さんのユリウスのオメガは、まだベッドの中に違いない。
朝食の支度ができたらきっとテオバルドがリヒトを起こして……リヒトの歯を磨いて顔を洗って、膝に抱っこして食事を食べさせて……。
「あ~……テオを殺したくなってきた」
想像だけで悶々として、ユリウスは空のカップを、ユリウスに続いて腰を上げたロンバードへと、ポンと投げた。
危なげなくそれをキャッチした男が顔をしかめ、
「ひとの倅を殺さんでください」
と呆れた声をもらす。
クラウスが笑いながら、
「テオが羨ましいんだろう」
と口を挟んできた。
ユリウスは次兄をじろりと流し見て、鼻筋にしわを寄せる。
「兄上、よく考えてください。エミール殿がリヒトの世話をしにうちの屋敷にいらしてたとします」
「ああ、それがどうした」
「リヒトの横にはテオが居ます。リヒトはあまりたくさんの使用人が居る場所ではくつろげませんから、部屋にはテオ以外の侍従は居ないでしょう。ということは、エミール殿がいらしたときもリヒトとテオの三人だけで過ごすことがほとんど、ということです。つまりテオは、リヒトのみならずエミール殿とも近しい場所で、エミール殿の声を聞いて、エミール殿の顔を眺めて、エミール殿の匂いを嗅いで過ごしていることになるのですよ!」
「……なるほど。テオを殺したくなるな」
クラウスが難しい顔で腕を組んで低く唸る。
「……まったく、あんたらアルファってやつは……」
ロンバードが頭を抱え、処置無しとばかりに天井を仰いだ。
「うちの倅が不審死を遂げたら、俺はあんたら兄弟を告発しますからね!」
ユリウスへとカップを投げ返したロンバードは、ミュラー家の兄弟を指さして宣言した。
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