16 / 51
邪泉
しおりを挟む[追跡]の魔法がかかっている個体を[探索]の魔法で調べる。
孤児院から見て北東に位置する森に、それらはいた。
そう、それら。
バラバラに逃したはずの大型個体たちは、揃って同じ場所に逃げ込んでいたのだ。
腕につけた冒険者証の記録機能をオンにして、森の側へと瞬間転移する。
匂いも気配も魔力も感知されないように[存在遮断]の魔法で消して、[浮遊]の魔法で足音も立てないよう進む。
ぶひ、ぶひ、という鼻息と大量の気配。
木の影に隠れて“巣穴”を見ると、それは思いもよらない姿をしていた。
(あれは……! 邪泉……!)
一見すると非常に美しい泉だ。
中央からコポコポと湧水が溢れている。
だが、その中に大型の魔物が入ってふごふごと興奮気味に腰を振り続けていた。
それに呼応して水面が揺れ、端に波が到達すると二、三匹のウリボアが泉から出てくる。
透明な水から瘴気が溢れ、それを浴びるとウリボアはバキバキと音を立てて成長していく。
「っ……」
これは、まずい。
完全に魔王復活の前兆だ。
やはりリズの前世の世界に現れた魔王とは、別の性質を持つ魔王のようだが……魔王であることに変わりはない。
危険の度合いに大差はないだろう。
魔物の王……それが魔王だ。
どこからともなく現れて、世界を危機に陥れる存在。
あんな速度で魔物が増え、成長し、巨大化するなんて冗談ではない。
この近くにはあの孤児院もある。
ただ、厄介なのは瘴気だ。
リズに瘴気を消す魔法や力はない。
(……勇者がいれば)
前世のリズが関わった勇者は、ものすごく弱かった。
それこそ、前世のリズよりも。
まあ、前世からリズは天才だったので、その辺の騎士や兵士より天才魔法使いとしてめちゃ強だったのでそれは当たり前だが。
それにしたって世界を救う勇者として召喚されたくせに、リズより弱くてがっかりしたのを覚えている。
そうだ、めちゃくちゃがっかりした。
こんな弱い奴が勇者。
こんな弱いのが魔王を倒せるわけがない。
嘘だろ、なんでこんな奴を、と。
……でも、弱かったけれど、諦めない男だった。
弱かったけれど、努力を惜しまない男だったから瞬く間に強くなって、瘴気をものともせず、人を救う『勇者』になっていったのだ。
「…………」
反対に前世のリズはどんどん置いていかれた。
どんなに元から強く、天才と呼ばれても——勇者としての才能がなかったからだ。
当たり前のことを当たり前にできる者。
そんな当たり前のことができない人間だったのだ。
勇者は誰にでも才能があると言われたけれど、前世でも今世でもリズにその才能はない。
当たり前のことができない。
そもそも、当たり前のこととはなんだ?
才能のある者が才能のない者、弱い者を助けるのは当たり前だと思っていた。
そうではないと、勇者は言っていた。
『信じてくれれば、それでいいんだ』
その言葉の意味が、今もわからない。
(信じてやるってなに? 弱い者を信じろってどういうこと? わからない……わからないよ……)
別に疑っているわけではないのに、そうではないと言われる。
少なくとも自分のそういうところが原因で、リズは“勇者にはなれない”。
決定的な、その部分。
瘴気の溢れる『邪泉』。
それを目の前に、拳を握るしかできない。
魔物を倒すことならできる。
ここから、広範囲魔法で魔物だけならば。
でも魔物を生み出す原因となる『邪泉』はどうすることもできない。
あの部分に巨大岩を生み出して落っことして、封じることくらいはできるだろうけれど……。
(消すことはできない……溢れる『邪泉』の水はいつか地面を削って岩から溢れ出す。もっと大きく、広く、深い『邪泉』になる……)
一時凌ぎにしかならない。
暴力的な方法ではダメだ。
ならば、と手を合わせて魔力を手のひらの間で組み合わせ、属性を複数かけ合わせる。
ゆっくり合わせた手のひらを離し、複数かけ合わせた属性に魔法陣で命令と制御を書き加えていく。
(ならボクはボクにしかできない方法で『邪泉』をなんとかするしかないじゃないか。やってやるよ! ボクは天才なんだから!)
魔法に関してなら——アーファリーズ・エーヴェルインはこの世界で誰にも負けない自信がある。
かつて最弱の勇者を導いた、世界最強の魔法使い——『賢者』。
その魔法に関する知識、今世でも存分に活かされ、天啓ではなく自らの努力で『賢者』となった少女。
それがアーファリーズ・エーヴェルイン。
「四属性流星波」
四色の光が空中から回転しながら落下する。
四角形に光線を撒き散らし、流星を降らせながら辺り一帯のボアを一掃した。
ボアは素材にも肉にもなる。
だが、邪魔なのですべて消した。
売ればお金になっただろうが、世界の安全のためならお金がどうとか言っている場合ではない。
「完全結界」
次にごぽ、と音を立てる『邪泉』を、真四角の結界で包みあげる。
空間をズラして、“そこにあるけれどここではない場所”を作り、それに『邪泉』と瘴気を封じ込めた。
残りの瘴気は風に乗って消える。
長時間、一定量を吸い続けるか、濃度の濃い瘴気を吸い込んだ場合は瘴気病に罹るが、今のようなごく少量ならば、近くの町や村に流れても問題はない。
あの程度ならば病になることはないだろう。
「根本的な解決には、至らないけれど……」
リズができるのはここまでだ。
いつか、瘴気を浄化するほどの勇者が現れればその者に頼んで完全に消滅してもらえばいい。
歯痒いとは思う。
だが仕方ない。
勇者ではないのだ、リズは。
力ですべてを解決することはできるけれど、浄化できねばいつか『邪泉』は同じ場所にまた湧き上がる。
時間稼ぎしか『賢者』にはできない。
「……勇者が必要だというのか……この世界も」
見上げた空はあんなに青くて澄んでいるのに。
この世界は、魔王復活のカウントダウンが始まっている。
0
あなたにおすすめの小説
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!
犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。
そして夢をみた。
日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。
その顔を見て目が覚めた。
なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。
数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。
幼少期、最初はツラい状況が続きます。
作者都合のゆるふわご都合設定です。
日曜日以外、1日1話更新目指してます。
エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。
お楽しみ頂けたら幸いです。
***************
2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます!
100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!!
2024年9月9日 お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます!
200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!!
2025年1月6日 お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております!
ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします!
2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております!
こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!!
2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?!
なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!!
こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。
どうしよう、欲が出て来た?
…ショートショートとか書いてみようかな?
2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?!
欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい…
2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?!
どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…
幼女と執事が異世界で
天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。
当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった!
謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!?
おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。
オレの人生はまだ始まったばかりだ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる