溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
71 / 118
かなしみの匂い②

 先ほどからマリウスの発する言葉は、ユリウスを驚かせてばかりだ。
 新緑色の瞳を丸くして、ユリウスは長兄を凝視し……首をゆるく横へ振った。

「いえ、兄上それは……」
「なぜだ。いいかユーリ、国民の大半はベータだ。彼らには発情期などないが、しっかりと愛を育んでいるぞ」
「それはそうですが」
発情ヒートなど、殊更重要なものでもあるまい。さいわいなことにアマーリエが俺の子をたくさん産んでくれた。おまえやクラウスに王家の後継ぎの荷を背負わせることがないことは、実に喜ばしい」

 なぁ、とマリウスがクラウスに同意を求めた。
 次兄は唇をわずかにほころばせると、しずかに首肯した。

 マリウスが立ち上がり、ユリウスの両肩にどんと手を置いた。

「ユーリ。愛する者を抱きたいと思うことは自然なことだ。俺たちの本能だ。おまえたちが互いに同じ思いであるなら、おまえたちを阻むものなどない。それなのに、なにがおまえをそうも躊躇させているんだ」

 兄の問いは真っ直ぐに、ユリウスの耳へと届いた。
 ユリウスはひたいにかかる髪を払うふりで、マリウスの視線を遮った。
 しかし逃げることはゆるさないとばかりに、目を逸らした先にはクラウスが陣取っている。

「ユーリ。マリウス兄上の発破は幾分無責任だが」
「おい」
「私も兄上と同意見だ。発情期などないベータとアルファがつがう例もある。リヒトに発情ヒートが来ないことと、おまえがリヒトに手を出さないことはまったくべつものだと、私も思うが」

 二人の兄に詰め寄られ、ユリウスは一歩後退った。

「……だ」
「「だ?」」

「……だって、怖いじゃないですか!」

 ユリウスは顔を覆って叫んだ。

「リヒトはあんなに小さいんですよ? 僕が……僕が無体を働いてあの子に痛い思いをさせたらどうするんですっ。リヒトを前にして理性なんて保てませんよ! 絶対無理だ! それなら、あの子の体が成熟するまで待つしかないじゃないですかっ!」

 羞恥に頬を熱くしながらも、ユリウスはひと息に吐露した。

 王族の男子は皆、その成長に合わせて閨での手ほどきを受ける。
 だからユリウスも色事は一通り経験済みだ。それなのになにを情けないことを、と笑われる覚悟で告白したのだが……兄たちからはなんの返事も聞こえてこない。

 あまりの沈黙に耐え兼ね、ユリウスがおのれの顔からそろりと手を退け、マリウスとクラウスを見上げると……二人は同様に口を押え感極まったかのように打ち震えていた。

「かっ……可愛いっ! 俺たちの弟が可愛すぎるっ!」
「ユーリ、おまえっなんて初々しいことを……!」
「よしよし、この兄が慰めてやろう」
「いやいやここは私が。ユーリ、この兄がハグしてやる」

 二人がそろって両腕を広げ、さぁ飛び込んで来いと準備万端待ち構えている。
 ユリウスはジリ、ジリ、と後退したが先ほど己が蹴倒した椅子に足を取られ、バランスを崩しかけた。
 すかさず伸びてきたクラウスの腕がユリウスの背を支え、そのクラウスごとマリウスがぎゅうっと抱きしめてくる。
 ぐぇっ、とユリウスの喉からおかしな声が出た。

「はっはっは! おまえはいつまで経っても末っ子だなぁ、ユーリ」
「顔を真っ赤にして拗ねるところは昔のままだ。ユーリ、我らの弟よ」

 騎士団長のクラウスは当然のことながら、国王であるマリウスもかなりガタイはいい。二人の兄と比べると(あくまで二人と比べると、だ)ユリウスは細身で、たおやかですらあった。
 兄たちの筋肉に挟まれ、両腕でもみくちゃにされ、頭までぐりぐりと撫でまわされて、ユリウスはげんなりとしながらもひたすらに耐えた。
 クラウスはともかく、マリウスは絶対に気が済むまでやめないからだ。

 ユリウスがようやく解放されたときには、髪は乱れ、服にはしわがより、惨憺たる有様となっていた。

 なぜ自分がこんな目に……と思いはしたが、悩み相談のはずが結局は兄に二人がかりで可愛がられてしまったおのれがなんだかおかしくて、ユリウスはたまらず笑い声をあげた。
 クックッと肩を揺らして笑うユリウスを、二人の兄が満足げに見つめてくる。

「まったく……兄上たちには敵いませんね。ありがとうございます。笑ったらスッキリしました」

 礼を言ったユリウスの金髪を、マリウスが手櫛で整えながら(いや、本人は整えているつもりかもしれないが、ユリウスにとっては余計に乱れている気がする)、うむ、と頷いた。

「おまえは笑顔が一番だ」
「マリウス兄上。そういう言葉はアマル殿にどうぞ」

 ユリウスが兄の手を巧みに避け、自分で髪を掻き上げてさらりと後ろへ流す。
 もしやクラウスも撫でたいと言い出すのではないか、と警戒して次兄へチラと視線を向ければ、クラウスが不自然なほどの動きでサッと目を逸らした。

 ん? とユリウスは首を傾げる。
 なんだ、いまの避け方は。

 不思議に思いながら長兄を見ると、マリウスは明後日の方向を見ながら、吹けもしない口笛をひゅ~とか細く鳴らしていた。

 ユリウスは半眼になって、二人の兄を見比べた。

「……そういえば」
「なっ、なんだっ!」
「お二人が連名で僕を呼び出した理由を、まだお聞きしていませんでしたね」
 軽く顎を上げ、冷ややかに二人を眺めてそう問うと、兄たちの頬がひくりと引きつるのがわかった。
「お、俺たちは可愛い弟の悩みを聞いてやろうとだな」
「兄上がそれを言い出したのは、僕と顔を合わせた後のことです。僕に用事があったのですよね? マリウス兄上? クラウス兄上?」

 それぞれの名を呼んで尋ねてみれば、クラウスがそっと、
「兄上、早く白状した方がいいぞ」
 と長兄を肘でつついた。

「う、うむ」

 マリウスが空咳をしながら頷く。

感想 262

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました

こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。

塩対応の同室αが実は俺の番を狙っていた

雪兎
BL
あらすじ 全寮制の名門学園に入学したΩの俺は、入寮初日から最悪の同室相手に当たった。 相手は学年でも有名な優等生α。 成績優秀、運動もできる、顔もいい。なのに—— めちゃくちゃ塩対応。 挨拶しても「……ああ」。 話しかけても「別に」。 距離も近づけないし、なぜか妙に警戒されている気がする。 (俺、そんなに嫌われてる……?) 同室なのに会話は最低限。 むしろ避けられている気さえある。 けれどある日、発情期トラブルで倒れた俺を助けてくれたのは、 その塩対応αだった。 しかも普段とは違い、必死な顔で言われる。 「……他のαに近づくな」 「お前は俺の……」 そこで言葉を飲み込む彼。 それ以来、少しずつ態度が変わり始める。 距離は相変わらず近くない。 口数も少ない。 だけど―― 他のαが近づくと、さりげなく間に入る。 発情期が近いと察すると、さりげなく世話を焼く。 そして時々、独占欲を隠しきれない視線。 実は彼はずっと前から知っていた。 俺が、 自分の運命の番かもしれないΩだということを。 だからこそ距離を取っていた。 触れたら、もう止まれなくなるから。 だけど同室生活の中で、 少しずつ、確実に距離は変わっていく。 塩対応の裏に隠されていたのは―― 重すぎるほどの独占欲だった。