溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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テオバルドの奮闘

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 あるじであるユリウスが不在となってから二十日。

 テオバルドの毎日は平穏に過ぎていた……とは決して言えなかった。

 父のロンバードはユリウスに同行しており、内心それを羨んでいたテオバルドだったが、自分は自分で大役をユリウスより仰せつかっている。
 それは、主が誰よりもなによりも大切にしているオメガをまもることだ。

 正直、この屋敷に居る限りリヒトが危険に晒されることなどないと思っていた。
 先月に起こった、リヒトが旅商の男にあわや暴行されそうになる、という事件以降、屋敷のまもりはこれまで以上に厳重になっていたからだ。

 リヒトと二人の時間を邪魔されたくないというユリウスの意向に従って、屋敷内の護衛は手薄だったが、屋敷の外、この別宮の敷地内には門番を始め衛士はかなりの数が配置されている。その内の幾人かはアルファだ。まるで王城内の国王の近衛騎士かと勘違いされそうなほどの、そうそうたる顔ぶれが、毎日リヒトのために見回りを行っていた。

 だから、滅多なことは起こるはずがない、と高をくくっていたテオバルドだったが、ユリウスが出立して早々にピンチを迎えることとなる。

 まず、リヒトが風呂で溺れかけた。
 次に、食事を摂らなくなってしまった。
 ユリウスからの手紙と、クラウスのつがいのエミールのおかげでなんとか状況が改善し、ホッとしていたところに、今日は新たに手紙の騒動が勃発した。ユリウスからの手紙がなくなったと言って、リヒトが大泣きしたのだ。

 リネン交換の際に手紙をエプロンのポケットに入れ、戻すのをうっかり忘れていたという侍女には厳重注意を行い、リヒトには何度も謝罪をしたが、か弱く儚げな金色の瞳からはずっと涙がこぼれ続けていた。

 やがてリヒトは泣きながら眠りについた。
 寒くないよう布団を掛けて、濡れている目元をホットタオルで拭ってやり、枕元の水差しに栄養満点と噂の料理人手作りのドリンクを補充する。

 なんて手のかかる子だ、というのがテオバルドの正直な感想だった。

 五感が弱いため、食事も入浴も移動も、すべてに手伝いが必要で、ユリウスからの分厚い書簡にあった通り、こちらが先んじて気をつけてあげなければならないことが、本当に山ほどある。
 ユリウスはよく十二年もの間、リヒトの面倒を見続けたものだ。

 しかしこの二十日、毎日リヒトと関わっているうちに、テオバルドは主の気持ちが少しわかるような気もした。

 なんというかリヒトは……庇護欲をものすごく刺激してくる。
 自分が居なければ死んでしまうのではないか、という彼の脆さが、テオバルドの庇護欲をこれでもかと掻き立ててくるのだ。
 なるほど、ユリウスが夢中になるのも頷ける。

 王族を始め、この国のアルファは皆、オメガにとことん弱い。オメガのために尽くし、おのれの腕に囲っておきたいという欲求に満ち満ちている。
 そんなアルファのユリウスが見つけたオメガ。
 そのオメガは介助の手なしにはひとりで生きることもままならない状態で。
 まさにユリウスのために生まれてきたような存在である。

 しかもリヒトは、ユリウスの過剰な世話を受け続けているにも関わらず、その環境を当然としておらず、されたことに対しては必ず「ありがとうございます」とお礼を言うし、感謝の気持ちを忘れないという謙虚な性格をしていた。
 テオバルドや他の使用人に対しても丁寧に接してくれるし、彼が良い子なのだということは少し接してみれば誰もが理解できるだろうと思えた。

 おまけに見た目がすこぶる良い。
 銀の髪と金の瞳、陶器のような肌と小さな唇は天使か妖精を連想させるし、美のかたまりのようなユリウスと並ぶとここは物語か宗教画の世界ですかと言いたくなるほど絵になるのだった。

 リヒトの可愛さも性格の良さも、テオバルドは重々わかっている。
 だが、である。
 だがしかし、テオバルドにとってリヒトは、なにをしでかすかわからない不思議ちゃんでもあった。
 
 食事を拒否していた頃、リヒトはなぜか一日中、祈っていた。
 たぶん、祈っていたのだろうと思う。
 両膝をついて、両手を組み合わせた姿勢で、置物のようじっとしているのを、温室や寝室のベッドの上でよく見かけたからだ。

 基本的にリヒトの好きにさせるように、というユリウスからの命令もあったため、それを邪魔することはしなかったけれど、テオバルドは遠巻きに、祈っているリヒトを見まもっていた。

 食事を摂らなかった理由も、いまだに不明だ。
 ユリウスが居なくて寂しかったからかと思っていたけれど、リヒトが祈り出した時期と食べなくなった時期が重なることから、なにか、儀式めいたことをしているのかもしれないとテオバルドは推測していた。

 というのも、リヒトとデァモント教の関係をユリウスから大まかに聞いていたからだ。
 リヒトに暴言を吐き、暴行しようとしたあの黒衣の商人もデァモントの関係者という話だった。
 そして、黒衣の男と接触して以降、もしかしたらリヒトはユリウスに拾われる前の記憶を取り戻しているかもしれない、ということも主から聞いていた。

 とするならば、彼のしていたお祈りは、デァモント教に関するものなのか。
 しかし、エミールが介入してくれて以降は、リヒトは飾緒作りに夢中で、お祈りはしなくなった。

 リヒトの集中力はすごかった。
 耳が聞こえにくいことも影響しているのだろうか。リヒトは一度作業に没頭すると、すさまじい集中力で手を動かし続けていた。
 けれど、残念ながら彼のやる気と体力は釣り合っていなかった。

 テオバルドにしてみれば簡単な作業を、五感の弱いリヒトはそれこそ神経をすり減らしながら行っているようで、紐を編んでいる内に顔色はどんどん悪くなり、耐え難い眠気に襲われるような素振りも見せ始める。
 それなのに、手を止めようとはしないから、テオバルドやエミールが休憩時間を設定し、無理やりに休息させてあげなければならなかった。

 ちゃんと見ていないと、不思議ちゃんはいつ倒れるかわからない。

 テオバルドはいつもハラハラしながらリヒトの世話を焼いていたのだが、今日の手紙の騒動でまた彼の顔色が悪くなってしまい、これは本当に、ユリウスが帰ってきたら自分は殺されてしまうのではないかと真剣に危ぶまれる。

 とりあえず明日もう一度リヒトに謝罪をして、それからなにか気分転換になるようなことを提供しよう。飾緒はもう出来上がってしまったので、なにか他の……この子はなにが好きなんだろうか……リヒトが好きなことを探してしてあげよう。
 テオバルドはそう考えながら、リヒトの寝顔を見つめた。

 彼の眠りは深い。基本的に夜に横になると、朝までは起きてこない。
 だが、いまはまだ夕方だ。何時頃に起きるだろうか。
 夕食の時間に一度声を掛けて、起きなければ食事は諦めて、明日の朝食の時間を早めようと決めて、テオバルドは寝室からしずかに退室した。
 

 リヒトは案の定夕食も摂らずに眠り続けた。

 テオバルドも、日付の変わる頃にもう一度リヒトの様子を見に行き、よく寝ているのを確認してから、自室で眠りについた……のだが。

 寝入り端に、慌ただしいノックで叩き起こされた。
 何事だと起き上がり、あくびを噛み殺しながらドアを開く。
 そこには、門番のザックの姿があった。

「テオ、大変だっ!」
「ふぁ……なんだよ、血相変えて。幽霊でも出たのか?」
「幽霊みたいな真っ白の人影が出た」
「真っ白……」 

 半分寝ぼけた頭でその言葉を繰り返し、今日のリヒトの服装が上下ともに白かったことを思い出す。

「ちょっ、えっ、まさかっ」

 俄かに狼狽えたテオバルドへと、ザックがひとつ頷いた。

「リヒト様がひとりで外に出てきた。いま、ハイマンが追ってる。俺たちがリヒト様に接触していいかどうかわからなかったからな。テオ、とりあえず来てくれ」

 ザックとハイマンはアルファだ。
 そしてリヒトはオメガ。
 ユリウスの不在時にユリウス以外のアルファとリヒトを近づけるわけにはいかない。

 テオバルドは慌てて上着を羽織り、ザックと並んで廊下を走った。

「二人とも、抑制剤はっ?」

 全力疾走しながら問いかけると、ザックが首を横に振る。

「いや。だが、俺もハイマンもつがい持ちだ。間違ってもユリウス殿下のオメガに手は出さないよ」

 苦笑いとともにそう返され、そういえば衛士にアルファを起用する際のユリウスの条件が、つがい持ちのアルファに限られていたことをテオバルドは思い出した。

「そっか。良かった。……あ、そうだ、リヒト様は外套は?」
「姿を見た瞬間俺はおまえを呼びに走ったから不確かだが……たぶん、着てなかったと思う」
「じゃあ持ってきてくれっ。俺は先に行くから」
「了解!」

 途中でザックと別れ、テオバルドは玄関のドアに飛びつき、夜の闇が広がる外へと走り出た。

 少し離れた場所に、ランタンを持ったハイマンの姿が見える。その先をふらふらと歩く、白いリヒトの姿も。

 あの不思議ちゃんめ~! なんでまた夜中に外に出てんだよ!

 腹の中で怒鳴りながら、テオバルドは彼らの元へと駆け寄った。




 

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