溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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リヒト⑪

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 ありったけの勇気を振り絞って、僕は、
発情期ヒートが来るようになるお薬は、ありますか?」
 とシモンさんに尋ねた。

 ユーリ様には聞かれたくないお話だったから、シモンさんが気を利かせて二人きりにしてくれて良かった、と思いながらも、なんだかとても恥ずかしいことを口にしてしまったような気分になって、うつむいてしまう。

 僕は、発情期の来ない出来損ないのオメガだ。
 だからユーリ様が、夜な夜なべつのオメガのところへ行ってしまうのは仕方ない。
 僕よりももっとまともな、ちゃんと発情期があって……きっとエミール様のようにきれいなオメガが、ユーリ様にはお似合いなのだと思う。

 でも、それでも僕はこれからも「僕のオメガ」とユーリ様に呼ばれたい。

 ユーリ様のお膝に座らせてもらえる時間が、1日1回に減ってしまっても。お食事をユーリ様の手で食べさせてもらえなくなっても。お風呂にひとりで入りなさいと言われるようになっても。もう一人で歩けるからと抱っこされることがなくなっても。
 僕のオメガ、と呼んでもらえるあの喜びだけはなくすわけにはいかない。

 僕がユーリ様のオメガでなくなったとしたら、いったいどうすればいいのだろう。
 そう考えるとかなしくなって、喉の奥が苦しくなる。
 触覚が治ったからだろうか。感覚が鈍かったころよりも息がしづらくて、僕ははふはふと浅い呼吸を繰り返した。

 背中が撫でられる感触がした。
 顔を上げてみると、シモンさんがやさしく微笑みながら、僕の背をさすってくれていた。

「リヒト様。息はゆっくり吐いて、ゆっくり吸うものです。ユリウス殿下も、いつも仰るでしょう」

 ゆったりとやわらかなシモンさんの声。
 それにユーリ様の声がかぶる。リヒト、ゆっくり吸って。そう、大丈夫。上手だよ、僕のオメガ。
 僕の具合が悪いとき、ユーリ様はいつも僕をそう宥めながら、物語を読み聞かせるときのように話しかけてくれた。

 僕は記憶の中のユーリ様の言葉に耳を澄ませて、ゆっくりと胸を上下させた。

「リヒト様。発情期というのは生理現象です。お腹が空いたらぐぅと腹が鳴る、それと同じですなぁ。鳴るな鳴るなと思っても、鳴る。自分の意思でどうこうできるものではないのですよ」

 僕の背を撫でながら、シモンさんがそう言った。片眼鏡の奥の、細まった目を見つめながら僕は尋ねた。

「……では、発情期が来るようになるお薬はないのですか?」
「ふむ……」

 シモンさんが顎を撫で、首を傾げた。

発情期ヒートを起こしたい、とお考えの理由を教えていただけますかな?」

 質問を返されて、僕は唇を引き結んだ。

 まともなオメガになりたい。
 ユーリ様に捨てられたくない。
 正直にそう答えたら、シモンさんはどう思うだろう。
 身の程知らずだと笑われてしまうだろうか。

 僕は膝の上で手をぎゅっと握って、小さな声でぼそぼそと話した。

「発情期が来れば……僕は、ちゃんと、オメガになれると思うので」
「おやおや。あなた様は間違いなく正真正銘のオメガです。ベルンハルトの診察記録にもそう明記されておりましたなぁ」
「でも、匂いがわかりません」

 まともに働いていなかった僕の五感。
 目と、耳と、皮膚感覚はユーリ様やシモンさんの治療のお陰で治ったけれど、味覚と嗅覚は鈍いままだ。

「ユーリ様の匂いがわかりません。オメガはアルファの匂いで発情ヒートになると、本には書かれていました。だから、発情期を起こすことができれば、匂いが……」

 匂いがわかれば。
 ユーリ様の匂いを感じることができれば。
 ユーリ様は夜も、他のオメガのところへ出かけることなく、ずっと僕と一緒に居てくれるだろうか。
 僕が、ちゃんとしたオメガになることができたなら……。
 エミール様のような、ちゃんとしたオメガに。

 ほとり、と目から涙が落ちた。我慢してたはずなのに、我慢できなかった。すぐに泣いてしまうのもいけないとわかってる。でも一粒落ちたら、あとは止めることができなくなった。
 シモンさんが胸元から白いハンカチを取り出して、僕に差し出してくる。それを受け取って、目を押えた。

「こすってはいけませんよ」

 やわらかな声で、シモンさんがそう言って、
「あなたがたにとって匂いとは、斯くも特別なものなのですなぁ」
 と独り言のように続けた。
 その言葉でシモンさんはベータなのだとわかった。

 本当はこういう、オメガについての話は、同じオメガであるエミール様に相談した方がいいのだろう。
 なんどもエミール様にお尋ねしようと思ったけれど、結局できなかった。
 だって、エミール様には僕の気持はわからない。エミール様はちゃんとした、完璧なオメガだから。

 エミール様のことは大好きなのに、このことについて考えるとモヤモヤとしたものがお腹の奥から湧いてきて、そんな自分が嫌で僕はまたベソベソと泣いてしまう。

「嗅覚はまだまったく戻りませんかな?」

 シモンさんが診察のときと同じ口調で尋ねてきた。
 目をハンカチで抑えたままコクコクと頷くと、「ふぅむ……」とシモンさんが小さく唸った。
 僕がそっと彼の方を伺うと、シモンさんは片眼鏡の位置を整えて、僕の両頬をてのひらでそっと包んできた。

「あなた様はこれまで、三度奇跡を起こしました」
「……きせき」
「はいな。弱かった視力が戻り、耳がしっかりと聞こえるようになり、いまはこうして私の手の温度を感じることができるようになった。まるで魔法のような奇跡ですなぁ」
   
 
   
 
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