溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
87 / 184
光あれ

しおりを挟む
 寝台でしっかりと体を休め、朝になったらリヒトをお風呂に入れて朝食を食べさせて……離れていた間できなかったリヒトの世話を存分に焼こう、と考えていたユリウスだったが、それは果たされないままに時刻は正午を迎えてしまった。
 王城へ行く時間である。

 ユリウスは眠り続けるリヒトの髪を撫でながら、う~んと頭を悩ませた。
 リヒトをこのまま次兄の屋敷で寝かせておくべきか。
 それとも、王城へと連れていくべきか。

 リヒトは夜中にユリウスと会話をしたことを夢だと思っている。この子の目が覚めたとき、もしもユリウスの姿がなく自分しか居ないとなると、やはりあれは夢だったのだと結論づけて、ガッカリすることだろう。
 それに、目覚めたリヒトがどのような行動に出るのか、予測がつかない。

 またひとりで外に出て行こうとするかもしれない。
 ひとりで、祈ろうとするかもしれない。
 ……ハーゼのように。

 リヒトを置いていくことには不安しかなくて、それになにより、ユリウス自身がどうしても離れたくなかったため、どうするべきか散々悩んだ結果、ユリウスはリヒトも同行させることに決めた。

 腕にリヒトを抱っこして玄関ホールに現れたユリウスを見て、クラウスが軽く眉を上げた。
 ユリウスはその兄の視線からリヒトを隠すべく、リヒトを包んでいる毛布を引っ張って、顔を深く覆った。

「見ないでください。減ります」
「遠征前に王城で見たときも思ったが、大きくなったな。これまではおまえが頑なに会わせてくれなかったから、ちゃんと見るのは十二年ぶりか?」
「そうでしょう。これでも大きくなったんですよ。僕がこの子を拾ったときは、まだこの半分ぐらいの身長しかありませんでしたからね」
「半分は言い過ぎじゃないか? だが……まぁ確かに小さかった。ユーリ、意地悪するな。おまえのつがいを私にもしっかり見せてくれ」
「ダメです。兄上は近づかないでください」

 ユリウスはアルファである次兄から距離をとり、クラウスの横で心配げな表情を浮かべているエミールへと会釈をした。

「エミール殿、昨夜は遅くに押しかけてしまい申し訳ありませんでした。おかげで快適に休むことができました。リヒトはまだ熱があるようですが、大丈夫ですよ」
「お疲れがとれたならなによりです。ですがリヒトは……食事もまだ」
「僕のオメガはお寝坊さんなので。いいんです、いまはゆっくり寝ていて。そのことについても後でちゃんと説明します。この子が起きるときには僕が隣に居てあげたいので、このまま連れて行きますね」

 腕の中のリヒトを大切に抱え直し、ユリウスはリヒトも同行させることをクラウスとエミールに説明した。

「マリウス兄上にも会わせることになるが、いいのか?」
「背に腹は代えられません」

 リヒトをひとりにしないということはすなわち、国王への遠征報告の席に同席させるということで、リヒトをマリウスにも見せるということになるのだが、離れるという選択肢がない以上仕方のないことだった。

 ユリウスの返事を聞いたクラウスが、苦笑をじわりと口元に浮かべ、
「それでは行こうか」
 と、面々を促した。

 ユリウスはリヒトを抱っこしたまま馬車へと乗り込み、王城への道を揺られた。
 ユリウスの側近のロンバード、そして万が一ユリウスがリヒトから離れなければならないときのリヒトの世話役として、テオバルドも同じ馬車に乗っていたが、二人ともユリウスに「代わりましょうか」とは言わなかった。
 リヒトの抱っこ役をユリウスが苦に思うはずがなかったし、それを申し出たとしても譲るはずがないということは容易に想像できたからだ。

 次兄ふうふの乗った馬車が先行し、続いてユリウスたちの馬車が王城の内門を潜った。ミュラー家の家紋の入った馬車なので中を覗かれるような無礼な真似はされないが、儀礼的に通行許可証の提示は求められる。
 門番に御者が応対し、一度止めた馬の足をまた徐々に速めて居館に一番近いポーチまでユリウスらを運んでくれた。

 ユリウスはリヒトを抱いたまま馬車を降り、城内へと入った。
 軽やかな足取りで階段を上っていると、さすがに背後からテオバルドが、
「代わりましょうか?」
 と問いかけてきた。
 絶対に断られることがわかっていたが、侍従としては言わずにおれなかったようだ。

 ユリウスは唇の端で笑い、
「この子は軽いから大丈夫だよ」
 と答えた。

「もうちょっと体重を増やすにはどうしたらいんだろうね、ねぇ、僕のオメガ」

 華奢な体つきはいつまでたってもそのままで、いくら小柄な体型が多いオメガといえどもやはり心配になる。

「僕がこうやって抱っこなんてできないぐらい大きくなればいいのに」

 ユリウスは本気でそう口にしたのだが、ロンバードが鼻で笑うのが聞こえて顔を巡らせてそちらを睨んだ。

「なにがおかしい」
「いやだって、あんたはリヒト様がどれだけ太っても、絶対に抱っこするだろうなと思ったんで」

 片頬で笑う父親の言葉に、テオバルドが「確かに」と同意する。
 指摘されたユリウスも、確かに、と思った。
 リヒトがどれだけ大きくなっても、到底抱っこできないほど真ん丸になったとしても、ユリウスは意地でもリヒトを抱っこすることをやめないだろう。

「ところで本当に会議の席にも連れていくんですか? 続き部屋で寝かせておくというのは?」
「却下だ。見えない場所に居ては、この子が目覚めたときに僕が気づけない。このまま連れていく」
「了解」

 頷いたロンバードが、ひょいとユリウスを追い越して走り出した。巨躯のわりに足音がない。
 ロンバードは先を行っていたクラウスに追いつくとなにごとか話しかけ、飛ぶように階段を上って見えなくなった。

「父はどこへ?」
「大方、リヒトの寝る場所を作ってくれてるんだろうね」
「うわ」

 それは自分の仕事ではないか、と遅まきながら気づいたテオバルドは飛び上がり、父親の後を追って走っていった。彼の場合は騎士団で鍛え上げられたロンバードの動きと違い、バタバタと足音が賑やかだ。
 ユリウスは苦笑でそれを見送り、自身も階段を上った。

 
 マリウスへの報告を行なう場所は、談話室が選ばれた。
 かつてユリウスが使っていた私室でもよかったのだが、リヒトと二人で過ごした思い出の詰まる部屋に兄とはいえ他のアルファを立ち入らせるのが嫌で、談話室にしたのだった。

 ユリウスがそこへ到着したとき、ちょうど大きなカウチソファが運ばれてきたところだった。

 丸いテーブルを囲んで一人用の椅子が置かれている。
 その壁際にソファは配置された。

 テオバルドがソファに毛布を敷き、枕代わりのクッションを置く。
 ユリウスは侍従たちが整えてくれたそこへ、リヒトをそっと横たえた。
 エミールがリヒトの体に大判のひざ掛けを三枚重ねて、ふわりと掛けてくれた。

 リヒトの眠りは深い。
 まだしばらく目覚めそうになかったので、ユリウスはリヒトに一番近い椅子に腰を下ろした。左隣にはエミール、その隣にはクラウスが座る。
 右側にはロンバードが座った。テオバルドはリヒトの横に控えておくと言ったが、ユリウスはロンバードの横に座るよう指示を出した。
 いまからする話は、テオバルドにもしっかりと聞いていてほしい。

 全員が座るのを待っていたかのように、城の侍従が洗練された動作で淹れたての紅茶を配って回った。
 お茶菓子もテーブルに並べられる。
 きれいな包み紙に入っているのはチョコレートだ。
 後でリヒトにあげようと思い、ユリウスは三個手元に置いた。

 待つというほどの時間もなく、廊下側から恭しく扉が開かれた。

「皆、ご苦労。疲れも取れぬうちに呼び出して悪いな」

 国王マリウスが労いの言葉とともに入室してくる。
 全員が立ち上がり、一礼しながら彼を迎え入れた。

「まずは無事の帰還、なによりだ。おまえたちの土産話が早く聞きたくて、昨夜クラウスと会ってから俺は眠れなかったんだ」

 はっはっは、と豪快に国王が笑った。
 相変わらずの長兄にユリウスは苦笑いを浮かべ、
「遊びに行ったわけではないんですけどね」
 と呟いた。
 マリウスが「そうだな」と双眸を細めた。

「遊んできたわけではないのだから、成果があるのだろう。早速話を聞こうか、ユーリ」

 威厳のある声でそう促してきたかと思うと、彼はユリウス越しにソファで寝ているリヒトを見つけ、子どものように両目を輝かせた。

「おっ! その子がおまえのオメガか! なんだなんだ出し惜しみしおって! どれどれ」
「兄上! 兄上、それ以上近づかないでください。絶対に、こっちへ来ないでくださいよ」
「ユーリ、意地悪を言うな」

 次兄と同じようなことを言って、マリウスは眉を下げた。

「おまえの最愛を俺にも見せてくれ」
「ダメです。一歩でも前に出たら絶交ですよ」

 子どもじみたユリウスの言葉に、マリウスが絶望したかのように目を見開き、助成を求めてクラウスを見る。

「クラウス。俺は、俺たちの弟のこころがこれほど狭いとは思わなかった! 見るぐらいいいではないか! なぁ!」
「兄上。味方をしてあげたいところですが、私もユーリに嫌われたくはない。諦めてください」
「なんだなんだ! おまえまで俺を邪魔者にするのか! ユーリ。俺に会わせるつもりがないのならなぜ連れてきたんだ」

 当然の質問をぶつけられて、ユリウスは肩を竦めた。

「いまはこの子をひとりにしたくないんです。それに、リヒトの状況を兄上にも見てほしかった。兄上、僕のオメガに関する報告をさせてください」

 ユリウスは今回の遠征で得た情報をひとつずつ思い出しながら、マリウスに向かって話しかけた。
 国王は椅子にどかりと腰を下ろすと、皆に座るよう勧め、背もたれに深くもたれかかった姿勢でユリウスを見つめた。

「よし、話せ」

 マリウスの声が、響く。
 ユリウスは一度リヒトへと視線をやり、よく眠っていることを確かめてから、口を開いた。
 
 
 


  
しおりを挟む
感想 260

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

処理中です...