溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
125 / 184
リヒト⑪

しおりを挟む
 魔法。
 そうなのだろうか。僕の視覚や聴覚や触覚が良くなったことが、シモンさんの言う通り魔法のようなのだとしたら。

「……魔法使いは、ユーリ様です」

 僕は泣いたせいで苦しくなった喉から、声を絞り出してそう答えた。

 僕の目が見えるようになったのも、耳が聞こえるようになったのも、皮膚感覚がまともになったのも、ぜんぶぜんぶ、薬を見つけてきてくれたユーリ様のお陰だから。
 だから、ユーリ様は僕にとっての魔法使いだ。

 僕の返事に、シモンさんがほっほと笑った。

「確かに、殿下はあなたに魔法をかけたのかもしれませんなぁ。ただし、だいじなものを忘れてませんかな?」

 目じりにしわを寄せたやわらかな顔を見て、僕は「あっ」と慌てて言葉を付け足した。

「魔法使いは、ユーリ様とシモンさんです。ユーリ様が見つけてくれたお薬で、シモンさんが僕を治してくれました」
「この老いぼれにやさしいお言葉をありがとうございます。ただ、私が言いたいことはちと違いましてなぁ。リヒト様。魔法のような奇跡は、殿下おひとりでは成しえなかったでしょう。あなたの頑張りが、奪われた感覚を取り戻すという偉業を成し遂げたのです。あなたが途中で治療を放棄していたなら、目も耳も触覚も、治りはしませんでしたでしょうなぁ」

 シモンさんの声が僕の耳にじわりと溶けた。

 前は……耳があまり聞こえていなかったときは、声の区別なんてつかなかった。ユーリ様のお声も、シモンさんの声も、テオさんやエミール様の声も、どれもぼわんと不明瞭で、それでも僕にちゃんとわかるようにとみんなこころを砕いてくれていた。

 いまも、シモンさんの話し方はゆっくりだ。耳はもう聞こえるのに、僕が聞きこぼすことのないようにと、やさしくやわらかく、シモンさんが話してくれる。
 それはシモンさんだけでなく、ユーリ様も同じで……いつも、僕に対してだけはゆっくりと、はっきりと発音してくれて……。

 僕の目から涙がまたぼとぼとと溢れた。

「僕……僕は、なにも、してないのに……もらうばっかりで、なにも返せてないのに……」

 なぜみんなこんなにもやさしいのだろう。
 こんな、オメガとしてもハーゼとしても出来損ないの僕なんかに。

「リヒト様、あなたは頑張っておられる。ベルンハルトも言っておりましたなぁ。あなたがまだお小さかったとき、全身で生きようと頑張ってるあなたを見て、自分の方が勇気づけられた、と」
「ベンさんが……」
「はいな。ユリウス殿下も同じでしょう。あなたは殿下を魔法使いと言いますが、その殿下はあなたから勇気や元気をもらっているのでしょうなぁ」

 僕がユーリ様に与えているものなど、本当にあるのだろうか。
 にわかには信じられなくて、僕はまばたきで涙を払いながらシモンさんを見つめた。

 シモンさんが僕の手からハンカチを取り上げ、涙で濡れた僕の頬を拭いてくれる。

「リヒト様。医師の私が思うに、あなたの嗅覚と味覚は、もう治っております」
「えっ?」

 おっとりとした話し方でびっくりすることを言われて、僕は思わず立ち上がった。
 ガタン、と揺れた椅子が弾みで後ろに倒れる。
 ふかふかの絨毯が衝撃を吸収してくれたようで、大きな音は鳴らなかったのに、直後にドンドンドンっと部屋のドアが叩かれたから僕はまたびっくりして、その場で直立の姿勢になった。

「リヒトっ! リヒト? いまの音はなに?」

 扉の向こうからユーリ様の声が聞こえてくる。
 僕は倒れた椅子と、扉を見比べて、最後にシモンさんを見た。
 シモンさんの片眼鏡モノクルの奥の瞳がおかしそうに細められて、
「殿下、立ち聞きははしたないですぞ」
 と言った。

「無礼者。この僕が立ち聞きなんてするものか。大きな音がしたから気になっただけだ。リヒト、大丈夫?」

 ユーリ様に問われて、僕はこくりと頷き……これではユーリ様に伝わらないと思って慌てて声に出した。

「だ、大丈夫です。あの、僕が椅子を倒してしまって……」

 答えながら、ユーリ様ってものすごくお耳がいいんだなぁと感心してしまう。べつの部屋にいらっしゃったのに、こんな少しの音が聞こえるなんて!

「ユーリ様って、すごいですね」
 椅子を起こしながらぽつりとつぶやくと、シモンさんが「ほっほ」と笑った。

「殿下。お聞きの通りリヒト様はご無事です。大丈夫ですから、すこし離れてくださらんか」
「ほら~、だから言ったでしょう! 邪魔になるから向こうに行きましょうって」

 シモンさんの声に被って、テオさんがそう言っているのが聞こえてきた。

「この僕が邪魔だと?」
「ひえっ! いや、それは言葉の綾というか……ユリウス様、その目をやめてくださいよ……」

 ユーリ様とテオさんの会話する声が遠ざかってゆく。 
 隣のお部屋で僕たちのお話が終わるのを待っていてくれたのかな。それにしても椅子の音に気付くのが早かった。そこからノックをするまでの動きも、たぶんとっても早かったと思う。

「殿下がああも取り乱すのは、相手があなただからでしょうなぁ、リヒト様」
「……僕がいつもご心配をおかけしてるから、ユーリ様は気にかけてくださってるんです」
「リヒト様、あれは心配ではなく過保護と言うんですよ」
「かほご……」
「独占欲と言い換えてもいいかもしれませんなぁ。……さて、リヒト様」

 改まったように名前を呼ばれて、僕は座りなおした椅子の上で背筋を伸ばした。

「はい」
「このシモンめのことは、信頼してくださってますかな?」
「もちろんです」

 シモンさんはユーリ様と一緒に僕を治療してくれてる御方だ。僕の即答に、シモンさんがにっこりと微笑んだ。

「私の見立てでは、あなたは

 僕の目を見つめたまま、シモンさんが先ほどと同じ言葉を繰り返した。 


 
しおりを挟む
感想 260

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...