溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
137 / 184
かなしみの匂い②

しおりを挟む
 先ほどからマリウスの発する言葉は、ユリウスを驚かせてばかりだ。
 新緑色の瞳を丸くして、ユリウスは長兄を凝視し……首をゆるく横へ振った。

「いえ、兄上それは……」
「なぜだ。いいかユーリ、国民の大半はベータだ。彼らには発情期などないが、しっかりと愛を育んでいるぞ」
「それはそうですが」
発情ヒートなど、殊更重要なものでもあるまい。さいわいなことにアマーリエが俺の子をたくさん産んでくれた。おまえやクラウスに王家の後継ぎの荷を背負わせることがないことは、実に喜ばしい」

 なぁ、とマリウスがクラウスに同意を求めた。
 次兄は唇をわずかにほころばせると、しずかに首肯した。

 マリウスが立ち上がり、ユリウスの両肩にどんと手を置いた。

「ユーリ。愛する者を抱きたいと思うことは自然なことだ。俺たちの本能だ。おまえたちが互いに同じ思いであるなら、おまえたちを阻むものなどない。それなのに、なにがおまえをそうも躊躇させているんだ」

 兄の問いは真っ直ぐに、ユリウスの耳へと届いた。
 ユリウスはひたいにかかる髪を払うふりで、マリウスの視線を遮った。
 しかし逃げることはゆるさないとばかりに、目を逸らした先にはクラウスが陣取っている。

「ユーリ。マリウス兄上の発破は幾分無責任だが」
「おい」
「私も兄上と同意見だ。発情期などないベータとアルファがつがう例もある。リヒトに発情ヒートが来ないことと、おまえがリヒトに手を出さないことはまったくべつものだと、私も思うが」

 二人の兄に詰め寄られ、ユリウスは一歩後退った。

「……だ」
「「だ?」」

「……だって、怖いじゃないですか!」

 ユリウスは顔を覆って叫んだ。

「リヒトはあんなに小さいんですよ? 僕が……僕が無体を働いてあの子に痛い思いをさせたらどうするんですっ。リヒトを前にして理性なんて保てませんよ! 絶対無理だ! それなら、あの子の体が成熟するまで待つしかないじゃないですかっ!」

 羞恥に頬を熱くしながらも、ユリウスはひと息に吐露した。

 王族の男子は皆、その成長に合わせて閨での手ほどきを受ける。
 だからユリウスも色事は一通り経験済みだ。それなのになにを情けないことを、と笑われる覚悟で告白したのだが……兄たちからはなんの返事も聞こえてこない。

 あまりの沈黙に耐え兼ね、ユリウスがおのれの顔からそろりと手を退け、マリウスとクラウスを見上げると……二人は同様に口を押え感極まったかのように打ち震えていた。

「かっ……可愛いっ! 俺たちの弟が可愛すぎるっ!」
「ユーリ、おまえっなんて初々しいことを……!」
「よしよし、この兄が慰めてやろう」
「いやいやここは私が。ユーリ、この兄がハグしてやる」

 二人がそろって両腕を広げ、さぁ飛び込んで来いと準備万端待ち構えている。
 ユリウスはジリ、ジリ、と後退したが先ほど己が蹴倒した椅子に足を取られ、バランスを崩しかけた。
 すかさず伸びてきたクラウスの腕がユリウスの背を支え、そのクラウスごとマリウスがぎゅうっと抱きしめてくる。
 ぐぇっ、とユリウスの喉からおかしな声が出た。

「はっはっは! おまえはいつまで経っても末っ子だなぁ、ユーリ」
「顔を真っ赤にして拗ねるところは昔のままだ。ユーリ、我らの弟よ」

 騎士団長のクラウスは当然のことながら、国王であるマリウスもかなりガタイはいい。二人の兄と比べると(あくまで二人と比べると、だ)ユリウスは細身で、たおやかですらあった。
 兄たちの筋肉に挟まれ、両腕でもみくちゃにされ、頭までぐりぐりと撫でまわされて、ユリウスはげんなりとしながらもひたすらに耐えた。
 クラウスはともかく、マリウスは絶対に気が済むまでやめないからだ。

 ユリウスがようやく解放されたときには、髪は乱れ、服にはしわがより、惨憺たる有様となっていた。

 なぜ自分がこんな目に……と思いはしたが、悩み相談のはずが結局は兄に二人がかりで可愛がられてしまったおのれがなんだかおかしくて、ユリウスはたまらず笑い声をあげた。
 クックッと肩を揺らして笑うユリウスを、二人の兄が満足げに見つめてくる。

「まったく……兄上たちには敵いませんね。ありがとうございます。笑ったらスッキリしました」

 礼を言ったユリウスの金髪を、マリウスが手櫛で整えながら(いや、本人は整えているつもりかもしれないが、ユリウスにとっては余計に乱れている気がする)、うむ、と頷いた。

「おまえは笑顔が一番だ」
「マリウス兄上。そういう言葉はアマル殿にどうぞ」

 ユリウスが兄の手を巧みに避け、自分で髪を掻き上げてさらりと後ろへ流す。
 もしやクラウスも撫でたいと言い出すのではないか、と警戒して次兄へチラと視線を向ければ、クラウスが不自然なほどの動きでサッと目を逸らした。

 ん? とユリウスは首を傾げる。
 なんだ、いまの避け方は。

 不思議に思いながら長兄を見ると、マリウスは明後日の方向を見ながら、吹けもしない口笛をひゅ~とか細く鳴らしていた。

 ユリウスは半眼になって、二人の兄を見比べた。

「……そういえば」
「なっ、なんだっ!」
「お二人が連名で僕を呼び出した理由を、まだお聞きしていませんでしたね」
 軽く顎を上げ、冷ややかに二人を眺めてそう問うと、兄たちの頬がひくりと引きつるのがわかった。
「お、俺たちは可愛い弟の悩みを聞いてやろうとだな」
「兄上がそれを言い出したのは、僕と顔を合わせた後のことです。僕に用事があったのですよね? マリウス兄上? クラウス兄上?」

 それぞれの名を呼んで尋ねてみれば、クラウスがそっと、
「兄上、早く白状した方がいいぞ」
 と長兄を肘でつついた。

「う、うむ」

 マリウスが空咳をしながら頷く。

しおりを挟む
感想 260

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

処理中です...